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 隣で眠るビリーがいるだけで私は充分満足だ。これ以上もこれ以下も望まない。そもそも彼が居てくれるだけで至上の幸福なのだから、他に何を望むというのだろうと思う。これ以上何かを望むのは、それは幾ら何でも強欲が過ぎるというものではなかろうか。
 私は何か出過ぎた真似をしているのだろうか、と先に見た夢を思い出してひっそりため息を吐く。今日の夢は、階段から突き落とされる夢だった。よく見る俳優と似た顔をした男が殺人を犯す。それを見た私は滅すべき目撃者として、その場から当たり前のように突き落とされたのだ。長い階段を転がり落ちた私は一度失神し、そこから何故か意識を取り戻して、起伏ある地面を駆け、殺人犯の元に戻っていく。怖いというより嫌な思いのする夢だった。ドラマのような殺人犯のモノローグを聴きながら、見つかりはしないかと怯えていた私は、じっとりと額に滲む汗を拭いながら検索窓に『突き落とされる夢』と入力して、夢占いを見た後だった。凶夢だがさほど深刻な意味合いのある夢ではないようだった。「なんだそれ」と拍子抜けした感覚があって、次いで途方もない疲労感のようなものに襲われる。

 夢に疲れた私の隣ではビリーがすやすやと寝息を立てていた。私を抱きしめる彼の、愛らしい寝顔を眺めながら、やっぱり私は何か出過ぎたことをしているのだろうか、これ以上を望んでいるのだろうかと考えた。業突く張りというやつなのだろうかと思いを巡らせる私の身体に、不意に彼がすり寄ってくる。日中甘える時のようなその動きに、きゅうと胸が苦しくなって、やっぱりこれ以上を望むことはないんじゃないかという気にさせられた。

「ビリーくん」

 試しに彼の名前を呼んでみると、彼は聞こえているはずもないのにぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。少し苦しいくらいの抱擁にほんの少しだけ顔を歪めてしまう。けれどこの窮屈さは彼が私に抱く愛情から来るものなのだ。そんな浮ついた、らしくない思考が頭をよぎって、その気恥ずかしさに一人で苦笑した。
 彼を起こさないよう気を遣いながら、そっと柔らかな髪を撫でて、そのまま彼の背中に手を回す。私よりも少し広い背中はやはり触れていると安心できるもので。「ふふん」と鼻を鳴らして彼にすり寄ると、ビリーは一層私を抱きとめてくれた。あんな夢を見て眠れるはずがないと思っていた心が、彼の体温にほぐされていく。暖かな香りが鼻腔から肺へと滑り込んで、内側から安心が込み上がってくるのを感じ取りながら、私はそっと目を伏せた。
 何となく、今日はもう悪い夢を見ない、そんな予感があった。