背伸び




ヒュウガ少佐に出会って、

毎日ちゃんとお風呂に入るようになった。
本当はお風呂は好きだ。
ただ仕事を一度始めると、お風呂に入る時間がない、もしくは入るのを忘れるほど没頭していまう。
これらが理由だ。

そして、毎日鏡を見るようになった。
ヒュウガ少佐のところに行く前には髪を梳かして、はねてたら水で必死に直した。

私の最近の行動パターンが一変して、怪しんだのはまず職場にいる友人だ。


今日も今日とてヒュウガ少佐の元へ行こうとしたら、洗いざらい話すまで出かけさえないと脅され、私は仕方なく事の顛末を話した。

するとどうだろうか。

私に春が来たと騒ぐ友人が化粧道具を取り出したのだ。

男に会いに行くんだったら化粧ぐらいしていきなさい!と半ば怒られながら化粧をされた。





「執務室に戻るぞ。」

「はーい♪」


アヤナミは椅子から立ち上がるなり、横にいたヒュウガにそういった。

面倒な会議が終わり、これから執務室で午前中までに終わらず、少しだけ残っている書類の整理だ。


「それが終わったらオレ休憩ね☆」

「貴様は休憩の方が長いな。」

「そんなことないよ♪」

「最近猫にかまっているようだな。それが原因か?」


アヤナミは通路を歩きながら、珍しくヒュウガにプライベートを訪ねた。


「ん♪面白くて可愛いんだよ〜☆」

「どうでもいいが、通路だけは走るなと伝えておけ。」

「えー!オレに早く会うために走ってるんでしょ?かわいー♪オレ今はたっぷり甘やかしたいんだよねぇ〜。」

「知ったことではない。」

「もっともっと今以上に懐いてもらうんだ♪」


可愛い可愛い女の子に、好きだと告げるのはもう少し後の方が面白そうだ。
猫の怪我が治るまで、今はこの状況を楽しむとしよう。


ヒュウガは口の端を吊り上げた。





なんだか背伸びしている気分だ。

先程の事を思い出しながら、ヒュウガ少佐に似合うような女になるために、お化粧をしてもらった私はヒュウガ少佐の自室のあるほうへとつま先を向けている。。
してもらったというより、されたといった方が正しいだろうけれど、抵抗しなかったのだから悪い気はしなかったということだ。

私は散々友人に弄られてヒュウガ少佐の部屋を訪ねた。


「ヒュウガ少佐??」


私が部屋の扉を開けると、そこにはヒュウガ少佐の姿はなく、ネコしかいなかった。


「あれ?ネコ、ヒュウガ少佐は??」


扉を閉めようとすると、あろうことか、ネコは私の言葉をスルーして部屋を飛び出した。


「えっ?!ネコっ?!?!」


まだ怪我も治りきっていないというのに、元気に走っている。
というか、走っていった。


どうやら私の薬が効いているようだ。

……多少、効きすぎのような気もするが。


何はともあれ、追わなければいけない。
他の人に見つかったら怒られる。


私はネコが走っていった方へと駆けた。


だが、もちろんネコの速さについていけるはずがない。

必死に通路を走って追いかけていると、曲がり角でアヤナミ参謀に思い切りぶつかった。


「きゃぁっ!」


反動で後ろにひっくり返りそうになったところを、手を引っ張られて助けられた。


「だから走るなとあれほど、」

「すみません!ネコ知りませんか?!」

「あだ名たん、ネコ逃げたの?」


アヤナミ参謀の後ろにヒュウガ少佐もいた。


「はい!部屋を開けたらちょうど逃げ出しちゃって。」


あわあわと慌てていると、背後から『猫というのはこれのことか?』と声をかけられた。


振り返ると、そこには口うるさいことで有名な准佐がネコの首根っこを掴んで立っていた。


「あ、そ、そうです…。」

「軍内に猫を持ち込むとは、何事だ。」


…怖い。
ブラックホークの人より怖い。

頭ごなしに怒られるのはあまり好きではない。

そりゃぁ悪いのは私たけど…。


「その猫は勝手に軍内に入ってきたのだ。」


アヤナミ参謀の凛とした声が通路に響いた。


私はまさかアヤナミ参謀が口を出すとは思っておらず、ビックリして参謀を見る。


「先程外の門から入りこんで来ていたのを見かけた。」

「あー!確か門の見張りは准佐の担当箇所だったよね♪?門の警備が手薄だって気付かせてくれたこの猫はオレたちがちゃんと外に出しておくから♪」


ヒュウガ少佐はネコを抱き上げた。

私がどう逃げようかと模索している中で、アヤナミ参謀とヒュウガ少佐はあっさりとそれをやってのけた。
ご丁寧に嫌味も込めて。

准佐は機嫌を悪くしながらも、ヒュウガ少佐達が地位的には上なので、黙って引いた。


ネコが私の腕に返ってくる。


「ありがとうございました、アヤナミ参謀、ヒュウガ少佐。」


アヤナミ参謀もかっこよかったけれど、やっぱりヒュウガ少佐はかっこいい。


「ヒュウガ、先に行く。」

アヤナミ参謀は一人、執務室の方へ歩いていった。


「あだ名たん、今日はお化粧してる?」

「あ、はい。」


走り回って崩れただろうな…。


少し恥ずかしくて手で顔を隠そうとすると、「手で触るとせっかく似合ってる化粧がとれちゃうよ?」とヒュウガ少佐は微笑んでくれた。


「に、似合ってます…か?」

「うん♪でもいつものあだ名たんも可愛くていいと思うけど♪」


それは、背伸びしなくてもいいっていうことですか??


「……ありがとう…ございます。」


何だか照れてしまう。


「ん♪あ、ちょっとだけ部屋で待ってて。すぐ行くから。」

「はい。」


アヤナミ参謀が歩いていったほうへヒュウガ少佐が向かうのを見て、私は大人しくヒュウガ少佐の自室で待つことにした。



背伸びなんかしなくても、
毎日会うたびに大きくなっていく恋心とともに。


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