初恋が叶わない



※事後表現


 パチリと目を開ければ見慣れた天井が目に入る。
 起き上がれば身体にかかっていたシーツがするりと滑り落ちて、いつもの寝間着が現れた。動こうとすれば鈍く訴える腰の痛みと、部屋にのこる薔薇の香りだけが昨日の行為を思い出させる。
 ベッドサイドのテーブルに暗がりの中で手の平を這わせれば、硬質な感覚があって手元に手繰り寄せる。寝起きの目には強すぎるブルーライトを浴びながら時刻を確認すれば、朝の5:30。なんとも微妙な時間に起きてしまったと思いながら、のそりとベッドから起きだして窓を開けた。
 吹き込む風が心地よくて、少し目が覚めた。机の抽斗を開けて、ケースからタバコを一本だけ取り出して咥えた。ライターで火をつけて、軽く口にため込んでから煙を静かに吐き出す。少しずつ、少しずつ。薔薇の香りをタバコで消し去るように。

――跡部さんとセフレだ。エロいことだけして、キスはしない。どんなに体を重ねても、愛の言葉なんて交わさない。
 どんな始まりだったかは忘れてしまったけれど、いつの間にかそういう仲になっていたのだ。

 抽斗の中から灰皿も取り出して、ぐりぐりと押し付けてタバコの火を消した。部屋からはもう、かすかにだって薔薇の香りはしない。顔を洗おう。それでちゃんと、目を覚まそう。
 あの人の香りがする部屋なんて、胸が詰まって、とてもじゃないが平静ですらいられない。





 この部屋に訪れる度に感じ取っていた、鼻につくタバコの香り。スポーツマンだった過去を持つ多くの友人はタバコを吸わないし、俺の家にも喫煙者はいない。──日吉も、吸わない。
 ならば考えられるのは一つだ。このタバコの正体は、日吉の恋人の残り香だ。うざったいマーキングだ。手にしたアトマイザーで薔薇の香りを散らして、バカらしくなって口から引きつったみたいな自嘲の声が零れた。

『言ったろ、俺がどんなにアピールしてもつれないやつだって』
『アンタに本気でアピールされて落ちない人なんていませんよ』
『...お前もか』
『え?』
『俺様に本気でアピールされたら、お前も落ちてくれんのかよ』

 横で静かに寝息を立てる日吉に目をやりながら、そんな最中での会話を思い出す。あの時、冗談だと笑えばこいつはひどく安堵した表情を見せた。まったく、失礼なやつだ。
 指を通せばさらさらと茶色の髪が滑り落ちる。そっと撫でれば、人肌に安心したのか寝入った日吉の口元が少しだけ緩んだ。そういう表情を、恋人の前では惜しげもなく見せるのだろうか。外傷なんてないはずなのに、ずきりと胸が痛む。
 顔を近付けて、昔と違って隈の出来た目元をなぞる。

「なあ、俺を選べよ、...若」

 やっぱりキスは出来なかった。