まどろみ
「ふっふっふっふ…」
薄暗い部屋で私の笑い声が響き渡る。
仕事仲間の友人も先輩後輩も、この時の私にばかりはドン引きだ。
でもそんなこと気にしない。
だって本当に嬉しいんだから。
通路を半ばスキップで走る。
途中、昨日のようにアヤナミ参謀に『走るな』と怒られたけれど、やっぱり気にしない。
昨日も今日も、走らないといけない、もしくは走りたい気分なのだ。
明日はちゃんと歩きますよ。
「ヒュウガ少佐!ネコの薬できました!」
ノックをするのも忘れてヒュウガ少佐の自室に入ると、そこにはハチミツ色の髪をした少年のような顔つきの男の人が立っていた。
目が合って、ペコリと頭を下げると、男の人も頭を下げ返してくれた。
「…えっと、お取り込み中みたいなので出直してきます。」
「いえ、私ももう出るところですので。ヒュウガ少佐、今日こそは溜まってる書類を処理してくださいね!」
ヒュウガ少佐はベッドの上でネコと戯れていて、聞いているのか聞いていないのか。
猫じゃらしでパッタンパッタンと遊んでいる。
なんともふざけた少佐だ。
私だったら殴っているかもしれない。
…というか、この人はネコが怪我をしていると自覚してるのだろうか。
ネコはものすごく楽しそうだけれど。
そんなヒュウガ少佐を気にも留めず、男の人はもう一度私に頭を下げると部屋を出て行った。
「…いいんですか、仕事。」
「ん〜、ちょっとしたら行くよ。」
ヒュウガ少佐はのん気にヘラッと笑った。
真面目とヒュウガ少佐に言われる私としては、今すぐにでも行かせたい。
でも、行って欲しくないという乙女心も主張する。
「さっきの人、べグライターの方でしょう?」
「うん、コナツだよ♪」
「困っているみたいでしたよ?」
「そうだねぇ〜。でも今はネコに薬塗ってあげないとねぇ♪」
薬できたんでしょ?おいで。と呼ぶヒュウガ少佐の元へ。
ベッドに腰を下ろして薬を渡した。
「今度は沁みないの?」
「はい。大丈夫だと思います。」
ネコの包帯を解き、化膿し始めてきている傷口にそれを塗るヒュウガ少佐。
私はジッとその様子を眺める。
ネコはいつものように『ニャァ』と鳴くだけで、痛くはないようだ。
ヒュウガ少佐が包帯を巻きなおすと、ネコは私の膝に擦り寄ってきた。
そしてポカポカ陽気の中、気持ち良さそうに丸くなる。
どうやらお昼寝の時間のようだ。
「ヒュウガ少佐、もう大丈夫ですよ。べグライターの方のところへ行ってあげてください。」
「んーあと一つしてあげたいことがあるんだよねぇ♪」
「?ネコは寝てますけど??」
「ネコじゃなくて。」
ヒュウガ少佐は私の肩を押して、自分のひざの上に私の頭を乗せた。
ヒュウガ少佐は右ひざを立てており、左足を伸ばしている。
つまり、私の頭は左ひざの上にあるわけなのだが…
だが…
「アノ…コレハ一体ドウイウ体制ナノデショウカ。」
「膝枕☆」
「いやいやいやいや!」
日頃使わない腹筋を最大限に生かして起き上がろうとするが、頭を押さえつけられては起き上がれない。
「べグライターさんが待ってますよ!」
「寝な。」
「で、でも…。」
「寝な。あだ名たんが寝たら行くから。」
ネコを撫でるかのように優しく私の頭を撫でるヒュウガ少佐の手。
あれほどまでに羨ましいと思っていた手が今、私の髪をなでている。
嬉しさが胸に溢れた。
でも、それと同時に眠気が襲ってきた。
それは数日徹夜をしていた私に襲い掛かってきたのは、とてつもないほどの睡魔。
ネコの薬ができるまでは、と気を張っていたけれど、出来た今はもう抗う術はない。
さすがに通常の仕事をしながらネコの薬を作って、その上ヒュウガ少佐の部屋に通うのはとてつもなく忙しかった。
でも、ヒュウガ少佐の温もりを感じながら眠れるなんて嬉しすぎる。
「あんまり無理しちゃダメだよ。」
降ってくる温かい声と言葉、
そして優しい手を感じながら、
私は至福のまどろみへと旅立った。
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