黒尾と食生活
「マネージャーねえ……」
「クロ、誰かあてがあるの?」
「……どうだろうな」
訝しげな視線を感じて話をはぐらかすと、研磨は興味がないといった様子でまたゲームを始めた。その背中に、授業に遅れなよ、と忠告してから部室をあとにした。
合宿があれば毎回の如く言われるマネージャー募集の話。今回ばかりはなんだか嬉しかった。マネージャーのあてがあるからかもしれないが、問題はそのマネージャー候補だと思う。
「仁王」
「……なんじゃ?」
昼休み。さっそく、という感じで後ろを振り向けば眠そうな目を隠さず返事をしてきた。綺麗な銀髪は4時限目まで寝ていたためかボサボサだ。左手は頬を掻いていて、右手は野菜ジュースを握っていた。
それにしても今は昼休みだというのに、なんで弁当を広げていないのだろう。もしも自分が弁当の時間を削っていたら……。
本題よりもそっちのほうが気になってとりあえず聞いてみることにした。
「頼みたいことがあったんだけどよ、本題よりも前に聞きたいことができた」
「んー?」
「弁当、食わねえの?」
「……ん? ああ、弁当」
これじゃよ、と彼女は右手を振る。これというのは野菜ジュースのパック。まさかの答えに少し目を見開いてしまった。ちゃんとした食事は摂らないのか。
ただ彼女には普通のことのようで、今日はマンゴー味と言っていて平然としていた。
「それ弁当じゃなくてただの飲み物だろ」
「うちにとっちゃ弁当やき。帰宅部はおまんら運動部みたいにエネルギーを消費しないんよ」
「お前なあ……」
しかもこのジュースは一日分の野菜を摂取できるぜよ、とあまりにも平然と言う彼女に対してため息を吐いた。指摘したのは間違ってないと思う。そういえば、彼女は身長こそ高い(学校の女子で一番高い)が身体の線は細い。健康的、とは言えない見た目はこの食生活から来ていることがわかった。
流石にこの場面を見逃すわけには行かないので、もう少し食べるように説得してみる。しかし彼女はこの食生活に問題点があると自覚がないようで全く効果がなかった。
「少しは身体に気をつけろよ」
「だからこのジュースは一日分の……」
「そうじゃなくてな、それ飲んだってエネルギーにはならない訳だし。倒れてもおかしくないぜ?」
「いつもこれだけじゃよ?」
「だからって言ってな……はぁ」
「あ、なくなった」
マイペースな彼女にどうにも耐えきれなくなって弁当に追加して買ったメロンパンを差し出した。正直に言ってメロンパンじゃなくてもっと肉や野菜のおかず類も食べてほしいけど、自分の弁当はもう手を出してしまっているので分けるのには悪い気がした。
「……ほら、これ食えよ」
「メロンパン? これ黒尾のじゃ……」
「お前がちゃんと食べてくれたら俺は嬉しいの! ほら食え!」
押し付けるような形で彼女にメロンパンを渡す。彼女が食べるところを見届けるまでは目を離さないつもりで見つめていると、流石に観念したのか小さくありがとうと言ってビニール袋の封を切り始めた。少しづつメロンパンを口にしていく彼女は、美味しいのか時折ふにゃっとした笑みを浮かべて食べていた。
「これからはちゃんと食えよ」
「……ごめん。うちが悪かった」
「だったら食べろ」
「はーい。……のう、そういえば本題って?」
「……あ」
謝罪をしてきた彼女に安心した自分はすっかり忘れていた。本題を。この状況で切り出して了承してくれるか不安だったが、言うだけ言ってみることが大事だと思うのでちゃんと聞くことにした。合宿中にマネージャー不足だから臨時でマネージャーがほしいこと、日程、業務について一通り説明し終わると既にメロンパンは彼女の腹の中に収められていた。ふーんと興味があるのかないのかよくわからない相槌をいただいて、断られそうだと思った時。彼女は口を開いた。
「大丈夫ぜよ」
「え」
「どうせ受験勉強しかせんしの。おまんには悪いことをしたし……やる」
「マジで?」
「なんじゃ、自分から聞いたくせに」
「い、いや、断られっかと思った」
まあええ、と言って彼女は笑った。
期待していなかった分、彼女がマネージャーになってくれるという事実は自分の気分を上げるのにそう時間はかからなかった。
「今度、部活にお邪魔するぜよ」
「おう、そっちのほうがいいと思う」
教室以外で会う約束を取り付けて彼女はまた寝る体制に入った。今度がいつになるのか、気になって仕方がない自分はおかしいと思う。仁王雅美の銀髪を無意識のうちに撫でそうになって、手が髪に触れる直前で止めた。
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