あれからすぐに邸へと帰ってきた私達は、すぐに夕食となった。

シキや邸のメイド達に迷惑をかけてごめんなさいと告げると、みんな至極嬉しそうに笑ってくれた。


夕食も食べ終わり、お風呂にも入り終わって自室でゆっくりすごしていると夫が部屋へとやってきた。

夜に夫が私の部屋へやってくるのは初めてのことで驚いてしまったが、すぐに中へ招き入れた。


椅子ではなくベッドへ座った夫に、少なからずドキッとした。


「大事な話があるんだが。」

「はい。」


私もベッドへと近寄り、立ったままでその話を聞こうとすると、手を引かれて横へと座らされた。

そっと見上げると紫の瞳と視線が重なった。


「子供が欲しいか?」

「え?…そうですね、アヤナミ様が欲しいのでしたら。」

「……私は子は作らぬ。」

「…はい。」


何となく、分かっていました。


「それはお前を嫌いだとかそういう理由ではなくて、」

「はい、」

「……やけに反応が薄いな。少しはショックを受けるかと思ったが。」

「だって何となく分かっていました。結婚する前から。覚えていらっしゃいますか?私と出会った日を。」


小さく首を傾げると、ゆっくりと頷かれた。


「あぁ。迷っているお前を助けた後、木の枝に髪を絡ませたのをまた助けたのだったな。」

「えぇ。実はその後、お礼をいいそびれた私はちゃんとお礼を言うためにアヤナミ様の後を追ったのです。」


そこで見たのは、少年と戦っているアヤナミ様。
フェアローレンと言われていた。

とても信じられるようなことではなかったが、どちらも嘘を言っているようには見えなかった。
それにそんな雰囲気でもなかった。


私があの日のことを思い出すように言うと、夫は「そうか」とだけ呟いた。


「…子を作るとフェアローレンの縁に、生まれたその子も縛られる。」

「そうですわね。私は気にしませんわ。子を成せなくても構わないのです。」


貴方が側にいてくれたら、それだけで。


「では、あれですわね。これからも寝室は別ということで。」

「いや、明日にでも寝室を用意させる。」


夫はそういうなり、電気を消して私を後ろのベッドへと押し倒した。
髪の毛がシーツの上に散らばる。

一瞬、何が起きたのか分からなかった。


「今日はここで眠る。」

「え??え?でも子供は作らないと…、」

「子を作らずにする方法などいくらでもある。」


熱いくらいの口づけと行為に、私はその夜、静かに身を任せた。





「名前、起きろ。」

「ん…ん…」


ゆさゆさと揺さぶられて目を覚ますと、すでに軍服を身に纏っている夫がベッドの脇に立っていた。


「おはよう、ございます。」

「あぁ、おはよう。起こすつもりはなかったが、見送りをさせないと後で名前の機嫌が悪くなるとシキに聞いてな。」

「機嫌は悪くなりませんわ…。ただお見送りしたいのに寝坊してしまうなんてと、自分に怒るだけなんです。」

「大して変わらぬ。私は仕事に行く。」

「では玄関まで、」


ベッドから立ち上がろうとすると、腰の痛みに立ち上がるどころか、起き上がることもかなわなかった。

そういえば…と昨晩のことを思い出してシーツで顔を隠した。


「今日はここで良い。」


頭を撫でられ、部屋を出ようとする夫の背中に顔を半分だけ出して「いってらっしゃい」と言うと、夫は少し微笑んでから扉を閉めた。


さて、今日は何をして過ごそう。

お風呂に入って、朝食をとって、体が重たいからシキにとびっきりの紅茶を淹れてもらってゆっくり読書でもして過ごそうかしら。





「奥様、お体の具合はいかかですか?」


すでに空は夕暮れ時。
赤く色づいていて、月が薄っすらと見えていた。


「もう、それ何回目だと思っているの?」


シキは先程まで紅茶の入っていたカップを下げながら、ニマニマと笑った。


「だって嬉しいんです。」

「それも何回目だと思っているの?」


嬉しいけれど、20回近くまで聞かれるとさすがに呆れ笑ってしまう。


「今日から寝室もご一緒ですし、ドキドキしてしまいます。」

「ふふ、シキがしてどうするのよ。」


私が笑うと、シキもつられて笑い始めた。
そんな時、夫が帰ってきたらしく、邸のメイドが迎える声が聞こえてきた。
しかし何故かざわざわと声が聞こえる。
夫ではないのだろうか?

シキと首を傾げていると、「玄関のほうを見て参ります。」とシキは素早く部屋を出ていった。

夫だったら行きたいが、来客だったら下手に私は出ないほうがいいだろう。そう思って自室の椅子に座ったままでいると、扉が開かれた。


「今帰った。」

「おかえりなさい。今日はお早いお帰り………」

ですのね。と言葉を紡ぐつもりだったが、夫の腕に抱かれている赤子を見て言葉を失った。


「ど、どこの橋の下から拾っていらしたの?」


動揺して、私は椅子から立ち上がるなりそう呟いたが、夫は無言で腕に抱いている赤子を私に渡してきた。

手つきの覚束ないのは二人とも。
落とさないように必死に抱き上げる。


「可愛い…」


パッチリと目は見開いており、手はとても小さい。


「孤児院の前に捨てられていたそうだ。だから貰ってきた。」

「え?!引き取っていらしたの?!」

「あぁ。」


あぁ。って…そんな養子を簡単に…


「小さい子は好きだろう?」

「え、えぇ。何故それを?!」

「あの日、教会で子供達と楽しそうに戯れていたのを知っているからな。」


それは、迷子になる数分前の……


「一目惚れだったと言ったら…信じるか?」

「えぇ、アヤナミ様は私に嘘を仰いませんもの。信じます。」


しっかりと、そしてにっこりと微笑むと、腕の中の赤ちゃんが私の顔の方へと手を伸ばしてきた。

頬をその手にすり寄せてあげると、ミルクの匂いがした。


「私、この子の母親なのですね。」

「あぁ。」


急に子供だなんてびっくりしたけれど、すっかり諦めていたから…。
とても嬉しい。
夫の気持ちも、養子を迎えられたことも。


「大切にします。大切に育てますね。もちろん一緒にですわよ?」

「あぁ。だが大切にするのは私の次にしろ。」


夫は私の頬に口づけを落とし、赤ちゃんの頬を人差し指の背でなでた。



(この子の名前は?)
(まだ決まっておらぬ)
(ではパパ、何と名前をつけましょうか??)
(パパは止めろ。)

END

- 10 -

back next
index
ALICE+