子犬のワルツ
気がつけば、いつも側にいた。
気がつけば、いつも助けてくれた。
気がつけば、好きになっていた。
でも父のいうことは絶対。
もらったクマのぬいぐるみをギュッと抱きしめる。
あの人からもらった大切に大切にしている私の一番の宝物。
そうこうしている内に、名前ちゃんの研修期間も今日で最終日となった。
短かった。
なんてあっという間な日々だっただろうと思った。
そしてこれからは時間がゆっくり過ぎていくのだろうとも思った。
決してつまらない日々、とは思ってはいないけれど、いなくなったら寂しいことはわかっている。
だからずっと「婚約やめない?」とか「コナツが婚約反対してるよ!」とか言ってみたけど、一向に首を縦に振らないのだ。
何故かと問えば、やはり答えはいつも同じ。
「父が許しませんよ。」という何とも度し難い答え。
時間が過ぎるたびに心ばかりが逸る。
今日はどうやって首を縦にふらせようかな、と悩みながら名前ちゃんの部屋へ向かう。
告白をしない理由は、あれだ。
とても簡単な理由。
誰にでもあるだろう、フラれるのが怖いから。
今笑った奴、今ここで好きな人に告白してこい、と言ってやりたい。
女であれ、男であれ、怖いものは怖い。
ただ度胸があるかどうか…。
度胸なんていくらでもある。
でも名前ちゃんに対して、持ち合わせている度胸はほんの小さな塊にすぎない。
だって「名前ちゃん、好きだよ。」っていったら、「私も好きですよー上司として。」
もしくは「友人として。」だろう。
最悪は「私にはシュリ様がいますから」だ。
会ったこともないって言ってたシュリ=オークをとって、2週間だけだけどずっと一緒いたオレをフるなんて、どれだけ嫌われているんだ、とさえ思う。
でも、当たって砕けてみるのもいいかもしれない…。
会って砕け落ちた骨はきっとコナツが拾ってくれるだろう。
オレは考えすぎて、名前ちゃんの部屋に入るのに、自分の部屋に入るような感覚でノックもせずに入った。
あ、
名前ちゃんはそんなオレに気付いていないのか、ベッドの上に座ってオレがあげたクマのヌイグルミにキスをしていた。
チュッというなんとも可愛らしいキスだ。
どうやら荷造りをしていた途中だったらしく、そこら中に物が散乱している。
誰を想ってキスしたのか…
そう考えると複雑だったが、オレがあげたヌイグルミを大切にしてくれていることはすごく嬉しかった。
「本人にはできないけど…これくらいなら、いいよね…」
ひとり言を呟く名前ちゃんはどこか頬を紅く染めていた。
どんなに天然で世間知らずでも女の子だ。
そこらへんの女の子と何一つ変わらない、恋をしている女の子。
「……ヒュウガ少佐……」
愛おしそうな瞳でクマのヌイグルミを抱きしめる名前ちゃんに胸が高鳴った。
あーあ、どうやら無駄に悩んでしまったらしい。
今思うとなんてオレらしくないんだ、と思う。
オレは口の端を片方だけ吊り上げた。
「なぁーにしてんの?」
「わぁっ!ヒュ、ヒュウガ少佐っ?!」
「かわいーコトしてくれちゃってまぁ…」
「こ、これはですねっ!///あ、あのっ、」
名前ちゃんは顔を赤らめてわたわたと動揺を見せた。
そんな名前ちゃんの横に腰掛ける。
ギシッとベッドが軋んだ。
「ねぇ名前ちゃん、」
不敵に微笑んで顔を近づける。
「クマじゃなくて本人にしてみたくない?」
触れるか触れないかの距離で止まって答えを待つ。
緊張のせいなのか、震える唇からは名前ちゃんの吐息が漏れる。
「…し、してみたい…です…///」
そう言った名前ちゃんの唇に自分の唇を躊躇することなく重ねた。
熱い唇だ。
そして柔らかい。
その唇に貪りつきたい衝動を必死に抑え、そっと唇を離した。
名前ちゃんはやはり、キスだけでいっぱいいっぱいのようで唇に手をあてて真っ赤になった。
いつも笑っていて、
すぐちょこまかと動くから迷子になって困り顔、
そしてまたすぐコロコロと笑って…
まるで名前ちゃんは子犬のよう。
そういえばこんな題名のクラシックがあった気がする。
えっと、なんだっけ。
「子犬のワルツ…?」
「急にどうしたんですか?」
そう、子犬のワルツだ。
名前ちゃんにぴったりの曲。
「んー?なんでもないよ♪」
まるでじゃれ合うような、そんな曲。
「あの、ヒュウガ少佐!私、頑固で怖い父のこと苦手です。でもやっぱり嫌いにはなれなくて…嫌いにもなってほしくなくて…」
うん、親というものはそういうものかもね。
オレは別に家も両親も捨ててきてほしい訳ではない。
ただ、どんな形でもいいから名前ちゃんと一緒に居たいだけなんだ。
もちろん、。幸せなかたちで。
「だ、だから、ヒュウガ少佐、」
「うん?」
「…父の説得、一緒に頑張りましょう!」
ま、覚悟はしてたけどね。
いいでしょう、名前ちゃんのためなら説得でもなんでも頑張りますよ。
「もちろん♪好きだよ、名前ちゃん。」
「わ、私も大好きですっ!」
まるで子犬がじゃれあってくるかのように満面の笑顔で抱きつかれた。
そうして、
名前ちゃんは研修期間も無事に終えて、士官学校へと帰って行った。
アヤたんのべグライターの席は空っぽ。
この寂しさはどうしたら紛れるだろうか。
子犬のような彼女をさっそく愛おしく想いながら、名前ちゃんが使っていた机を小さく撫でた。
END
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