03
結婚して初めての食事は特に会話もあまりなかった。
それでもよかった。
誰かと食べるというのはとても嬉しいこと。
その人が夫であれば余計に。
幸せを噛みしめながら食べた食事も、美味しく頂いた後はそれぞれの寝室で眠った。
さすがに寝室は別らしい。
食事の時に「ヒュウガには気をつけろ。」と注意され、内心首を傾げながらも「はい。」と頷いたのは記憶に新しい。
だからどうしようかと迷ってしまった。
「あだ名たん、オレと出かけよ?」
と、釘を刺された次の日、夫が出仕した後すぐにヒュウガ様が誘いにいらっしゃったから。
「はい、ここのコロッケは揚げたてが一番美味しいんだよ♪」
他愛もない話をしながらやってきた街。
そして、そういって手渡されたのはアツアツのコロッケ。
「ありがとうございます。」
街で食べ歩きなんてはじめてのことで、なんだか気持ちが昂ぶっている。
あまり人の多いところには来ないから街も新鮮だ。
コロッケを一口齧り、咀嚼するととても美味しかった。
それを買ってくれたヒュウガ様に伝えると、喜んでもらえて嬉しいと彼は笑った。
「それにしてもヒュウガ様は上司想いなのですね。」
まさか夫に日頃お世話になっているので、何かプレゼントをしたいからそのプレゼントの買い物に付き合って欲しい。と言われるとは思ってもいなかった。
しかしそれを聞いた私は、夫のために何かしようとしてくださるヒュウガ様の気持ちを二つ返事で引き受けた。
「何を買われるおつもりなのですか?」
「ん〜何がいっかなぁ?」
「そうですわね……実のところ私も結婚して1ヶ月程ですから、あまり好みを知らないのです。役に立たなくてごめんなさい。」
「大丈夫だよ?だって本当の目的は………」
「本当の目的、ですか??」
純粋について来て、純粋に首をかしげた名前にヒュウガは苦笑いした。
「ん〜まぁ、プレゼントってのも嘘じゃないんだけど、あだ名たんと話してみたかったんだ☆」
「そうなんですか。言ってくだされば私のほうから足を運びましたのに。」
「ほら、あだ名たんって邸から出るとアヤたんに怒られるでしょ?」
「そうですわね。」
「ま、でもこうして街に出てるから一緒か!」
おちゃらけた感じでしゃべるヒュウガ様に私はクスリと笑い、コロッケを包んでいた紙をゴミ箱に捨てた。
「ヒュウガ様は面白い方ですのね。執務室も賑わうのではないですか?」
「アヤたんにはうるさい!って怒られるけどねぇ。」
「夫は職場ではどんな様子なのです?」
夫のことがもっと知りたくて話しに食いつくとヒュウガ様は笑って、とりあえずカフェにでも入ろうかと店内に入った。
「あだ名たんはアヤたんのこと好きなんだねぇ〜♪」
それぞれアイスコーヒーと紅茶を頼み、ヒュウガ様は机に肘をついた。
「そうですね。」
「でも政略結婚なんでしょ?」
「えぇ、そうです。でも…私は嬉しいんです。」
「政略結婚が?」
「いえ、アヤナミ様と夫婦になれたことがです。…夫は覚えていないかもしれませんが…、私達は結婚する少し前に出会っているんです。」
あの日のことは今でも思い返すことができる。
「あの日、私はあんな家にうんざりで家出をしていたんです。」
とてもとても子供のように、右も左もわからないのにお金も持たず、ただ逃げ出した。
「私、実家が嫌いで…。だから教会へ家出をすることにしたんです。」
あの場所はどんな者でも受け入れてくれると書物で読んだから。
「無事に教会までたどり着けたんですが、教会はとても広くて、その日教会の中で迷ってしまって…。そんな時、アヤナミ様が広場はあちらだと助けてくださったんです。」
「へぇ〜。アヤたんがねぇ。怖くなかったの?アヤたんってば仏頂面だったでしょ?」
「はい。父もアヤナミ様と負けず劣らず仏頂面な方なので平気です。」
「それで運命の出会い?」
「そうですね、でも私が魅かれたところはそこではないんです。広場へと駆け出そうとしたとき、木の枝に髪の毛が絡まってしまって…。アヤナミ様は「引っ張ると千切れる。」と木の枝から解いてくださったのです。その時のアヤナミ様に惹かれてしまって。」
なんて優しい方なのだろうと思った。
こんな人の側に居れたなら私は幸せだろう、と思った。
「ふぅん♪」
ヒュウガ様は面白い話が聞けたとばかりにニマニマと笑うと、アイスコーヒーを啜った。
「捜索願が出されていたため家出はたった1日で終わり、家に連れ戻されるとすぐにお見合いすることに決まったのです。いい加減落ち着けと。」
「んで、その相手がアヤたんだったと?」
「はい!だから私はすごく嬉しいのです。夫が政略結婚で無理矢理結婚したことはわかっています。それでも…私はとても嬉しかったのです。」
まるで色のない世界が鮮やかに色づいたように、それは眩しく。
「アヤたん、冷たいけど今も好き?」
「もちろんです!」
中てられちゃうね、とヒュウガ様は笑い、窓の外を指差した。
「そろそろ帰ったほうがいいかもよ?」
その指の先を見てみるとそこには不機嫌そうに立っている夫がこちらを見ていた。
「え、え…?!どうしてこんなところに?!」
「そういえば今日は街の見回りの強化中でアヤたんが直々に指揮するって言ってたっけなぁ。」
「…ヒュウガ様、確信犯ですのね。」
「そういうあだ名たんこそ何気に勘が鋭いんだね☆んじゃ、プレゼントはまた今度選ぼっと。また付き合ってね♪」
「えぇ、喜んで。でも次回は仕事中ではないときに誘って下さいませね。」
「ん♪やっぱり鋭いねぇあだ名たんは。じゃ、またね☆」
ヒュウガ様が二人分の会計を済ませて夫の元へ行くのをカフェのガラス越しに眺めた。
何やら怒られているようだ。
夫の怒っているときの顔は父をも凌ぐような気がする。
ヒュウガ様がある程度怒られてどこかへ行くのを見ていると、夫はまだその場所に立ったままこちらを見た。
今度は私が怒られる番だということか。
「お仕事お疲れ様です。」
カフェを出て夫の元へ駆け寄る。
「ヒュウガには気をつけろといったはずだが?」
「はい。気をつけましたわ。なので何事もありませんでした。」
ニコリと微笑むと夫はあからさまにため息を吐いた。
それも盛大に。
「今日は忙しいから帰れぬ。」
話が逸れた。
呆れられてしまったようだ。
「では明後日はお帰りになられます?」
「わからぬ。ヒュウガの仕事次第だな。」
「ではいつものように鞭をしならせてでも帰っていらしてくださいね。」
アヤナミは頷きかけてハタと動きを止めた。
「何故お前がそんなことを知っている。」
「今日はヒュウガ様からたくさんアヤナミ様のことをお聞きしましたの。」
嬉しそうに両手の手のひらを合わせると、夫の眉間に皺が一気に寄った。
「余計なことを…。」
「余計なことではありませんわ。私はアヤナミ様のお話が聞けてとても嬉しかったですもの。」
「……」
さすがのアヤナミもここまで純粋に微笑まれては何も言い返せない。
そうか…、とだけ頷くとさらに「はい!」と元気良く返された。
「わかった、何が何でも明後日は帰ってこよう。」
「はい、お帰りをお待ちしております。」
今度こそお出迎えをしよう、と心が浮き足立つこととなった一日であった。
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