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 ビリーの舌は少し苦い。擦り合わせたり絡めたりするとピリッと痺れるような苦味が私の舌に伝達されて、それが嫌なようで、それでいながら不思議と中毒のようにさせられて何度でも求めてしまう。彼は私の舌を甘いと言って、「きっと僕が煙草を吸うから味が違うんだよ」と言って笑っていた。
 彼の喫煙セットは昔一度だけ見せてもらったことがある。黒いレザーがあしらわれたロンソンのクラシックライターとマルボロ・ミディアム・ボックス。それにライターと同じくレザーで作られた携帯灰皿。たまにキャメルやアメリカンスピリットも吸うと言われたけれど、キャメルの方はわからなかった。後で調べて、なんとなくパッケージのラクダが可愛いなと思ったくらいだ。私は長らく嫌煙家をやっていて、煙草とは縁遠かったから、彼から味の違いを聞いてもさっぱり見当がつかなかったのをよく覚えている。
 彼の舌は煙草の味なのだ。ビリーは私のいるところで煙草を吸わない。「君の体に悪いから」と言って頑なに譲らないのだ。けれど私は、彼の吸う煙草の味を知っている。中毒性のある苦味。あれはビリーの体を蝕む紫煙の風味なのだ。そんなものに中毒性を見出して囚われてしまっているだなんて、私はもはや嫌煙家とは呼べないかもしれない。
「ビリーを間に挟んでニコチン中毒になってる気がする」
 と言ったら、ビリーはからから笑って、
「僕は君とたくさんキスができて嬉しいけどね」
 と楽しそうにしていた。よくもニコチン中毒にしてくれたなと言うつもりだったのに、彼の笑顔を見ていたらそんな言葉も遠く消えてしまって、私はひっそり息を吐き、「私もビリーとキスするのは楽しいから、良いよ」と唇を尖らせることしかできなかった。