「従者としての建前に過ぎません」




ヒュウガ少佐に私のアヤナミ様への想いがバレてしまった。

その上私を追い詰めるような現実を見せ付けて、のん気に執務室を出て行ったヒュウガ少佐に少しだけ殺意が沸く。


このままでは遅かれ早かれアヤナミ様のお側にはいられなくなる…


急に胸が苦しくなった。

静寂が響き渡る執務室に一人残されて、さらに孤独感が増した。

私にはアヤナミ様しかいないのだという孤独感。

その私にとって『絶対』の存在であるアヤナミ様が、私の側からいなくなるという現実は、いつくるのか、それが明日なのか、それとも何年も先のことなのか、予測がつかないがために襲ってくる恐怖感。

私はまた全てを失うのかと思うと手が震えて、すっかり冷え切ったコーヒーのカップにふいに触れ、不注意にも床に落としてしまった。


高い音を立ててカップが割れた。
もう、二度と元の形には戻らないカップ。

まるで私とアヤナミ様のようだった。





しばらくそのカップを見つめていた。

アヤナミ様が戻ってくる前に片付けないといけないと頭ではわかっていても、なぜか体が動かなかった。

そんな中、執務室の扉が開かれ、会議が終わったらしいアヤナミ様達が戻ってきた。


「…」


放心している私にアヤナミ様が訝しげな顔を見せる。


「名前、何をしている。」

「…ぁ……」


私の視線を追うようにアヤナミ様は割れたカップに目をやった。


「怪我でもしたのか?」

「…ぃ、ぇ…」

「何があった。顔色が悪いぞ。」

「…大丈夫です。」


動かなかった体を叱咤して、割れたカップに手を伸ばした。


「いたっ!!」


割れたカップで一指し指を切ってしまった。
プックリと血が滲み出てくる。

またその状況に放心してしまった。

そんな私を見てか、アヤナミ様はため息を吐き私の腕を引っ張って立たせると、コナツに片づけをするように言い付け、私はそのまま引っ張られるようにして自室へと戻ってきた。


ベッドに私達が座ると、ギシッと軋む。。
ティッシュで血をふき取り、消毒をしてカットバンを張られていく様を私は終始無言で見ていた。


「この前とは反対だな。」


私がアヤナミ様の包帯を巻いたときのことだろうか。


「…はい。」


人差し指にカットバンが張られ、腕を引こうとするとその腕をグイッと引かれて驚いた私はアヤナミ様を軽く見上げた。


「何があった。」

「何でもありません。」

「『何でもない』は何かを隠す時に使う言葉だ。」

「…何もありません。」

「今更言い換えても同じことだ。」

「本当に、何もありませんから」


口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。
でもそれとは反対にアヤナミ様の表情は苦いものとなってしまった。


「なぜ昔のような笑みに戻っている。無理やり笑うことなどここ数年なかっただろう。」

「無理やりだなんて…」


これでは堂々巡りだ。
いつにたっても話は進まない。


「何があった。」


心配してくれているのだろうか。

それはとてつもなく嬉しい。

そう思った瞬間、あのときのヒュウガ少佐の言葉がリフレインした。


『でもさ、よ〜く考えてみて!アヤたんだって結婚するかもしれないんだよ?そうなったらあだ名たんはアヤたんの側にはいれなくなる。それなら告白たほうがいいんじゃないの??』


ヒュウガ少佐は軽い口調だったけれど、言葉はすごく重たい。


そっと、
静かに瞳を閉じた。




「アヤナミ様。」

「何だ。」

「…ここ数年私が貴方に遣えてきたのは、…それは従者としての建前に過ぎません。」


目を開けば紫の瞳がしっかりと私を見つめていた。

心が熱くなる。


「…好きです。」


思ったよりもすんなりとでてくれた言葉に、アヤナミ様は少しだけ目を開いた。


「……その言葉、どちらの意味かはきかないでおこう。」


それは、私の気持ちを受け入れることはできないということですか?


「一時の気の迷いに流されるな。」


一時の、気の迷い??


違います!

私は、


「私は…2年近くも貴方のことをお慕いしていたんです…。だから一時の気の迷いだなんて言わないで、ください…」


アヤナミ様は動揺を見せた。


「…愛しています。」


その涙を、アヤナミ様は何も言わずに拭ってくれた。





その日の夜、アヤナミ様は仕事だと言って戻って来てはくれなかった。

寒くて広いベッドに一人、小さく丸まって眠った。

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