04




赤い炎がすべてを飲み込んでいく。

家も、人も、全て。
そしてそこに在った日常さえ飲み込んでいく。

私はそれを見つめている。


助けに行きたいのに足は動かなくて。

村を焼き払った男が私の腕を掴んだその瞬間…


私は悪夢から目を覚ました。



息は荒く、体中べっとりと嫌な汗をかいていて気持ち悪い。
ついでに気分も最悪だ。

汗でしっとりと濡れている前髪を軽くかきあげてため息。
それは海よりも深く、静かだった。


「名前ーいるか?」


乙女の部屋にノックもなしに入ってきたフラウを一睨み。


「早朝ミサにもいないと思ったけど寝坊か。」


私の寝起き姿を見て悟ったらしいフラウが笑う。


「用事はそれ?」

「いや。」


首を横に振ったフラウは、急に昨日と同じ表情をした。
珍しく、ちょっぴり真面目だ。

それと当時に心臓が痛くなった。
ルナのことは大好きだ。
あの子が産まれたときから可愛がってきて、頼ってくれる存在。
頼ってきてくれることはとても嬉しい。
頼られているということによって私の中に自尊心が生まれる。

だからより頼られたいと思うけれど、その気持ちは稀に自分を傷つける。

ルナが両親を失った悲しさで私を求めてくるたびに、私は弱音を吐けなくなるのだ。

余計な矜持が弱音を吐くことを躊躇わせる。


「出かけるか。」


どっしり重たい気分に浸っていると、フラウがそう言った。


「…どこに?」

「話したいこともあるしな。」

「いや、どこに行くの。」


人の話を聞いてください。


「まずはその時化た顔を洗ってこい。着替えたらすぐ出発だからな。」


いや、だからどこに?!?!?!











「…フラウ……。」


連れてこられた場所は焼け野原となってしまった私の村だった。


ラブラドールさんに花を貰って、その花を持って出かけた時から、何となくは気付いていたけれど。


「一人で教会出るのはまだ怖いと思ってな。」


フラウの手のひらが頭に乗った。

どうしてこの人の手はこんなにも温かくて、優しいのだろうか。
いつもだ。
いつも、いつも。
フラウは厳しいけれど、それと同時にとても優しい。

私の涙を素直に出させてくれる。

でも、いつものプライドが邪魔して、堪えるようにギュッと瞳を閉じると、フラウはグリグリと頭を撫で回した。


「泣きたいときは泣け。んでそれ以上に目一杯笑え。」

「でも…私が泣いたら…」

「今はルナもいない。人がいないところで弱音ぐらい吐いても神様は怒らねぇし、誰も文句は言わねーよ。」

「フラウが居る。」

「オレはいいんだよ。」

「自分だけ特別扱いっ?!?!ちょ、自分に優しすぎですけど!………でも、あり…がと……」


少しだけ笑って、綺麗に咲いている花を握り締めて涙を溢すと、フラウは私の頭から手を離して口を閉ざした。

声を殺して泣くその泣き方は長女特有のもの。
私に血の繋がった弟妹はいないけれど、村の子供達は私にとって可愛い弟妹だ。


あそこに見える石垣はよくアルドがよじ登って遊んでいた。
その近くの木には私がよく登っていて、それを村の女の子達はハラハラと見ていたっけ。


村の中心より少し南にあった私の家。
そのお向かいさんがルナの家。
その横はアルドの家。

アルドの家からは良くお母さんの怒鳴り声が聞こえ、そのたびにアルドは頭にたんこぶをつけていた。
それと同時に笑い声も絶えない家だったけれど。

私の家の3件隣が村長さんの家。
村で一番大きくて、その家の庭に生えているどっしりと構えた大木はまるでご神体のようで好きだった。

その大木だけじゃなくて、村の皆が好きだった。
土地も、草木も、人も全て。
そこに吹く風さえも愛おしくてたまらなかった。

でも今は、全て炎に包まれて消えてしまった。

大好きだった父は怖い男の人達に殺されて、アルドの豪快なお母さんや、気弱なお父さん、ルナの両親や大事にしていたお人形まで。

人も物も家も燃えてなくなってしまった。


私は涙を拭い、その場に真っ白い花束を置いた。


あんなに温かく優しかった風が、今はこんなにも寂しく感じてしまって、私は奥歯を噛みしめた。


私達の村をこんな風にした人が憎い。
今この場所にいるのなら殺したい。

皆みたいに死んでしまえばいいんだ。


「名前、ぶさいくな顔だなぁおい。」


頬を急にフラウの長い指で突かれた。


「ちょ、痛い。」

「あんまヘンなこと考えんなー。ぶさいくな顔になるぞー。」

「い、いたいってば!」


フラウの手を払って目を細めると、今度は眉間をグリグリと押された。


「ぎゃ、痛い!」

「ぶさいくだなー。」

「フラウのせいでしょ!」

「お、少しは元気になったな。」

「…何よ。別にいつも元気ですけどー。」

「昨日のルナを慰めた後の顔もぶさいくだったけどな。」

「ぶさいくぶさいくって連呼しないでよ、さっきから。」


ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、村に背中を向ける。


どうやら彼は不器用ながらも慰めてくれているようだ。
その事実が何だかおかしくて。
でも嬉しくて。

フラウが笑うから。
私も怒りながら笑った。


泣きたいときは泣く。
でもそれは私にもプライドっていうものがあるから、ルナやアルドたちの前では泣かない。

でもとりあえず一人でだったり、フラウの前でだったり。
『オレはいいんだよ』っていうってことはフラウの前だったら泣いていいってことだよね?

くよくよして、泣いて、泣いて、たくさん泣いたら、

待ってて。



いつか村に吹いていたあの風のように、優しく笑うから。


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