05




「あ。コナツ?今何してた??」

「まだ仕事中です。」

「私も今から収録なんだー。でもコナツに会いたいからボイコットしちゃおっかな。」

「人様に迷惑をかけるようなことはしないで下さい。名前がいなくなるだけで困る人がたくさんいるんですよ。」

「……うん、そうだね。コナツって優しいのに怒るときはちゃんと怒ってくれるから…嬉しい。好き。私仕事頑張るよ!だからさ…仕事終わったら会いに行ってもいい?」

「えぇ、終わったら。」

「やった!すっごくやる気でた!じゃ、またね。」

「はい、また後で。」


ピ。と携帯の電源ボタンを押した。


そしてため息。


恋人同士でもないのに、自分達は何て会話をしているのだろうか。
先日、電話番号とメールアドレスを聞かれてからというもの、よく電話がかかってくる。
メールより電話派らしいが、せめて時間帯を考えて欲しい。

どう誰が考えても14時なんて普通に仕事中だ。
それさえ考えてくれたらいつでも電話かけてくれてもいいのに…。

だけど、こうして電話を掛けてきてくれるのは素直に嬉しい。
声を聞きたいからとメールではなく電話というのも嬉しい。
だって、仕事中だなんだかんだと言っても、出なければ、と執務室を出てまでこの電話に出てしまっているのだから。

しかし、自分からはまだ掛けたことがなかったりする。
名前とは違って、今仕事中だろうか、とか悩んでしまうのが原因。
歌姫の仕事なんていつ仕事しているのかわからない。
まぁ、もちろんどこか恋人同士のようでくすぐったいというのも、原因の一つであるのだが。

関係としてはまだ友情以上恋人未満。
でもどこか進んで行ってはいるようだと思う。

名前が押せ押せだからだ。

きっと全て名前の思惑通りなのだろう。
女性の手のひらの上で転がされている男の自分って一体…と打ちひしがれそうになることもあるが、電話があっただけで口元がゆるんでしまうところを見ると、案外この位置も嫌いではないのだと思う。
まぁ、好きでもないが。

少佐やアヤナミ様のように押せ押せでいけたらと思い悩んでいたら、カツラギ大佐から「コナツさんはコナツさんのままで良いと思いますよ。名前さんはそういうコナツさんも含めて慕っているのだと思いますから。」と、何とも大人な言葉を賜った。
その時の大佐の神々しさといったら…。


好きといえば好き。
嫌いと言えば好き。
友人として好き。
異性として好き。
つまり、好き。


自分の気持ちは次第にハッキリとしてきていて、結論は出ているというのに、本人を目の前にすると、「仕事中です」だの「少しは静かにしてください」だの…。

もうため息すらでない。

何故こんな自分を好いていてくれているのかさえ疑問に思ってしまう程だ。

しかし、好きだと名前が言ってくれているから、少しだけ…少しだけ、自信を持ってみようかと思うんだ。





シャワーを浴び終え、髪の毛をタオルで拭きながら冷蔵庫の中から冷やしておいたミネラルウォーターを取り出す。
それを飲めば、熱い体に染み渡っていく感覚がした。

結局、名前は来なかった。
急な仕事でも入ったのだろうかと心配になる。
もしかしたらここに来る途中で何かあったのかと思い、勇気を出して電話をかけてみたけれど、やはり出なかった。

ベッドの淵に腰をかけて電話もメールも来ていない携帯を閉じて横に置いた。


こういうことは初めてだ。
確かに急な仕事で来れなくなることはしばしばあったが、連絡は必ず来ていた。
だからこそ余計に心配になる。

探しに行こうかとも思ったが、仕事場は定まっていない上に、家は知らない。

名前は僕のことを知りたがってよく聞いてきていたが、僕は知らなかった。
そう思うと気分が沈んだ。


もしかしたら出会った時の様に絡まれているのかもしれない。
もしかしたらいつまでもハッキリしない自分に嫌気が差したのかもしれない。

…いずれにしても、今晩は眠れないことだけは定かだ。


後ろに倒れ込み、おでこに手の甲を当てて天井を仰ぎ見る。

しかし、何かしていないと落ち着かないとばかりに上半身を起こし腰をあげると、待ちに待った携帯が鳴った。
慌てて携帯を見るとそれは電話だった。
もちろん、かけてきたのは名前である。


「は、はい」


声が裏返りそうになるのを抑え、電話に出る。


「私…」


聞こえてきた声がどこが元気がなさそうに感じた。


「今どこにいるんですか?!心配したんですよ!」

「コナツの部屋の前…」


少し前に一回だけ来ただけだというのに、まさか自分の部屋を覚えているとは思っておらず、慌てて扉まで駆け寄り、恐る恐る開くと、そこには確かに名前がいた。
しかし、やはりどこか元気がない。
会うたびに抱きついてくるいつもの名前はどうしたのか。


「とりあえず入って下さい…」


こんなところで立ち話というのもいかがなものかと思うし、それに今の時間はもうそろそろ日付が変わろうとしているのだ。
ヘンな噂が立つのも避けたい。


「コーヒーでいいですか?」

「あ…いい、のど渇いてないから。」


おかしい。
いつもなら絶対、「コナツが私のために淹れてくれるなら毒薬でもなんでも飲むっ!砂糖はいらないから愛情たっぷりで甘くしてね♪」とか言ってくるのに…。

調子が狂うと同時に、心配になる。


「何か…あったんですか?」

「コナツ…ちょっといい?」


落ち込んでいる理由を話してくれるのかと思い、嬉しくて名前に近づくと、急にギュッと前から抱きつかれた。


「ちょっ!!」

「充電中ー!!」


力いっぱいギューとされるが、女性の力では全く痛くもない。
むしろ、押し付けられている身体が柔らかくて…クラリとした。


「コナツの側…すごく落ち着く…」

「…そうですか?」

「うん…。ずっと側にいたいくらい…」


あんなに仕事楽しそうなのに??


「仕事はどうするんです?」

「……頑張るよ。辛いこともあるけど、楽しいから。」


どうやら話してくれる気はなさそうだ。
少しだけ残念だと思った。
頼りにされていないのだろうか。
もし…自分が恋人だったら相談していてくれたのだろうか…。

なんて考えてしまった自分に自嘲した。
抱きついている名前を抱きしめることさえできない自分が何を考えているのだろうか。


「連絡できなくてごめんね。」

「…心配しました。」


それだけを告げるのが精一杯の自分。


「ありがとう。家に寄ってきたら…眠っちゃって…」


あはは、と笑う名前。
その笑みはまるで少佐がバレバレな嘘つくときの笑顔とどこか似ていた。


「……そうですか。何も無いならいいんです。」


嘘をつかれているようだ。
証拠もないのに、何故か確信してしまった。


名前はゆっくりと僕から離れ、手に持っていたバックをイスの上に置いた。


「あーやっぱノド渇いちゃった。コナツ、アイスコーヒーがいいなぁ〜♪」

「…はいはい。」


少し憑き物が落ちたように笑った名前に苦笑してアイスコーヒーを作りに行った。





「お待たせしました。」


とアイスコーヒーを二つ持って戻ってくると、名前はお手洗いらしく、トイレの電気が点いていた。

とりあえずグラスをテーブルへと置こうとした時、足がイスにぶつかった。

イスの上に乗っていた名前のバックが落ちて、中に入っていたらしい写真が散らばった。

やってしまった。とグラスを早々にテーブルへと置くと、その写真を拾おうと屈み、絶句した。


「…これ……」


それらの写真には全て名前が写っていた。
食事をしている名前だったり、僕といるときの写真だったり、着替え中の写真だってある。
あきらかにおかしいその写真を眺めていると、名前がトイレから出てきた。


「コナツなにして、…ヤっ!!」


写真を見られていることに驚いたのか、それともイヤだったのか、名前は僕の手から写真を奪い取り、散らばっているそれらをかき集めた。


「名前、それ…」

「…」


名前は何も言わない。
ただ、何かに怯えているかのような表情をしたまま写真をクシャクシャにして俯いていた。


「元気のない理由はそれだよね。」


確信めいた僕の言葉に、名前は隠し切れないと思ったのか素直に頷いた。


「話してくれますか?」


名前は写真を一枚、破った。


「…今日ね…。ここに来る前に着替えようって思って一度家に寄ったの。そしたら…こんな写真が大量に送られてきてて…。前から時々こんな写真が送られてくることもあったんだけど、大して気にするほどじゃなくて…。でも今日、急に100枚近くも増えて…、それにこんな着替えてるところとか…ッ、…」


名前はついには涙を流し始めた。

そんな名前を見ていられなくて、さっきは抱きしめられなかったのに、自然と身体が動いて、気がつけばきつく抱きしめていた。


「っ、……怖い、よ…」


震える名前はどこか儚げだった。
このまま強く抱きしめてしまえば壊れてしまうのではないかと思うほどに弱々しく、僕の肩口に顔を埋めて泣いていた。


「見られてるって思ったら…、帰ったらまた写真が、届いてるかもしれないって…思ったらッ、怖いっ。」

「…僕でよければ力になります。」


絶対、力になってみせます。
この涙を止めるためなら、頑張りますから。


「だから泣かないでください。」


名前には笑顔の方が似合ってますから。


「犯人、見つけてみせます。」

「…ホント??」


嗚咽を零しながら名前が期待に満ちた眼差しを僕に向けた。


「えぇ…。少佐にも手伝ってもらうことになると思います。だからこのことを説明しなければいけないのですが…いいですか?」

「うん。コナツを信じるよ、私。」


名前は力強く頷いた。

好きな人に信頼されていることがこんなにも嬉しいなんて、初めて知った。


「今日は泊まっていってください。家に帰られるのはイヤでしょう?」

「…い、いいの///??」


少し名前が赤くなったので、別に深い意味もなくそう告げた僕もつられて赤くなった。


「ど、どうぞ…。」


どうやら今日はある意味、本当に眠れなさそうだ。


「お、襲わない??」

「襲いません///!」

「ちぇっ、なーんだ。期待したのに。」

「きっ期待///?!」

「なーんてね♪」


アイスコーヒーの氷がカランと音を立てた。

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