06
「ダンスパーティーですか??」
「あぁ。」
パーティーは慣れているしドレスはたくさんあるけれど、アヤナミ様の妻として出席するのは初めてのこと。
「わかりました、用意しておきますね。」
パーティーは明後日だというのにいつになく緊張してきた。
煌びやかな世界に蔓延る裏の顔。
私はそれらがあまり好きではなかった。
だからそれがよく表にでるパーティーも苦手。
結婚前は特に出席しなくてもよかったが、参謀長官の妻となれば話は別。
私は夫が見立てた新しいドレスに身を包み、その扉を夫とともにくぐった。
ウエイターから飲み物を二つ受け取った夫は、その一つを私に手渡した。
中身のシャンパンもそうだが、このグラス一つでも高そうだ。
「アヤナミさ、いえ、あなた、乾杯しましょう?」
夫をアヤナミ様と呼ぶのはこの場では憚られた。
あまり呼びなれていないけれど『あなた』と呼んでみたが…これが結構気恥ずかしい。
「あぁ。」
私達は小さくグラスの音を立てると、一口それを口に含んだ。
「名前、」
飲み干していないがグラスをウエイターに返し、父を探していると、夫が腕を差し出してきた。
あ、そうか。
「失礼しますね。」
その腕に私の手を絡めるように置き、歩き出す。
「恐らく父が来ていると思うのですが…、」
「よく分かるな。」
「いえ、私にあの人のことなんてわかりませんわ。ただ、こういう華やかな場は好んでいらっしゃたので。」
その少し突き放したような言い方に夫は「そうか」とだけ言うと、私をつれて挨拶をしてまわり始めた。
久しぶりの人ごみに疲れ、ソファに座った。
夫は少し離れたところでミロク理事長と話をしている。
その様子を眺め見ながら、水を飲んだ。
「もう少し体を鍛えるべきかしら。」
「いや、あだ名たんはそのままが一番いいよ♪?」
「あら、ヒュウガ様。」
私の横のソファに腰を下ろしたヒュウガ様はウエイターからシャンパンを貰った。
「ヒュウガ様はお一人ですの?」
「独り身だからねぇ。」
「ヒュウガ様でしたらすぐに素敵な人が見つかりますわ。」
「そうかなぁ??あだ名たんも一人?」
「夫は今ミロク様とお話しされていますわ。」
「ホントだ。今日、旧姓上級大将は?」
「父は先程いらしていました。」
「挨拶した?」
「……後で、しにいきます。」
私の笑顔が曇ったのを悟ったのか、ヒュウガ様は首をコテンと傾げた。
「お父さん嫌いなの?」
「えっと…いえ、嫌いでは…。少し苦手で…。」
「女の子はお父さん嫌い!って年頃があるからねぇ〜……って簡単な問題じゃなさそうだけど?」
鋭い指摘に水の入っているグラスを少し強く握った。
「父は私の事をあまり好きではありませんから。こうして結婚話を持ってきたのも邸から追い出したかっただけで…。もしアヤナミ様と結婚できていなかったら今頃別の誰かと結婚させられていましたわ。」
父に私の気持ちなんて関係ないのだから。
「何でそう思うの?」
「…私を産んだせいで母が亡くなったからですわ。邸の者からはとても愛し合っていたと聞きました。それを引き離したのは子供である私。その上、私はそれほど体も強いわけではありません。軍人にもなれない私は父の役にも立てないのです。」
「アヤたんは知ってるの?」
「はい。結婚する前に聞かれました。」
他人に興味のない夫でも、首を傾げる親子仲。
「私は厳しすぎる父が苦手ですが、でもいつか孫をその手に抱かせてあげたいと思っているんです。孫は目に入れても痛くないとおっしゃるでしょう?」
「そうだね、上級大将のおじいちゃんっぷりはあの厳格な感じからイメージできないけど…、なんかいいね。」
「でしょう?」
クスリと微笑むと、ヒュウガ様も笑顔を見せた。
「少佐、」
「名前、」
ほぼ同時に、それぞれの名前を呼ばれた。
顔を上げると私の前にはアヤナミ様。
ヒュウガ様の前にはコナツ様が立っていた。
「少佐、こんなところにいたんですか?」
「コナツ〜お腹空いたねぇ〜なんか食べよっか。」
「そうですね。」
「アヤたんたちも一緒に食べる?」
ヒュウガ様は夫に聞いたのに、夫は何故か私のほうを向いた。
これは私の答え次第ということだ。
「えっと…今はご遠慮します。」
「だそうだ。」
「ん、わかった〜♪」
ヒュウガ様とコナツ様は料理がたくさん置いてあるほうへと歩いて行った。
「気分はどうだ。」
「少し休んでいたおかげで良くなりましたわ。」
水の入っていたコップをウエイターに返し、私は腰をあげた。
「あの、よければ踊りましょう?」
「私は遠慮しておく。踊りたいのならヒュウガとでも踊っておけ。」
「まぁ!あなたとまだ一度も踊ってませんのに他の方と踊ってはどなたが私の夫かわかりませんわ!誤解を招きます。あなたが踊られないのでしたら私も踊りません。」
もう一度ソファに腰を下ろそうとすると、腕を掴まれた。
「…また気分が悪くなっても知らんからな。」
「大丈夫ですわ。」
「…一曲だけだ。」
「はい!」
夫は私の手の甲に小さく口づけを落とすと、リードしてダンスホールの隅へ。
あぁ、今日は手の甲を洗いたくないわね。
顔は赤く、そして内心苦笑していると夫の手が腰に回った。
それに合わせて私も夫の腕に手を添えた。
ゆったりとしたテンポのワルツが流れる中、私達は体を寄り添って体を揺らし始めた。
今まで、これほどに体を寄せ合ったことがあっただろうか。
「夢みたい…。私こうしてアヤナミ様と踊ってみたかったんですよ。」
「…お前は変わっているな。」
「そうですか?好きな方と一緒に踊りたいと思うのは至極普通の感情だと思いますけれど?」
「…無理して好きだといわなくてもいいのだ。」
「何を仰っているのです?私は心からアヤナミ様のことをお慕いしているのですよ?父に言われたからではありません。…もしかして…ずっとそう思っていらしたの?!」
「…」
「…アヤナミ様は、私の事がお嫌いですか?」
「否、愛している。疑ってすまなかった…。」
私が照れたように笑みを見せると、夫は少しばかり腰にまわしていた手を自分のほうへ引き寄せて、一瞬だけ唇を重ねた。
「わ〜アヤたん堂々とやるねぇ〜。」
「少佐!見てないふりという言葉を知らないんですか?!」
「コナツ照れてるの〜?」
「照れてません!」
赤くなっているコナツを宥めながら、ふとアヤたんたちのほうへキツイ視線を送っている女が目に入った。
「…あの人…」
「誰ですか?…あぁ、あの人はグリューネワルト夫人ですね。」
旧姓家よりも上級貴族の夫人が、とても憎たらしそうに二人を見ているのを、ヒュウガは意味深に眺め、「ふ〜ん」とだけ適当に返事をした。
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