07
アヤナミ様に休みを貰って2日目。
理由が理由なのかはわからないが、アヤナミ様が有給をくれるとは思っていなかった。
その上「助けてやれ」という言葉をいわれたときは、アヤナミ様についてきてよかったとさえ思ったものだ。
これからもついていきます、アヤナミ様!
それにしても、名前のスケジュールがあれほど大変だとは思っても見なかった。
軍人で体力がなかったら、きっとすでに体力の限界だっただろう。
名前がいつもこんなスケジュールの中、会いに来てくれているなんて嬉しいとも思ったが、その反面、悪い気もしてきてしまった。
「コナツ、おいしい??」
「お、おいしいですよ。この卵焼きなんか僕好みで…。」
「ホント?!じゃぁ私もコナツ好みになったらおいしく食べてくれる?」
ゴホッ!!ゴホ、ゴホッ…
急にヘンなことを言うものだから噎せてしまった。
た、食べたくないわけでもないが…い、いや、そんなこと一度たりとも思ったことはない!!
第一、付き合ってもいないのに。
「名前はそのままの名前でいいと思います。」
とりあえず濁しておいた。
ここはスタジオ近くの公園。
ベンチに座って2人でお弁当を食べている。
会話から察していただけたとは思うが、名前の手作りだったり。
あまり料理に慣れていないのか、ところどころ焦げていたり形が不揃いだったりするが、それもご愛嬌。
忙しい中、苦手な料理を僕のためにしてくれたというのが嬉しくて何だか照れくさかった。
しかし、もちろん僕の姿は女の子。
顔を赤くしないよう気をつけなければ…。
こして二人で食べていながらも周りを警戒する。
マネージャーさんは気を利かせてくれたのか、2人きりにしてくれたから余計にだ。
「このタコさんウインナーとか頑張ったんだよ!」
気を張っているこちらまで和んでしまうほど眩しい笑みを見せられると、自然と頬がゆるみ、「えぇ、上手ですね」なんて言ってしまう始末。
ダメだ。
名前といるとつい気が緩んでしまう。
こうして青空の下、二人でお弁当を食べているなんて、まるで…
「なんか、こうしてると私達恋人みたいね!」
そ、そうなのだ。
恋人同士のようなのだ。
「これでコナツが女装してなかったら、特にそう見えるよね。」
「…そうですね。」
女装していなかったら周囲に恋人と思われていたに違いない。
もし「恋人ですか?」なんて名前がファンの子に聞かれでもしたら、名前は何と答えていたんだろうか…。
今日はいつもとは違うスタジオに入ることに。
ここの更衣室で着替えている写真が撮られていたから、いつもより目を凝らす。
それにしてもこのスタジオは広い。
一体どれくらいの人がいるのやら。
「コナツ、私着替えてくるね。」
「はい。事前に調べましたが…一応気をつけてくださいね。ドアの前で見張ってます。」
「ありがと。コナツだったら覗き大歓迎よ☆」
「しません!!」
名前は、「あはははー」と笑って更衣室に入っていった。
全くもって危機感がない。
そのくせ強くあろうと、不安定な顔を見せない。
このままだといつか名前が壊れてしまいそうだと眉を顰めた時、どこからか視線を感じた。
正確に言えば、自分に対してではなく、目の前の名前の更衣室にだ。
…どうやら犯人はここにいるらしい。
しかし、その視線はすぐに消えた。
そうこうしている内に、名前が衣装に身を包んで控え室から出てきた。
「名前…」
その姿にため息を吐く。
「スカートの丈、短くありませんか?」
「え〜?そんなことないよ〜。安心して、私の心も身体も全部、コナツだけのものだから☆」
恥ずかしいを通り越して呆れる。
そんなことを言って恥ずかしくないのだろうか。
自分だったら絶対に冗談でも言えない。
「はいはい、どうでもいいですから。早く行ったほうがいいんじゃないですか?」
「あ!そうだった!!んじゃ、行ってくるね!!」
いってらっしゃい。と名前に手を振る。
最近名前の恥ずかしいセリフをスルーするのが上手になったと自分で思う。
小さくため息を吐きながら、視線を送ってきた男を追った。
本当は、
本当は何となくだけれど犯人がわかっていたんだ。
関係者以外立ち入り禁止のこのスタジオと軍内の両方に、疑われもせずに入れる人物なんて限られている。
少しユリアさんに調べてもらうと、ちょうど最近、このスタジオから臨時警備の依頼が来ていて、軍から5名程借り出されていたのだ。
寄りにもよって自分と同じ軍人とは…情けない。
名前が歌いだしたようだ。
名前の声がスタジオに響いている中、僕に背中を向けている男は名前を撮るのに一生懸命でこちらには気付かない。
僕はそっと男に近寄り、背後からカメラを奪った。
「なっ!!」
男は驚いたらしく、勢いよく振り向くと顔をしかめた。
邪魔をされたのが癇に障ったようだ。
こちらとして、こういうことをしているこの男に腹が立っているのだが。
「盗撮…ですね。」
「違う、俺はカメラマンで、」
「第一区所属、陸軍の少尉の貴方がカメラマンだなんて笑わせないで下さい。」
「お前…何故それを!」
「この顔に見覚えありませんか?」
中性的な顔立ちだとよく言われるが、まさか気付かれないほど化粧とカツラだけでバレないとは…。
僕はカツラを取った。
ハチミツ色♪と名前がいっていた髪が男の瞳に映る。
「まさ、か…コナツ=ウォーレン…」
「なぜ、こんなことをしているのか、教えていただけますか?」
質問しているというのにも関わらず、男が逃げようとしていたので、ザイフォンで動きを止めると、すぐ横の壁に男の体を叩きつけるようにして押し付けた。
きっと、今の僕の表情を名前が見たら怯えていたかもしれない。
名前の知らない表情で、男にもう一度質問を投げた。
「教えていただけますか?」
こんなふうに僕が荒っぽくなってしまったのは、絶対上司である少佐のせいだと思う。
「…名前が…好きだったんだ。」
あぁ、名前の名前を気安く呼ばないで欲しい。
「では何故、盗撮した写真を送るような真似を…」
「そうしたら、そのことだけを…俺のことだけを考えてくれると思って…」
この男に虫唾が走る。
女装ではなく、いつものように軍服で腰に刀を挿していたら間違いなく切っていただろう。
だから殴ってしまいたい衝動を必死に押さえ、男の拘束を解いた。
「次、こういう真似をしたら警察につき出すだけではすみませんよ。」
男は走り出し、逃げていった。
壁に背を預け、ズルズルと壁伝いに座り込む。
怒りで震える右拳をもう片方の手で包み、遠くから聞こえてくる名前の歌声に少しだけ理性を止められ、落ち着くことが出来た。
どれくらいそうしていただろうか…。
ゆっくりと呼吸を繰り返していると、名前が僕の方へ駆け寄ってきた。
収録もいつの間にか終わっていたらしい。
「コナツ?!どうしたの?!?!」
座り込んでいる僕にビックリしたのか、名前は青ざめた顔をして僕の肩に触れた。
小さくて細く、白いその手に視線を向ける。
自分の中で燻っていた怒りがスッと消えていくように感じた。
助けたつもりが逆に助けられたような気分だ。
「…何でもないですよ。大丈夫です。」
いつも通り微笑むと、僕のその様子に安心したのか、次第に笑顔になる名前。
なんて笑顔の似合う人なんだろう…と見つめながら思った。
「それと、ストーカーの犯人もわかりましたし…それにもう、捕まりますよ。」
「へ?」
「今頃は…」
「はっ…は……はっ……」
息を荒くして男は逃げていた。
決してコナツからではない、ヒュウガからだった。
「もー手間かけさせないでよねぇ〜。早く帰ってかーわいー奥さんとラブラブしたいのにさー。」
男の前に立ちはだかったヒュウガは、何を想像したのかヘラッと笑って男をザイフォンで軽く痛めつけた後、拘束した。
「俺の仕事完了♪」
ヒュウガは「よかった〜」とポケットから棒つきのアメを取り出した。
実はここに来る前…
『コナツに頼まれたからオレも名前ちゃん助けに行ってくるね。』
『…うん。…やっぱりヒュウガ少佐だけでは不安だから私も…』
『ユリたんはここで待ってて。ちゃんと助けてくるから。それに、子供がお腹の中にいるのに危ないことはダメ!』
『…わかった。じゃぁ一言だけ。』
『うん?』
『名前ちゃん助けてあげられなかったら二人とも帰ってくる必要ないから。』
『ひどいっ!』
『っていうのは冗談。無事に帰ってきてね。』
『うん♪』
というやり取りがあった。
どうやらこれで堂々とユリアの前に帰れるようだ。
ヒュウガは足取り軽く、嬉々としてユリアの元へと帰って行った…。
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