揺るぎのない つばさで
『名前…私から逃げきれると思っているのか?』
「っ!!」
耳元で囁かれたような気がして私は深い眠りにいたはずだったのに、まるでその言葉から逃げるように上半身を起こして額に滲んでいた汗を拭った。
「…アヤナミ様…」
夢だ。
今のは、夢。
「……アヤナミ様。」
愛しくてたまらないその名前を私は小さく呟いた。
昨日といい、まるでここは平和な世界なのだと思わせるような空間だ。
兄さまは今試験中。
私は瞳を閉じて芝生に転がり瞳を閉じた。
温かい陽気に包まれて、さわやかな風の香りに抱かれて…
「おーい、寝てんのか?」
「!…フラウさん。」
私の横に座ってきたフラウさんは私の顔をジーッと見つめた。
「フラウ、さん??」
「その、フラウ『さん』ってーのやめねーか?呼ばれるたびにこう…背筋が寒くなってしょうがねーったら。」
「クセなんです。敬称をつけるのも、敬語なのも。慣れてください。」
にこにこと笑えば「ケッ」とそっぽを向かれてしまった。
「ま、あれだな。名前はクロイツ司教にそっくりだな。」
「え??」
「そのいつでもにこにこした笑顔とか敬語もそっくりだぜ。」
「そう、ですか??」
「あぁ。」
なんか…嬉しい…
「嬉しいです。私、ファーザー大好きなので♪私の初恋はファーザーだったんですよ。」
「……すっげー年上趣味だな、おい。」
「ふふっ。そうですね、今思えば…。」
「なぁ名前、一つ聞きてぇことがあるんだが。」
「なんでしょう?」
真剣な顔をされて、私は自然と顔を引き締めた。
「汝に問う、汝はテイトの味方か否か。」
「……」
どちらでしょうね。なんて誤魔化しは利かない気がする。
誤魔化す方法も私は知らない。
「わ、私は…」
「名前は私の味方だ。」
ゾクリとするような地を這う低い声。
決してフラウではない、冷たい声だ。
振り向かなくてもわかる…
「アヤナミ様…どうしてここに…」
「私の檻から抜け出したじゃじゃ馬を迎えに来たまでだ。」
「おいおい、名前を所有物扱いかよ。」
私を抱き寄せたフラウさんとアヤナミ様の瞳が鋭くあった。
「…ゼヘル……貴様には今日は用はない。」
アヤナミ様から発せられたザイフォンをフラウさんはどこから取り出したのか、鎌で打ち消した。
「とかいいながら積極的じゃねーか。」
「威勢だけはいいな、ゼヘル。」
「ま、待ってくださいアヤナミ様!フラウさんも!!」
二人の間に入って戦闘を止める。
「「退け」」
「っきゃぁ!」
頭上で爆発が起こった。
「や、やめてくださいって言ってるじゃないですか!!」
私はザイフォンを発動し、二人を拘束した。
私のザイフォンなんてこの二人にかかれば簡単に壊されてしまうのはわかっている。
けれど、こうするしか術はなかったのだ。
「…」
私はアヤナミ様を一瞥してフラウさんの前まで歩き、二人を縛っているザイフォンを解除した。
「フラウさん、さっきの質問にお答えします。」
「…」
私は…
「私は、……帝国側です。」
静かにそう告げればフラウさんの眉間に皺が寄った。
「でもテイトのこと、大好きなんです。この世界にいる唯一の肉親で…大切なんです。」
「それでも、そっちを選ぶってわけか?」
「はい。テイトは貴方方を選びました。貴方方の側でどちらが悪でどちらが正義なのか見極めると。私は、あちら側でどちらが悪でどちらが正義なのか見極めます。物語の結末は、決まって正義が勝つものです。どちらが正義なのか…戦ってみれば自ずとわかります。」
私達が勝てば私達が正義。負ければ私達が悪だった。
それだけのこと…。
にっこりと笑ってフラウさんの手を取った。
「兄さまに伝えてください。私達の道は別々だけど、兄さまを大切だと思う気持ちだけはずっと変わらないと。幸せに、と…。」
「…引き換えせねぇぜ。」
「はい。あ、それと…」
私は思いっきりつま先立ちをして冷たいフラウさんの唇に私の唇を重ねた。
「!!」
「お別れのときにはいつも兄さまにキスするんです。このキスも、兄さまに渡してくださいね。」
「オレがテイトにキスしろってか。」
「ふふ♪」
「チッ。ほんと、クロイツ司教そっくりだぜ。」
私はにっこりと笑い、悔いのない道を歩き始めた。
アヤナミ様へと続く道。
「…お待たせいたしました。」
「……」
アヤナミ様は無言で私の腰に手を回した…
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