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どうして?
なんで?

怖いという恐怖と共にそんな疑問が頭に浮かぶ。

今思えば追ってくるはずがない。だなんてすごい過信だった。

なぜ追ってくるかもしれないと思わなかったのか。

確かに私達は戦闘用奴隷でもないけれど、身寄りのない人間。
それはとても売りやすく、お金になるというのに。

大人たちを殺して村まで焼いているやつらが追ってこないはずないのだ。

村を焼く…それは私達に絶望感を与え、逃げ出す気力さえなくさせるため。

もし逃げ出したとしても逃げ場は教会しかない。
用意周到だ。

それは同じくしてそれほどの執着しているということではないだろうか。


「ッ、」


フラウの名前を呼ぼうと震えて出ない声を搾り出そうとしたその時、私の口を押さえていた男の腕が首に巻きつき、引き寄せられて首が軽く絞まった。

息が詰まると同時に、更に逃げにくくなってしまった。

逃げ出そうとすればするほど首が絞まっていく。


「あんまり暴れないでよ。でないとそのまま首の骨折っちゃうかもよ。」


男の外見は30ぐらいだろうか。
歳のわりに軽い口調の男はさぞ楽しそうな声色で囁く。


「あぁ、でも折っちゃって臓器をバラバラに売っちゃうのもいいかな。」


この男ならする…。

大人たちを殺し、村を焼き払うという残酷さを持つこの男なら、今更弱い女を殺すなんてこと躊躇いもしないだろう。


「…なんて冗談だよ。どうしてボクが名前ちゃんを追ってきたかわかる?キミ、もう買い手がついてるんだよ。そんな大事な商品に傷なんてつけないよ。」


そうか…。
私、売られるんだ…。
アルドたちを連れ戻しに来たんじゃないんならいいや…。


そう思った瞬間だ。


「おいおい、笑えねぇ冗談だな。」


フラウの声が聞こえた。


「〜〜〜ッ、遅いフラウ!」


思い切り叫ぶと、フラウの瞳がこちらを見た。


「楽しそうなことやってんな、名前。」

「馬鹿言ってないで助けて!」

「助けてください、だろ?」


こ、こいつ…
何余裕ぶってんの?!?!


「名前ちゃんはボクが買い取るんだよ。気にいったんだぁ。」


うぇ…
まじ無理っす。


「気に入った??この頑固娘のどこをだ?」


悪かったな頑固で!


「いい匂いがするんだ…。それからママに似てる。」


………


「フラウ、助けてください。ホント助けてください。」


好きな人にいい匂いって言われるのは全然良いし、嬉しい。

けど変態にいい匂いって言われるのは気持ち悪くて気持ち悪くて。

やば、吐き気が…。


「お願いしますフラウ様は?」

「…調子乗り過ぎ、フラウ。」


ちょ、私やっぱ売られる訳にはいかないわ!
逃げ出してフラウを一発殴ってやんないと…、


って、あれ?苦しくない??


私の首に巻きついていた腕はどこだ?と視線を後ろに向けると、今まで私の首を絞めていた男が気絶して倒れていた。


な、何事?!?!
私何もしてないよ?!
え?
何で急に倒れてんの?!?!


呆然としている私に近づいてきたフラウが、私の頭を撫でた。

っていうか、さっきまで私の前に居たのに今は後ろに居るってどういうこと?

瞬きをする一瞬の間にフラウが私たちの背後に行って一発KOってこと…かな?


「……フラウがしたの?」

「殺してねぇから安心しろ。」


答えになってませんぜ、兄貴。


「フラウってホントに強かったんだね…」

「惚れたか?」

「まさか。」

「おい。そこは、」

「惚れ直した。」

「……。」


フラウは一瞬瞠目すると、ニヤリと笑って私の額にキスを贈った


「怪我は?」

「ないよ。この人、どうするの?」


フラウは私の体のあちこちを捲ったり触ったりして安否を確認中。


「警察に引き渡すしかねーだろ。」

「だね。」


私は安堵のため息を吐いた。


「というかさ、フラウ。」

「ん?」

「そんなとこ触られてないから。」


フラウの手がお尻やら腰を撫でている。

こいつの方が変態なんじゃないだろうか。


「一緒に警察行ったら?」


んで更生してこい。


「青あざとか出来てねぇかなって心配してるだけだろ。」

「出来てねぇよ。」

「見せ…」

「見せねぇよ。」

「お前なぁ…もうちょっと可愛げあってもいいと思うぞ?」

「別になくていいもん。」


ふいっと顔をそらして、地面に倒れている男を見下ろす。


主犯格のこの男が警察に引き渡されれば、私達の日常は平穏そのものになるのだろう。

失ったものはとても大きいけれど、その分笑顔で過ごしていけたらいいと思う。

アルド達と、そしてフラウと…、ずっとずっと一緒に……。

そんなことを思っている私は、まさかすぐそこに別れが迫っているとは思っておらず、満面の笑顔でフラウを見上げた。


「ありがと、フラウ。」


私の唇に触れた唇はとても優しかった。


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