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空は快晴。
太陽の日差しは肌を突き刺すようで熱いけれど、時おり吹く風が心地良い…今日はそんな日だった。
自ずと気分も良く、木陰で芝生の上に寝転がったらきっと3秒と経たず寝てしまうに違いない。
というか、実のところつい10秒前まで寝ていたのだからもう実体験だ。
寝起きの頭でボーっと空を眺め見る。
「あらあら、寝癖がついているわよ。」
見たことのないおばあさんが私の跳ねているであろう前髪を撫でてきた。
急なことでびっくりはしたけれど、なんだか嫌な気分ではない。
「あの…、」
「ふふふ、急にごめんなさいね。気になったものだから。」
嫌味なく笑うその笑顔は朗らかで、とても温かみと優しさを含んでいた。
「一つお聞きしたいのだけれど、いいかしら?」
「あ、はい。」
「ミサまでに時間があったからお散歩をしていたら迷ってしまったの。ミサのある教会はどっちだったからしら。」
なるほど、見たことのない人だと思った。
参拝の人だったんだ…。
「教会はあっちの、」
方です。と指を差したところで口を閉じた。
杖をついているこのおばあさんは、教会に行く途中にある足場の悪い道を果たして行けるだろうか。
「…案内しますね。」
「いいの?お昼寝の最中だったみたいだけれど。」
「ちょうど起きたので全然構いませんよ。おばあさんさえよければ案内させてください。」
「そう?じゃぁお願いしようかしら。」
微笑んだおばあさんは皺の寄った顔で嬉しそうに笑った。
私は立ち上がり、おばあさんの体を邪魔にならないように支えながら歩き始める。
「貴女も参拝に?」
「いえ。私はここに住んでるんです。」
「そうなの。シスター希望かしら?」
「そう見えますか?」
「ふふ、見えないわねぇ。」
「でしょう?」
二人でクスクスと笑いながらゆっくりと歩みを進める。
この人の話し方、会話、全てが柔らかい。
嫌味を含んでいないその会話はとても澄んでいて綺麗だ。
「私の村が襲われて大人は全員殺されてしまって…。村も焼かれてしまって、身寄りがないのでここで保護してもらっているんです。」
「そうだったの…。何だか聞いてはいけないことを聞いてしまったみたいね。ごめんなさい。」
「そ、そんな!」
私の数倍生きている人に素直に謝られてしまっては、こちらが申し訳ない気分になってしまう。
「ここの暮らしはどう?楽しいかしら?」
「はい、とっても。」
「そう…。あ、教会が見えたわね。ここで大丈夫よ。」
「でも、最後まで…、」
「大丈夫。これでもまだ元気なのよ私。」
ニコリと笑ってみせるおばあさんに、私もつられるように微笑んでそっと離れた。
「わかりました。足元気をつけてくださいね。」
「えぇ。ありがとう、とっても助かったわ。」
手を振るおばあさんに私も手を振り替えして自室へと向かった。
教会の出入り口からたまたま見えた名前の後姿。
どうやらミドナのばーさんをここまで案内してきたようだった。
ミドナのばーさんは最近長年連れ添ってきた旦那さんを亡くしてしまい、ここ毎日寂しそうにしていたが、何だか今日はとても楽しそうだ。
「あら、フラウ司教。」
ミドナのばーさんに近寄ると、ばーさんは俺に気付いたようで振り向くなり名前を目線で示した。
「私、あの子がいいわ。」
「あぁ見えてガキで木登りとかしてるサルだけど、いいのか?」
ばーさんは寂しさから子供を一人引き取りたいと、数日前に里親を申し出ていた。
だが、どの子を引き取ろうか迷っていたのだ。
「えぇ、えぇ。あの子が私の家に来てくれたらとっても楽しい毎日になりそうだもの。」
「……あぁ、楽しいぜ。」
一日があっという間なくらい…すごく、な。
「名前ー入るぜ。」
「だから、女の子の部屋に入るときはノックをしろって何回も言ってるじゃん。」
学習能力が低い男だな〜もう。
とかいいながらも訪ねて来てくれて嬉しい私は何て乙女なんだろう。
自分の乙女っぷりに内心苦笑いして、椅子に腰を下ろしたフラウと目線を合わせた。
「珍しく片付いてんじゃねーか。具合でも悪いのか?」
「あのね、フラウ。私も一応女の子なの。片付けぐらいしますー。」
ちょっと馬鹿にしないでよね。
やれば出来る子なんだから。
いつもはちょっとやる気がでないだけで、出たらあっという間なんだから。
元より、大切だった物は全て燃えちゃったから私物は少ないし。
皆はそんな中どうやったら散らかるのか不思議がっているけれど、女の子は物入りなんですよ。
「えらいえらい。」
「私は子供かっ?!?!」
頭をよしよしと撫でられた。
口では反抗しているけれど、フラウの撫で方、そしてこの手がとても気持ちいい…。
あぁ、自分絆されてるなぁ。と思う瞬間だ。
「あぁ。まだガキだ。」
「うるさい犯罪者。」
未成年に手出すなんてさ。
「お前が犯罪者にしたんだろーが。良い度胸だ名前。」
フラウが私の頬を引っ張った。
「いひゃいいひゃい!」
そ、それって『好きにさせたんだろうが』っていうのと同義語よね??
嬉しい…けど、痛い!
ジタバタと暴れてフラウの腕を叩くと、フラウは全く痛くなさそうだったがあっさりと引っ張るのをやめた。
と思ったが、頬に添えられている手はそのままだ。
「…フラウ?」
…キス、するのだろうか?
見つめられるのは慣れてない。
だってフラウってばいつも不意打ちなんだもん。
「どうし、ンッ!!」
続くはずの言葉が消えた。
フラウの唇が私の唇に重なったことで紡ぎだすことができなかったのだ。
いつもの触れるだけのキスじゃない。
唇と歯をこじ開けられ、舌が入り込んでくる。
こういうのを大人のキスっていうんだろうか。
互いの舌が絡み思考も全て溶けていく感覚。
そんな中、息が持たなくなってきた。
フラウの服を掴み、もう無理…と態度で伝えるも、フラウは一度唇を離しただけでまた深く口づけてきた。
「っふ、ぁ、ん…」
ついには立っていることもできず、膝から崩れ落ちると、フラウは私の腰を支えてやっと唇を離した。
「ッ、は、っは…」
荒い息を整えようとしていると、フラウが強く抱きしめてきた。
ここまで来たら何だかただ事ではないような雰囲気だ。
フラウのいういくら『ガキ』でもそれくらいの空気は読み取れる。
「フラウ…??」
フラウの頬に手を添えて顔を覗き見ると、フラウは私のおでこにおでこをくっつけた。
「名前、お前里親のとこ行け。」
さっきのキスの余韻は何処へやら。
私の頭は一気に覚醒した。
ルナの時みたいに真っ白にはならなかったけれど、フラウの表情が寂しげに揺れていて何も言えなかった。
いつもの私だったらきっと『何言ってんの?!?!絶対ヤダ!』って駄々捏ねるように怒って叫んでいるはずなのに…。
フラウがあまりにも真剣で、切なげだったから…。
私はそんな拒否すらできなかった。
いや、したくなかったんだ。
だってこんなフラウの表情、見たことなくて…。
これ以上させたくなくて…。
「お前を引き取りたいってばーさんがいる。そこ行け。絶対幸せになれっから。」
「…私、邪魔?」
視界が揺れて流れた。
「邪魔だったら付き合ったりなんかしねぇよ。そんな器用じゃねぇ。」
頬に伝っていた涙をフラウの唇が舐め取る。
「お前は人の幸せばかり願いすぎてる。人の幸せを願うのは良い。だが自分の幸せも願ってやれ。」
「…今も…十分幸せ、だよ…」
「もっともっと幸せになれ。名前、幸せに上限なんかねぇんだ。」
フラウの唇が、私の震える唇に触れた。
今度は触れるだけの砂糖菓子みたいな甘いキス。
「いつでも会いにきていい。会いたかったら呼べ。会いに行ってやるから。」
フラウは寂しくないの?
なんて言わない。
だって貴方の声や表情で全て悟ることができたから。
「うん…。もっと幸せになるよ、私。」
また会いにきたのか。ってうんざりされるくらい会いにくるんだからね。
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