06
「ということなんです。」
明朝、写真のことを少佐とユリアさんに話すと少佐は「うわー」と引いたような表情を見せた。
「ストーカー?ヤダねー。名前ちゃん大丈夫??」
「えぇ、まぁ…昨日は取り乱していましたけれど、今日は落ち着いていました。」
名前は打ち合わせがあるからと朝早く仕事へ出かけていった。
大人気の歌姫にはプライベートなどほぼないようだ。
「コナツは取り乱してないようだねぇ〜。」
「は?」
「目の下のク・マ♪」
う゛
「その会話からすると名前ちゃん泊めたんでしょ??理性との戦い、お疲れさま☆」
少佐に話したのは失敗だったかもしれない。
ユリアさんは「でも…これじゃぁ取り乱すのも無理ないわよね…。」と数枚の写真を手に取り、ため息を吐いた。
「コナツさん、できるだけ側にいてあげてください。笑っていてもきっと不安でたまらないと思いますから。」
女性の意見も聞きたいと思ってユリアさんに話したのは正解だったようだ。
「それと、心配で連絡をするならメールより電話の方がいいと思います。声を聞くと少しは安心できると思いますので。」
「そうですね。」
頑張って後で電話をしてみよう。
「でも、コナツとの写真ってこの建物の中の写真だよね…。」
鋭い所に少佐が目をつけた。
「はい…」
そうなのだ。
この建物の中に入ってこれるのは限られている。
名前みたいな例が極めて珍しいくらいだ。
つまり、
「軍に違和感無く入れる人物か、軍人か…。」
ということになる。
「案外犯人は身近にいるようだね、コナツ。」
「そうですね。とりあえず明日の休みは名前と一緒にずっと居ようと思うんです。写真を撮るために絶対何らかの形で近づいてくると思うので。」
付き添いとして入ることを先ほどマネージャーさんから許可が取れたと名前からメールがあったのだ。
「確かにね。でもコナツのその姿じゃ怪しまれて近寄って来ないかもよ??」
「そ、それは…」
それは考えていなかった…
「私にいい考えがあります。女装したらいいんですよ。」
ユリアさんがにっこりと微笑んだ。
何だかその笑みが少佐にそっくりだ。
先週、籍を入れた二人だけれど、夫婦というものはこんなにも似てゆくものなのだろうか…と顔が引きつった。
「んじゃ、これ首からかけてね、コナツちゃん♪」
そういって手渡されたIDパスを受け取りながら、僕は眉を顰めて何故こうなってしまったのだろう、と遠い目をした。
「それがないと入れないから失くさないでね、コナツちゃん☆」
さっきからやめて欲しい。
コナツちゃん、コナツちゃん…あからさますぎるだろう。
結局ユリアさんに服だけでなく、カツラや化粧までされてしまった。
するとあら不思議、女の子の出来上がりだ。
いくらナチュラルとかいうメイクでも男の自分からしたら化粧は化粧だ。
さすがにスカートでないが、絶対着ることがなかったであろうこの女性の服はまったく落ち着かない。
華やかな衣装を身に纏い、ステージに立って歌う名前を視界に入れながら周囲に目を向ける。
もう、一分一秒でも早く犯人が出てくることを切に願うばかりだ。
それらしい人はいないが…。
どこかにはいるんだと思うと気を緩められない。
名前のためにも、そして自分のためにも、一刻も早く見つけなければ。
「コッナッツッ!見てたー??惚れた?惚れ直した??」
それってどっちの選択肢を取っても、僕が名前を好きってことになるではないか。
…別にいいけど。
いつの間にか収録を終えたのか、名前は僕の元へと駆け寄ってきた。
マネージャーさんが「少し声のボリュームを落として!」と焦っていた。
余計な噂は避けたいらしい。
まぁ今の僕の格好だと、たつ噂もたたないと思うけれど…。
「まさか名前が生で歌っているのを聞けるなんて思ってもみませんでした。」
「愛しのコナツのためだったらいつでも歌うよ!」
「だから名前、少し静かに!」
どうやら名前に振り回されているのは僕だけではないようだ。
横にいるマネージャーさんも結構苦労しているように見える。
「さ、名前。次の撮影場所へ行きましょ。」
マネージャーさんの後ろに二人並んで歩く。
すぐ側にいるはずなのに、横にいる名前は名前であって名前ではない気がした。
どこか遠い世界の人のようだ。
明るくて、元気で、いつもの笑顔で…。
でも、本当はそれだけでないということを僕は知っているから、この笑顔の邪魔をする犯人を捕まえたい。
そしてこうして側にいられたらと思うんだ。
…男の姿で。
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