2018.12.05



 今日は水曜日。部活はオフで、期末試験も近いから早めに帰ることにした。
 帰りのホームルームが終わればすでに準備をし終えていた鞄を肩にかけて、廊下に出ようとドアに手をかけて。けど先にガラガラと廊下側から扉が開かれる。誰かと思えば鳳で、けど血相を変えたその表情に嫌な予感がして、背中に冷たいものがつたった。
 絞り出すように、跡部さんが、と言われて目を見開く。体を翻した鳳の、その背中に着いていく。
 本館からのびる渡り廊下を通って特別教室棟へと足を運んだ。ドアから顔をのぞかせた滝先輩がこちらに気付いて、手招きする。鳳についで俺もその部屋に吸い込まれて、後ろ手に扉を閉めた。
 見渡した部屋の中には跡部さんの姿はなくて、滝先輩と鳳と、そして忍足さんの姿が見えた。
「日吉、なんも聞かんとこの服に着替えてくれ」
 そういって差し出された真っ白な服を手に取って、意味が分からず頭上に疑問符が浮かぶ。早く、と真剣な顔でせっつかれてはなんとなく逆らいにくくて、鞄を近場の机の上に置いて制服から白の服に着替える。ジャケット、パンツ、ベスト、タイに至るまで真っ白で、さっきとはまた別の嫌な予感がする。
「はい、じゃあ日吉ちょっと座ってね」
 肩に手をおかれて促されるままに椅子に座り込む。左側の髪をいじられて、あれよあれよという間にかきあげられて、耳後ろに流される。脇で演劇部の衣装がどうのこうのという話が聞こえてきて、なんとなくこの計画の全体像が、…いや嘘だ、やっぱり分からないことが多すぎる。
「おお、やっぱ滝は手先器用やな」
「まあね、かっこよく決まったんじゃない?」
「そうですね。さあ日吉、跡部さんに会いに行こう」
 先導されるがまま辿り着いた先はいつぞやの礼拝堂で、低く重く響きながら扉が大きく開け放たれる。
「…は?」
 目の前に広がった光景に口から間抜けな声が出た。祭壇までの道のりには赤絨毯がひかれ、赤絨毯が敷かれた先には祭壇が見え、その脇に置かれた長椅子からこちらを振り向く数人の顔には、嫌というほど見覚えがある。昔、ベールボーイを務めた親戚の結婚式の様子がフラッシュバックした。
「若」
 祭壇の前に立っていた男が俺の名前を呼んだ。大きな声ではないのに、まっすぐ自分の元に届く。背後に立っていた鳳に背中を押されて、一歩ずつ赤絨毯を踏みしめながら歩いて行った。
 自分と同じ型の白のタキシード。すらりとした体躯によく似合っている。右側を後ろに流した髪型はきっと自分のと対になるのだろうけど、跡部さんにはなおのこと良く似合っていた。
「こいつは結婚式もどきじゃねえからな」
 沈黙を破った跡部さんの言葉が自分の中にすんなりとは落ちてこなくて、首を傾げた。
「どういう意味ですか、それ」
「この舞台は俺様の意思表示だ」
 やっぱり意味が分からなくて、頭上に疑問符を浮かべていると、跡部さんが俺の左手を掬い上げた。いつもの、ニヤリという擬音が良く似合う悪ぶった笑みでも、自信の表れみたいな高笑いでもない。見るものすべてを魅了するかのような、本当にきれいな笑顔を見せるから、跡部さんに触れられている場所からどんどん熱が伝わってくるみたいだった。
 薬指に顔が寄せられて、ちょこんと触れるだけのキスが落とされる。そのまま一本一本指を絡めとられて、隙間を埋め尽くすみたいに確かに握りこまれる。こちらをまっすぐに見つめる青の瞳が柔らかく弧を描くから、なんだかむず痒いような気持ちでいっぱいになる。
 誕生日プレゼントだ。そう言って、続けざまに形の良い唇が開かれる。
「若、俺様の人生、お前に全部やるよ」
 鼻の奥がツンとして、胸が詰まるような心地がした。瞬きしたら逆に世界が歪んだから、パチパチと再度瞬きを繰り返して視界をクリアにする。
 ずるい、ずるい。いつもそうだ。いつだって、跡部さんは本当にずるい。震えてしまいそうな声を必死に押さえつけて、精一杯の憎まれ口を叩く。
「まだ、くれてなかったんですか」
「言うじゃねーの!」
 大きく口を開けて、盛大に笑い始めた跡部さんがいつも通りで、自分の中の波もそれで少しは収まってくれたみたいだった。
 そのまま崩れ落ちるみたいに力が抜けて床に座り込んでしまい、繋いでいた左手に引っ張られたのか、カクンと跡部さんも膝から落ちた。長椅子から立ち上がって割れんばかりの拍手を送ってくれた先輩方や同期があわあわとした声をあげているのを耳が拾った。その後、俺たちに目線を合わせるみたいに、しゃがみこんでからジリジリと近付いてくる姿が少しシュールで思わず笑いが零れる。
 おめでとう、という言葉とともに頭上から降り注いだ青と白の紙切れは随分と量が多かったみたいで、いくつかが口の中に入ってしまって。そんな様子を見て取って、互いに口角を上げて思いっきり笑った。