非日常の起床



「んー、」

身動ぎをすると肌に優しく布が触れる。寝返りを打つうちにいつの間にか肩あたりまで布が落ちてしまっていたようで、モゾモゾと頭の上まで掛け直した。今日は日曜日。部活もオフだ。起床時間に急かされない朝は貴重でもう少しだけ、惰眠をむさぼっていたいと思う。

そもそも今日はなんだってこんなに光が入るんだ。俺はそんなに朝日が得意ではない。だから夜中カーテンは締切っていて、いつも俺を起こすのは陽の光ではなく機械音のアラームだ。ここら辺でようやく、普段と何かが違うことに気が付いた。

嫌な予感がしてはね起きた。今いるのはやたら質のいいブランケットまで真っ白なベッドの上だが、俺の家ではネイビーのものを愛用している。そして一番の違和感は真横にある誰かの気配だ。姉貴はもう俺のベッドにイタズラで潜り込んでくるような年齢ではない。相も変わらず規則正しい上下を繰り返すシーツに包まれた誰かの存在。こわごわと手をかけてそのベールを外し、──耐えきれずに叫んだ。


「うおおおおおお!!!!」
「ん、んー、」

とりあえず上半身は裸の日吉がそこにいた。今更ながら気付いたが自分も裸だった。いや、かろうじてパンツは履いている。そこは安心だ。いやいや嘘だ、少しも安心ではない。パンイチの自分とほぼほぼ自分と同じ状態の後輩が一つのベッドで仲良く寝ている状況のどれひとつをとっても安心できない。

「おい、」
日吉、と声をかけようとして今ここに居ないはず、むしろ居ては困る男の声がして仰天する。急いで辺りを見渡すがどこにも彼の姿は見えない。というかこの部屋の作り、というかこの趣味、どこかで見覚えがあるような──。

はっ、と気付いた。部屋を見渡した時に目に入った大きな全身用鏡の前に急いで向かう。そこに映ったのは見慣れた自分の姿ではなかった。いや、ある意味見慣れたとも言えるだろう。金茶の髪にアイスブルーの瞳。氷帝学園の氷の王様、跡部景吾が、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情で鏡に映り込んでいた。

ひとまず先程のベッドに戻って腰かける。落ち着け自分。まずは現状分析だ。どうやら俺は、おそらく寝ている間に跡部と人格のみが入れ替わってしまい、今いる場所は十中八九跡部の部屋、もしくは寝室だ。そして跡部と日吉はほぼ裸で仲良く寝ていた。自分の考えではつまりどうあがいてもああでこうでアレなパターンだ。本当にアレだ。

昨日日吉は用事があるとかで随分と早く部活をあとにした記憶がある。用事ってこれかいな!そういえば最近跡部が丸くなった気がする、とか話題になってたな。恋人ができたからか!あの男意外と単純やな!!

「んー、けいごさん…、おはよー…、ございます…」

ドタバタしていた衝動がどうやら日吉にも伝わってしまったらしい。っていうかけいご!?景吾呼び!?というかもう完璧に恋人やんな?ファイナルアンサーやな!?いつの間にやら自分の同期と後輩は順調に関係性を深めていっているようだ。だがしかし、今日吉に起きられても困るのだ。いくらなんでも、恋人と一緒にいるときの跡部なんてマネすることはできない。

ひとまずさらさらと手触りの良い茶髪を撫でて、なるだけ優し気な声で”おやすみ”と声をかける。その言葉に安心してくれたようで、琥珀色の瞳が瞼にしまわれるのを見届けた。意外や意外。跡部の前では日吉は随分と素直になるようだ。…ちょっとだけ、可愛いかもしれない。

はてさて、そんな自分の思考を打ち消すように丁度よく、サイドテーブルに置かれた携帯が振動する。相手は自分、もとい忍足侑士。大慌てで部屋をあとにする。

「忍足ィ…てめえ、俺の若の寝顔見てんじゃねぇぞゴラァ」
「キャラ変わっとるやんか…俺の声でそんなドスの効いた声出さんでくれ……」

どうやら跡部も自分とほぼほぼ似たような経緯で入れ替わっていることに気付いたらしい。それで牽制のためにも一にも二にもなくこちらに電話をかけてきたようだ。

”万事俺様に任せておけ”というなんとも力強い、有難いお言葉をいただいた。ちなみに忍足家には跡部のほうから事情を説明してくれるらしく、今日からしばらくの間跡部の姿で自分の家に戻ることになりそうだ。まあ、自分もこんなだだっ広い部屋で寝れるとは思えなかったのでありがたい話である。

―――自分の今の状況では恋人に触れることはできない、触れてもいいが傍目には自分の友人が恋人に触れているように見えるだろうからその手段を選ぶとは思えない。ということはつまり、跡部家が全力をかけてこの事態にあたるということであり、まあ、三日もしないうちに解決策が見つかるだろう。


となるならば俺がすること、いや、―――してみたいことは。


「破滅への輪舞曲、一回打ってみたんかったんよなあ…」

せっかくのオフだけれども、結局そのオフの時間にするのはテニスときた。思っていたより自分はテニスばかなのかもしれないと、ついつい笑みが零れた。