03




「コナツっ!」

「ねぇコナツ、今日ね…」

「コナツ、今からご飯食べに…」


ほぼ毎日のように会いに来るようになった歌姫、名前。
仕事中だからと何度追い返しても負けずに居座り、会いに来ることが僕には不思議でたまらない。
図々しいという言葉を知らないのだろうか。

そうして僕が「なぜ会いに来るの」かと問えば、彼女は決まってこう言うのだ。


「好きだから♪」

と。





「コーナーツっ♪久しぶりー!会いたかったよー!!」


僕の背後から抱きついてきた名前。
この前名前が会いに来てからというもの、毎日毎日毎日…

仕事の合間を縫って来てくれる姿勢は嬉しくないわけではないのだが、ハッキリ言って自分はまだ仕事中…。

その上、仕事場であるこの執務室にいつもやってくるものだから、現在進行形で困っているのが現状。

しかし、本人が悪いと思っていないから何度追い返しても懲りずにやってくる。
そういうところは少佐のようだと思う。
悪びれる素振りがないところもそっくりだ。
似たもの同士だからか、二人は息があっているように見える。
もう、まるで少佐が二人いるような感覚。
それはいつもいつも上司である少佐に困らせられている自分としてはとても複雑な心境になってしまう。

まぁしかし、彼女には何の罪もないのだ。
どちらかというと罪があるのは横に座ってこちらをニマニマと見ている少佐にすぎない。
なので彼女に当たるということは変な話だ。
だからとって、ここに来ることを許した覚えはないのだが…。


「久しぶりって…昨日も会いに来られたと思うのですが?」

「そうだけど、18時間と52分ぶりだから!半日以上も会っていないのよ?!」


たった18時間(睡眠時間含む)を久しぶりとは世は言わないだろう。

しかし彼女には何を言っても無駄だと僕はこの数日間で悟ったのだ。
だから一々反論しないことにしている。
こちらが疲れるだけだ。

だが、


「18時間なんてあっという間ですよ。」


と、わかっていてもわざわざ言ってしまうのは、真面目すぎる自分の性格さ故だろう。
言ってしまってから後悔するのは目に見えているのに…。


「え〜。私はコナツに合えない時間が永遠にも感じるよ?コナツは違うの?」

「…えぇ…。」


そう頷くと名前は少しばかりしょんぼりとしてみせた。

この表情だ。
この表情に自分は弱い。
だからこそ彼女にあまり強く帰るように言えないでいるのだ。
これではまるで自分が悪役ではないか。

本当に勘弁して欲しい。
この表情を早く変えてしまいたいと思う。


「で、でも、長く感じる時も…あり、ますよ…」


あぁ、強く言えない自分に呆れてしまう。
だけれど何故か後悔はしないのだ。
だって彼女はすぐに、


「ホントっ?!嬉しい!」


こんな風に笑ってくれるから。
まるで花が咲くように笑う名前の笑顔を見るのは決して嫌いではない。

ストレートに言葉を投げ、ストレートに受け止める、それが名前だ。

少佐とどこか似ているとはいえ、変化球の言葉を投げ、ストレートボールさえ素知らぬふりでスルーする少佐よりよほど扱いやすい。

でも異性に慣れていない自分に「好き」と真っ直ぐに言われてしまうとなかなか上手に言葉を返してあげられないから、彼女を傷つけているということは理解している。


僕も好きだといってあげればいいのだ。

でもまだ異性としてではなく、友人として、良き友としてだと…。

はっきり、言えたらいいのに…。
だけど、言ってしまったら彼女はここに来なくなってしまうのかもしれない、と思うと何故か言えなかった。

それは自分の甘さ故なのだろう。
つまりは彼女の好意に甘えているのだ。

自分にも卑怯な一面があることを知らされてしまった。
嘲笑したい気分に侵されてしまう。


「ねーねー名前ちゃん、これ見たんだけど、」


今まで黙ってこちらを見ていたヒュウガ少佐は、名前にとある雑誌を差し出した。


「ホントなの?」


ヒュウガ少佐が名前に手渡したのは昨日発売した雑誌だった。
表紙はもちろん名前で、見出しは『ついに歌姫に恋人が?!』という何とも無粋なネタだった。
しかも相手の俳優の家から名前が出てきたというありきたりな写真付きで。

名前の恋人として疑われているのはもちろん自分ではないことに、一瞬ドキッとしてしまったものの、少し安心してバレない程度にため息を吐いた。

よくよく考えてみたら、名前は歌姫と騒がれているほどの売れっ子歌手。
恋人がいる、想い人がいるというだけでも騒がれる立場なのだ。
それがいつか…

『歌姫に軍人の恋人が?!』


だなんて雑誌に載ったり、顔にモザイクのかかった自分が載ることを想像してみると、嫌な汗が背中を伝ったのを感じた。

自分は平穏でいいのだ。
こうして執務に追われて、少佐に怒って、また執務をして、戦場に出て…また執務。
そういう繰り返しに今は満足しているから、恋人がいる自分が想像できなかった。

しかし、「コナツ、好き!」と言われている自分としては、少なからずとも気にあってしまうもの。
あまり気にしていませんよ。というようなツンとした表情を見せたまま、耳を研ぎ澄ました。


「…ゴシップなんてヤメてよヒュウガ。」


うんざりしたようにその雑誌をゴミ箱にいれた名前。


「大体これ低級ゴシップ誌じゃない…。」

「んじゃぁこれはデマ?」

「デマじゃないけど、」


何故だかチクリと胸が痛んだ気がした。


「あと女の子2人と男1人はまだ家にいたんだよ。私は次の日明朝の収録があったから先に一人で帰っただけ。5人で飲んでただけなのにさ、ある意味ナイスタイミングで撮られただけだもん。」


あのカメラマン、いつもいいところだけ撮っていくのよね…。と呟く名前は、少し怒っているように見えた。


「言っておくけど、私はコナツ一筋だから♪」


…聞かなければ良かった。


名前がウインクを投げてきたので、苦笑して書類に目を戻した。


「ねーねー、そういえばここの席っていつも空いてるよね?空席なの?」


急にブラックホークのユリアさんの席を指差した名前は、そこに座ろうとイスを引いた。


「んー、今はちょっとね。」


少佐は誰も座っていないその席を愛おしそうに見つめた。
それもそのはず、その席のユリアさんはアヤナミ参謀のべグライターであり、少佐の想い人なのだ。
まだ付き合ってはいないようだけれど、時間の問題なのは執務室の皆が思っていること。

今は元部署の空軍に呼び出されて戻っていていないから、少佐はどこか寂しそうだ。


「名前ちゃん、そこは座っちゃダーメ。」


少佐はユリアさんのイスに誰も座らせたくないらしく、座ろうとした名前の腰を掴んで、あろうことか僕の膝の上に乗せてきた。


「座るならここにしてね☆」

「少佐ぁっ!!」


でもこういうことをされると困る。
本当に困る。
どう対処したらいいのかさっぱりわからない。

うろたえていると、名前が膝の上に座ったまま僕の首に腕を回してきた。


「なっ!」


もう誰か助けてください!
とハルセさんや大佐に視線を向けても、もう皆慣れてしまったのか微笑んでいるばかりで助けてくれない。
あのアヤナミ参謀でさえも、最初こそは仕事の邪魔だとか名前にいっていたけれど、今ではもう全くといっていいほど関心を示していない。
諦めてしまったのだろう、もう空気にしか捉えていないようだ。


「ふぁ〜…コナツの香りって落ち着くね。すごく眠たくなる…」


欠伸をかみ殺す名前はどこか眠たそうだ。


「…眠れていないんですか?」

「うーん、ちょっとね。今度生放送の番組があって、その打ち合わせとか、新曲も作らなくちゃで忙しいの…。」


忙しいのに、それでも会いにきてくれているらしい。
ここに来る時間を省けば少しはまともに寝れるだろうに…。

それにちゃんと食べているのだろうかと不安になるほど、膝に乗っている体重が軽い。
元々細いとは思っていたけれど、膝に乗せられて改めて実感したと同時に心配になった。


「ちゃんと食べてますか?それに家に帰ってしっかり睡眠をとった方がいいですよ。」

「大丈夫!コナツで充電してるから♪」

「貴方は電化製品か何かですか??」


心配して損したような気もするが、化粧の下にうっすらとクマが見えて、僕はため息を吐いた。
名前といるとヒュウガ少佐と変わりないくらいため息が出る。


「ん〜、そだね。コナツ専用の、だけどね♪」


心配してくれてありがとう!といって笑う名前に、悪い気はしなかった。


「そうそう、新曲作って、収録して、PV作ってってするからお仕事がね忙しくなるの。だからしばらく会えないんだ。寂しくても、ちょっと我慢してね、ダーリン♪」


チュッと頬にキスをされて、僕は赤い顔を隠すように横を向いてまたしてもため息を吐いたのだった。

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