そろそろ来る時間か…。と教会の門のところにいると、名前が走ってくるのが見えた。

相変わらず忙しいやつだ。


「走ると転ぶぞー。」


名前がミドナばーさんの養子になってから1ヶ月が経った。

あれから離れているということを感じさせないくらい、名前は学校が終わるとすぐ毎日のように教会へやってくる。

ミドナばーさんの邸は意外とこの教会に近かったのだ。
今生の別れみたいなキスをしたあの日の自分に苦笑してしまうのは無理もないだろう。


あの時のぽかんとした俺と名前の顔を未だにばーさんは笑う。

名前とばーさんを改めて会わせたあの日…。






『あ、あれ??あの時のおばあさん?!?!」

『えぇ。この前は助かったわ。ありがとうね。』

『え?え?!もしかしておばあさんが私の養い親に…??』


こんな優しそうな人が?!?!
私の?!?!
なんてもったいない!


『私もう大きいし、もう少し小さい子のほうがいいんじゃ…。』

『私はもう歳をとりすぎてしまったから。小さい子を育てる体力はもうなくてね。貴女くらいがちょうどいいのよ。私とお話したり、食事を一緒に取って欲しいの。もちろん、貴女さえよければだけれどね。』


おばあさんは可愛らしく右目をパチッと瞑ってウインクした。
歳のわりに中身はとても若いようだ。


『そんな…もちろんです。』

『成人する数年でもいいのよ。私と一緒に楽しく過ごしましょ。学校にも行かなくてはね。それとも家庭教師がいいかしら?私娘がいなくてずっと欲しかったの。お洋服も仕立て屋をたくさん呼びましょうね。』

『家庭教師?!?!し、仕立て屋?!?!』


な、なに…。
もしかして、おばあさんってば…お金持ち??


『ばーさんの亡くなった旦那さん、一流企業の社長なんだぜ。言うの忘れてたけど。』


そんな重要なこと忘れんなバカー!

私…そんな急に明日からお嬢様できませんけど!!


『お金のことも、位のことも貴女は気にしなくていいのよ。ただパーティーでちょっと愛想良くしていればね。』


またウインクしたおばあさんの茶目っ気に、なんだかちょっと肩の荷が下りたかもしれない。


『ちなみに、家はどこなんですか?』


これ、何気に大切だと思うんです。
フラウと遠距離っていうのはかなり辛い。


『肝心なことを言ってなかったわね。邸はここから歩いた10分のところなのよ。』

『『10分?!?!』』








二人して拍子抜けした顔をばーさんはきっと死ぬまで笑うつもりなのだろう。
そういうばーさんだ。
嫌味ったらしくないから余計性質が悪い。


「フラウー!ルナからまた手紙きたー!っ、ぎゃ!」


あ、こけた。








「え〜っと、何々〜。」


私は、木に背を預けて座っているフラウの足の間に座って手紙を広げた。
今日も快晴、そよそよと風が気持ちいい。


「『名前おねーちゃん、おげんきですか?ルナはとっても元気です。今日は学校でとなりの席の男の子にえんぴつをとられたよ。』…よし。フラウ、一発殴りに行こうか。」

「待て待て。ちゃんと最後まで読め。」

「だってルナの鉛筆盗るとかいじめだよこれは!」

「とりあえず読め。」

「…『でもとってもやさしくて、消しゴムをわすれたルナに貸してくれたの。ルナがとどかない図書室の本も取ってくれて、とってもとってもやさしいです。』……やっぱ殴りに…、」

「どこに殴る要素があるんだ馬鹿。」

「馬鹿に馬鹿って言われなくなーい!だって絶対この子ルナのこと好きだよ!鉛筆盗ったのなんてルナのもの欲しかったんだよきっと!どこぞの馬の骨に私の可愛いルナをあげるわけないでしょ。」

「はいはい。」


宥めるように頭を撫でられてしまった。


「『そういえばお義母さんに押し花を教えてもらったよ。名前おねーちゃんに似合うお花だったからあげるね。』」


封筒の中に入っていたピンクの花は綺麗に押し花にされていてとても可愛らしかった。

ルナの中で私はこんなに可愛いイメージなのだろうかと思って小さく照れ臭さ半分に苦笑する。

「『らいしゅうのお休みの日にその子といっしょに教会にあそびに行くね。またお手紙書きます。』ルナ遊びに来るって!一人で!」

「よーく見てみろ名前。現実逃避するな〜。」

「来る途中に何かハプニングがあってルナしか来れなくなるかも!というかこれなくなる!」

「何する気だお前は。」


今度ばかりはコツンと頭を殴られてしまった。


「だって〜。」

「お前の方はどうなんだ?」

「私?毎日楽しいよ。おばあさんってば面白くって!今日の夕飯はハンバーグって言ってた!」


お抱えのシェフさんがだけど。

最初の頃はそんなお金持ち感覚についていけなかったけれど、今となっては少しずつ慣れてきた。

ふかふかのベッド。
笑いの耐えない食卓。
温かい暖炉。
美味しい食事。

なんてことない幸せが、とても幸せだと感じる。


「そうじゃなくて。家庭教師じゃなくて学校行ってんだろ?それこそどこぞの馬の骨に、」

「私はフラウ一筋ですー。」


そんな当たり前の子と聞かないでよね〜。


「それよりルナ元気でよかった〜。会えるの楽しみだ…。」


背は大きくなったかな。
まだ抱きついてきてくれるかな。


「何で泣いてんだ。」

「だってだって、ルナが成長した姿見れるなんて〜」


えぐえぐと子供みたいに感極まって泣いてしまえば、フラウが呆れたように苦笑して私の涙を袖で拭ってくれる。


「最近泣きすぎじゃねーか?そんなんじゃ体中の水分抜けちまうぞ。」

「抜けるかっ!フラウが泣きたいときは泣けっていったんでしょ。」

「あーはいはい。とりあえず泣くな。」

「うー。」

「笑ってたほうが好きなんだけどな。」


その言葉にピタリと涙を止めた私はすごいと思う。


「単純。」


笑われたけれど、もう一度『好き』という言葉を聞きたくてフラウに向き直った。


「もう一回好きっていって?」

「いや。」

「なんでー?!」

「名前が言ったら考えてやってもいいぜ。」

「え?!わ、わたし…?」


改めて言うとなるとちょっぴり恥ずかしいなぁ…。


「それとも体に聞いたほうがいい?」

「エロ司教!」


もう、そればっかりなんだから!


「ガキだな。」

「フラウに言われたくない!」


頬を膨らませて怒ると、フラウはその両頬を押して空気を抜かせると、そのままキスを落とした。

何となくだけど、最近慣れてきた触れる甘いキス。


「このキス、好き。」

「へぇ。」

「だって深いやつはドキドキして、何も考えられなくなるんだもん。」

「考えられなくなればいい。ただ俺を感じていればいいんだぜ。」


一度離れた唇がまたくっついた。

今度は深いキス。

恥ずかしくてフラウの舌から逃げていたけれど、次第に力も抜けていって逃げる気力も失っていく。
好き勝手に口内を荒らされ、唇が離れた頃にはすっかり体の力が抜け気ってフラウにもたれていた。


「…フラウ、好き。」

「はいはい、知ってる。」

「フラウは?私が言ったら言ってくれるんでしょ?」

「考えるって言っただけ。」


ずるい!
ひどい!


「なんてな、」


フラウは私をしっかりと抱きしめて耳に唇を押し当てると小さく囁いた。



「好きだぜ、名前。」

「…うん。」


真っ赤な顔を隠すようにフラウの胸板に額を押し付けて、ニヤける口元を必死に隠した。


「フラウさ、私に幸せの上限はないって教えてくれたよね。」


今、その言葉がものすごくわかる。


私はおもむろに立ち上がり、両腕に木漏れ日の光を体に集めるように両腕を広げて笑った。


「私ね、今とっても幸せ!」


一度は絶望の淵に立ったけれど、いつも側に幸せはあったんだ。
それに気付くことができて、気付かせてくれる人がいて、とっても幸せだ。

いつも笑顔で、どんな困難でも二人で乗り越えましょう。


「ずっと見ててね!もっともっとも〜っと幸せになるから!」


貴方と一緒に。

END

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