09
「ちょ、ぎゃっ、ッ、も…やめ…」
図書室の隅っこ、人気のないところで私は現在痴漢に襲われています。
それがその痴漢はしつこく、ベタベタとしてきて「やめろ」と言っても聞いてくれません。
そろそろそのツンツンした髪の毛を引っ張ってもいいだろうか、いいだろう、よし引っ張ろう。
むんず、と痴漢ことフラウの髪の毛を掴んだ。
「おま、ムード考えろよ」
「お前が考えろ!!」
ここは何処だ?!?!
図書室だ!
二人っきりか?!?!
すぐそこには人がいる!!
たまたまここが死角になっているだけで、声を出せばバレバレ。
人にいっちゃいちゃしているところを見られたらどうするんだ。
いちゃいちゃじゃない、いっちゃいちゃだ。
なんか性質悪いだろ、これ。
「あんま大きい声だすとバレっぞ。」
「出させるようなことしないでよ。」
壁際に追い詰められている私に回っている手はさっきからお尻を撫でている。
こいつマジ変態だ。
海よりも深いため息を吐きながらふと視界に入った窓。
その窓から一瞬だけ男が見えた。
私の村を焼き払ったあの男だ。
実行犯というより、どちらかというと命令していた人間。
「…」
気のせいだろうか。
うん、気のせいだろう。
私達がここにいるだなんて知らないはずだ。
それに追ってくるはずがない。
だって所詮私達は一人間なわけであって、特別強いとかいう戦闘用奴隷でもない。
価値なんて低い訳で、追ってくるほどの執念はないはずだ。
……っていうか、フラウの執念の方がしつこい。
「フラウ司教?そろそろその手を退かさないとカストル司教にエロ本の在り処をバラしちゃいますよ。」
ニコリと笑って言えば、フラウは渋々といった感じで私をやっと解放してくれた。
あーフリーダム。
自由って素晴らしい!
「あのね、フラウ。人様の目に晒していいようなことじゃないでしょ?」
「意外と恥ずかしがり屋だな。」
「フラウはもうちょっと恥ずかしがって。」
私は至って普通だ。
「あんたも一応司教様なんでしょ?皆みたいに働かなくていいの?」
「気が向いたらな。」
サボりか?!?!
金髪、目つき悪い、ガラ悪い、サボり、態度悪い、口悪い…
もうあんた司教っての嘘でしょ。
司教試験の試験管脅したでしょ、絶対。
「っていうのは冗談だ。そろそろ戻らねぇとカストルに小言言われるな。」
「わかってるなら急いで行ってくださいー。」
んでもって小言言われちゃえ。
「…」
「…ん?何?」
やば、声に出てた?
「少しでもお前と一緒に居たかったんだよ、わかれクソガキ。」
「んなっ!」
フラウはそういうなり私の前髪をクシャリとかき上げるように撫でると、そっとそこにキスを落とした。
「フ、フラ…ウ、」
「あー物足りねぇ。」
有無を言わさず、今度は赤くなって何も言えない私の震える唇にキスを落とした。
「んじゃ、行ってくるな。」
フラウはニタリと笑ってカストル司教のところへ行ってしまった。
絶対赤いであろう顔の私を一人残して。
初めてキスしたときも不意打ち、今回も不意打ち。
しかも…
『少しでもお前と一緒に居たかったんだよ、わかれクソガキ。』って…。
最後の一言はいらないけど、
「〜〜〜〜っ」
私はその場にしゃがみこんで膝にその赤い顔を埋めた。
恥ずかしい。
嬉しい。
恥ずかしい!
嬉しい!!
恥ずかしー!!
「ぎゃー!」
叫ばずして何をしろというんだ一体。
一人図書室の隅っこで悶えている私をアルドたちが見つけるまであと30秒…
「あー疲れた。」
図書室の隅っこに居たにも関わらず、アルドたちに見つかり一緒に中庭で遊ぶこと2時間。
遊んでいる時はあっという間だけども、いざ終わってみると意外と疲れ果てているもので、今の私も例外ではなった。
アルドたちをそろそろ暗くなるからお部屋に帰りなさいと送り、私もただいま自室に向けて歩いています。
ぶっちゃけヘトヘトです。
『いやー最近の若者の体力にはついていけんなぁ。』なんて言葉をフラウたちに聞かれたら『まだ若いだろっていうかクソガキだろ』って言われそうだ。
アルドたちを見送っていたせいで外は暗くなってしまった。
最近は毎日が楽しくて、ものすごく楽しすぎて時間が経つのが早い。
ルナが居ないのはやっぱり寂しいけれど、いつか絶対くるであろうルナからの手紙を楽しみに待つ日々も悪くはない。
今日はルナ、学校で何をしたのかな?
友達できたかな?
ケンカしてないかな?
朝ごはん、給食、夕食は好き嫌いなくちゃんと食べれたかな?
ご飯のことを考えると、急にお腹が減ってきた。
よし、部屋に戻る前に夕御飯を食べに行こう。
そう思った時だ。
後ろから急に腰に男の腕が回り、手で口を塞がれた。
「っ!ん!!」
一瞬フラウかとも思ったが、フラウはこんな性質の悪い真似はしない。
身を捩って逃げ出そうとするが、男の腕から逃げ出すことは中々できない。
声も恐怖で出なかった。
どうにかして逃げなければ。
必死に身を捩っていると、男の声が耳元で囁かれた。
低く、どこかで聞いた事のある声だ。
いや、『どこか』ではない。
今はもう焼き払われて灰になってしまった村で聞いた声だ。
図書室の窓から見えたあの人物は見間違いではなかったのだ。
「名前ちゃん、みーつけた。」
心臓がドクンと大きく脈打ち、冷や汗が背筋を流れた。
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