乙女と時計で乙女チック



書類を各部署に渡しにいったはずの名前ちゃんが帰ってこない。
それが数分ならきっとみんなも気にしなかっただろう。

チクタク、チクタク…
時計の針は進むばかり。


名前ちゃんが帰ってこなくなって、軽く3時間は過ぎた。
さすがのアヤたんも怒りを通り越して心配しているのか、さっきから書類が溜まっていくばかりだ。


遅い、
遅すぎる…


オレは目の前の書類に目を向けることもなく、ただただ過ぎてゆく時計だけを見ていた…





「名前ちゃん、遅いねぇ…」

「…」


ポツリと呟いたヒュウガの言葉に目線を上げる。
コナツはさっきから書類と睨めっこで、ヒュウガが話しかけても全く耳に届いていないようだ。
きっと、名前が帰ってこないことも気づいていないのだろう。


「なんか恋人と待ち合わせして、待ちぼうけしてる彼氏の気分。」

「そんな甘い関係じゃないくせに。」

「クロたん厳しー。」


無意識に時計を何回も見てしまう。


「ねぇ、ハルセ、探しに行ったほうがいいのかな?」

「どうでしょうか…入れ違いになっても困りますからね。」

「そうだよねぇ…」


そんなこんな言いながら3時間経っていることに気づくべきだ。


「サボるような子には見えませんでしたが…」

「うん。見えないよね。」

「厄介ごとにでも巻き込まれたのでしょうか…??」


ん〜…と皆が顔を渋らせる。
最初の印象が良かったのか、名前が悪い方に疑われる事はなかった。

それもそうだ、やる気のある顔つきだったのだから誰も疑う者はいない。
あの笑顔からは誠実さが滲みでていた。


「アヤたん、オレ迎えにいってこよっか??」

「仮とはいえ私のベグライターだ。私が行こう。」

「じゃ、オレも…」


イスから腰をあげようとしたヒュウガの腕を、コナツがゲッソリとした顔で掴んだ。


「どこに、いくんですか??」


まだ書類終わってないじゃないですか。とばかりにコナツの目が光る。


「いや名前ちゃんが帰ってこないから心配で…探しにいこうかと…」

「名前が?」


書類に夢中で気づいていなかったのか、首をかしげたコナツが何かを思い出したように一瞬にして顔面蒼白になった。


「な、何時間、経ちました??」

「3時間とちょっとだけど??」

「……。」


下を向いて海よりも深いため息を吐くコナツはすぐに前を向いてイスから立ち上がった。


「まだ、治ってなかったんだ……」

「何、どうしたの?」

「ヒュウガ少佐、アヤナミ参謀、名前は…名前は、極度の方向音痴なんです。」





名前が帰ってこないのは方向音痴のせい。それがわかると、カツラギ大佐に留守番にさせ、残りの皆で探索が始まった。


「迷子の迷子の子猫さーん。返事してー!」

「誰が自分は子猫だって返事しますか、少佐。」

「いやー、名前で呼ばれるより恥ずかしくないデショ?」


確かに、この年で迷子になったあげく、名前を大声で呼ばれたらたまったもんじゃない。
でももう少し呼び方と言うものがあるのではないだろうか、とコナツは思うのだ。


「ねー名前ちゃんがいそうな場所コナツわかんないの?」

「そんなことを言われても…ほんっと毎回どこにいるかわからないんですよ。正反対の場所にいたと思えば、隣の部屋にいたり…」

「え゛?!隣の部屋にいるのに気づかないの?」

「…そういう子なんです。だから目が離せないというか…。」

「苦労したね、コナツ。」

「…ハイ(泣)」


昔の苦労を思い出したのかコナツの目尻に涙が浮かんでいた。


「ちょっと目を離せば迷子、少し目を離せば迷子、気を抜けば誰かに告白されてたり、飴やお菓子くれたら知らない人でもホイホイついていく。いないと思えばそこら辺にコンペイトウが落ちてて辿っていけばそこに名前がいて…。少し後ろを振り向いてそのコンペイトウを辿ればすぐに戻ってこれるのに…ホント天然もいいところですよ。」

「そういえば名前ちゃんコンペイトウいつも持ってるよね。この前青と白の二色しかないコンペイトウ一粒貰ったよ。」

「好きみたいですよ。コンペイトウ。そういうところは女の子らしいんですけどね、ヘンなところでしっかりしてくるせに、恋愛感情には超がつくほどド天然。名前が付き合った男性は数人いますけど、苦労しますよ?」

「付き合い甲斐があるねー、そこまでいくと。」

「…でも結局皆名前について行けずに別れるっていうのがオチなんですけどね。」

「手強いな〜。でもさ、別に名前ちゃんについていかなくても、オレについてこさせればいいんでしょ?」

「軽く言いますね。本当に苦労しますよ?……はぁ…こんな風に……」


やっと名前を見つけたかと思うと、名前は誰か知らない男と話していた。
微かに聞こえる2人の話し声。


「ねー名前なんてゆーの?部署は?」

「ブラックホークに勤めてます。名前です。」

「名前?キミかわいーね。今からオレの部屋に来ない??」

「でも、まだ勤務中で…」

「えー?さっきからキョロキョロまわりみてたじゃん、暇じゃないの?」

「それは…えっと…今日配属されたばかりなので迷ってしまって…」


『今日配属されたせいじゃないだろ。』とコナツのツッコミがヒュウガには微かに聞こえた。


「じゃ、送ってあげるよ。」

「ホントですか?!親切な方ですね。ありがとうございます。」


ヒュウガにも向けたことのある同じような笑顔。
ヒュウガは自然と名前に近づき、グイッと自分の腕の中に閉じ込めた。


「そっちは執務室じゃないよ、名前ちゃん。」


名前には見せないように男を睨みつける。


「わ、ヒュウガ少佐!お疲れ様ですっ。」

「おつかれー。」


ニッコリと名前に笑顔を向ければ、男が悔しそうに去っていくのが見えた。


「遅いから探しに来ちゃった♪アヤたんも心配してたよー?」

「ホントですかっ?!私、迷っちゃって…」

「名前。」

「コナツ兄!」

「…まだ方向音痴治ってなかったんだ。」


な、なんのこと?としらばっくれる名前はフヨフヨと目が泳いでいる。


「し、執務室は…いつ移動したんですか…。」


苦しいいいわけだよ、名前ちゃん。


「頑張って覚えようね。」

「…う、……ハイ。」


ポンポンと頭を撫でてあげれば、名前は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


「探しにきてくれてありがとうございます。」


そういって歩き出す名前の首襟を猫のようにつまんだ。


「どーいたしまして。でもね、執務室はそっちじゃないんだなぁー。」

「……ま、迷ってて!!」

「うん、そうだねー。そうだろうねー。大人しくついて来てね。」

「…了解デス。」

「コナツ、ハルセたちに見つかったって伝えに言ってやって。」

「はい。」


コナツは名前を一瞬だけ見やると、頷いて一人ハルセたちの元へ向かった。


「いつも迷子になるの?」

「いつもってわけじゃないんですよ。」


ヒュウガは名前のペースに合わせてゆっくりと執務室へ向かって歩き出す。


「何十回も通れば覚えますし…」


何十回といっても11回と99回では大きな差があるものだ。


「『迷子です。』っていう立て札、首からぶら下げてたら親切な人が助けてくれるかもよ?」

「そうですね!それはいい考えかもしれません!ぜひ帰ったらさっそく!!」

「……いや、うん……冗談、なんだけどね……」


なんかもう、背中にいやな汗が流れる。


「冗談なんですか?いいアイディアだと思ったんですけど……。」

「そんなことしなくてもさ、オレが探しに来てあげるよ?」

「え…?」

「イヤ?」


名前はブンブンと首を横に振った。


「そんなことないです!ただ、その役目はいつもコナツ兄だったから…不思議な感覚なだけです。ヒュウガ少佐、そう言ってくださって嬉しいです。」

「…」


名前の満面の笑顔を見ながら、ヒュウガはガラにもなく『もう少しこの時間が続けばいいのに』と、この時ばかりは無情にも進んでいく時計を恨めしく思った。



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