03




「フーラーウー!!とうっ!!」


後ろからフラウに飛び蹴り…いや、ジャンピングキックを喰らわせた。
何だか横文字の方がカッコイイと思う。


まさかの不意打ちにフラウは前のめりになって、痛さのあまりに声にならない声を出していた。


「お前なぁ…手加減ってものを覚えろ。」

「してるしてる、覚えてる覚えてる。」


私達がここ、教会に逃げてきて2週間が経っていた。
皆なんとなくここに慣れてきたようで、教会で過ごす生活リズムも体が覚えたようだ。

遠くで司教様達と遊んでいるのが見える。

こういうものが平和なんだろうなぁ、と最近よく思うようになった。

このまま平和がずっと続けば良いと思う。
皆で仲良く過ごして、子供達の成長を見守って。
一緒に笑って泣いて、たまには怒って。

あの足元から崩れていく感覚は二度と味わいたくない。


「司教にとび蹴りしてくる女なんざ見たことねぇ。」

「貴重なもの見れて良かったね、フラウ。でも仕方ないよ、司教に見えないんだもん。」

「それで呼び捨てか。お前もあそこで鼻垂れてるクソガキと一緒だな。」

「あのね、あそこの子供と一緒にしないで。もうお嫁に行ける歳なんです。」

「へぇ〜。出るとこでてねぇのに?」

「………今度は前からとび蹴りしていい?」


ギロリと睨んで怒るも、フラウはケッケッと笑う。
憎たらしいったらありゃしない。


「笑わないで。」

「そりゃ人の勝手だろ?そういえばお前何してたんだ?カストルが探してたぞ。」

「…あー…。」


何故逃げているかといえば、私の部屋がきたな…散らかっているから片付けなさい。とあまりにもカストル司教がうるさいからだ。

掃除というものは気分があってですね。
気分がのらないと中々進まないのです。


「そこの木の上に登って隠れてた。」

「サル。」

「黙れヤンキー。そういうフラウは何してんのよ。」

「今から図書館に行こうかと思ってな。」

「図書館?」


図書館=フラウ
……想像つかない。

なんてアンバランスなんだろうか。
例えばご飯とパン…いや、何か違うな。
刺身といちご…いや、鯖とブルーベリージャム。
いやいや、ご飯と牛乳といったところかな。

やば、想像して吐き気が…。


「何で急に顔青くしてんだ?」

「なんでもない。気にしてないで。」

「図書館一緒行くか?」

「んー、…行く。何か面白い本ある?」

「おー。あるある。」


へぇ。
本は嫌いじゃないから楽しみだ。
きっとこの気分も良くなるだろう。



「……って、何読んでんの、馬鹿。」


私はフラウの頭を軽く叩いた。

そのまま本の角におでこぶつけて痛がればいいと思ったけれど、そこまではいかなかった。


「暴力的だな、意外と。」

「あんたは司教に見えないね、ホント。」


司教は、『何かオススメある?』と聞いた女の子に『これとかどうだ。』と中身と外見が違った本は寄越さない。

外見は小難しそうな本なのに、中を捲ればあら不思議。
女の人があはんうふんなポーズをとっていました。


「司教のくせに。」

「男だからな。」

「何自慢気に言ってるわけ?うーわー…これの何が面白いのやら…。」


何ページか捲って見てみるけれど、全然わからん。


「男のロマンがわかんねぇなんてガキだな、ガキ。」

「うるさいなー。大人だってば。」

「じゃぁちょっとソソる声だしてみ?」

「は?!?!」


私は動揺してしまい、本を机に落としてしまった。

この男、頭大丈夫だろうか。
司教なのにセクハラもいいところだ。


私は自分が選んできた本を手に取って開き、顔を隠した。


「馬鹿らしい。」

「王道だなー名前。逆さまだぞ、本。」

「そ、その逆さから見る練習をしてて…、」

「名前さん、見つけましたよ。」


言い訳をしていると、カストルさんの声と共に右肩に手が乗せられた。


赤かったであろう顔も一気に青くなったのが自分でもわかった。

背筋を嫌な汗が流れ出してくる。


「お部屋のお片づけ、しましょうか。」


油をささないといけないようなロボットのようにぎこちなく振り向き、カストルさんの意も言わせぬ微笑みに頷くしかなかった。


「それとルナちゃんが呼んでいましたよ。」

「……またいつものですか?」

「えぇ。」


苦笑というよりももっと苦い顔をして頷いたカストル司教は、部屋の片付けより先にルナのところへ行くように言った。

暇だとかいうフラウにもついて来てもらってルナの部屋に向かう。

ルナはまだ小さい子供なので同じ年頃の女の子と同じ4人部屋だ。
今はお昼なので皆は外に出て遊んでいるというのに、ルナは一人部屋でシクシクと泣いていた。


「ルナ。」


部屋に入ると、ルナが駆け寄って太ももにギュウッと抱きついてきた。
太ももに顔を埋めるルナの頭を撫でてフラウと目を合わせる。


ルナはたまに夢であの日の…、村が焼き払わせた日の出来事を見るらしい。
小さな子供が体験するにはかなり酷な出来事だったのはわかるが、夢を見た日はこんなふうに部屋に閉じこもるのだ。
そうして決まってこう言う。


「怖い人くる。」


ルナが泣き出す度に胸が締め付けられそうになる。

怖いものを怖いと言えるルナ。

それはとても良いコトだと思うけれど、こうしてルナがあの日を思い出して震えていると、必死に胸の奥に閉じ込めて思い出さないようにしている私の恐怖の記憶まで一緒に引きずりだされる。

未来さえも見えなくなるくらい、目の前が真っ暗になるのだ。


「もう来ねぇぞ。」


フラウがしゃがみこんでルナの頭を撫でている。
でもルナはイヤイヤと頭を振るばかり。


「ぱぱ…まま…。」


まだ小さいルナに両親がいないのは大きい。
ルナは私を頼ってくれるけれど、結局私は何もしてあげられないのだ。

こうして頭を撫でて、側に居てあげることしかできない。
それがとても口惜しくて、泣き出したくなる。


「…大丈夫だよルナ。ルナのパパとママはお空からルナのこといつも見てるから。見守ってくれているから。」


ありきたりな言葉しか言ってあげられない。

不安なルナを不安定な私が抱きしめても、慰めあうことしか出来なくて、癒すことはできない。


「お空から?」

「うん、お空から。」

「ルナも行きたい。ぱぱとままのところ、行きたい。」

「……ダメ。ダメなの。まだルナはいっちゃいけないの。」

「どうして?」


首を傾げるルナはひどく純粋だ。
今の私にはとても痛いくらいに突き刺さる。


「ルナはこれから大きくなって、たくさん楽しいことして、好きな人と結婚するのよ。」

「けっこんって何?」

「ずっと側にいるの。ルナのパパとママみたいに、ずっと好きな人と側にいるの。」

「じゃぁルナ、名前おねぇちゃんとずっと一緒がいい!ルナとけっこんしてくれる?」


女性同士では結婚できないんだけれど…。

この事実を伝えたら今度は『どうして?』と聞かれるに違いない。
『どうして?』の無限ループだ。
好奇心を持つことは素敵だと思うけど、今はちょっと辛いから…、


「うん。ルナが大きくなったらね。」


そう言ってあげると、やっとルナが笑った。










「お前が泣きそうになってどうすんだ。」


ルナを外にいる皆の元に出し、木陰でその様子をフラウと一緒に見ていると、しばらく黙っていたフラウが急に口を開いた。


「だって…。」

「あの年頃のガキは笑えば笑って返してくれる。お前が泣きそうな顔してたらルナも不安になるだろ。」

「だって……、」


私だって怖いんだ。

いつこの平和な日々が崩れるかわからない。
あの村での平穏が一瞬にして消え去ったように、今の幸せだってきっと簡単に消え去ってしまうのだ。


「だって、何だ?」

「…何でもない。」


私の気持ち、わかってよ!なんてそんな馬鹿らしいこと言わない。

それでも、
怖い。
恐い。
こわい。
コワイコワイコワイコワイコワイ。


でも私がしっかりしなくちゃ。
ルナは私を頼っている。
頼られるに値するくらい、しっかりしなくては。


「…カストル司教にまた怒られちゃう前に部屋の片付けしてくるね。」



私は逃げた。

本音から。

自分の心から。


前から吹き付けてくる風は冷たく、心まで突き刺した。

まるで抉るように。


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