06




「ラブラドールさん、どうしましょう。私…わたし、」


あわあわとしながら、ラブラドール司教がいつもいる花に囲まれた中庭のベンチに座った私はこれ以上どうしようもないくらい焦っていた。


「少し落ち着いて。はい、これでも飲んでゆっくり話して。」


優しく穏やかな声色はまるで心を撫でるようだ。
差し出されたお茶はお湯の中でお花が咲いていた。

香り、味、見た目共に心が落ち着く。

小さく息を吐き出せば、ラブラドール司教は「それで?」と話しやすく催促してくれた。


「あ、あああああああのですね。」

「もう一口飲もうか。」

「…ハイ。」


落ち着いたようにみえた心だったが未だにバクバクとうるさい。
まるで耳元に心臓があるようだ。


「あのですね、」


お茶をもう一口飲んで今度は私から話を切り出した。


「し、知り合いの話しなんですけど!」

「………うん、」

「なんかその子、子供達にある男の人とラブラブ〜とかって言われたらしく、それからその男の人とまともに話せないというか…顔すら見れないらしくて、ここここれって何なんですかね?……って、友達が言ってました。」

「……そう、……友達が。」

「はい。友達が、です。」


微妙な空気が流れた。

しかしラブラドール司教は苦笑してこう言った。


「恋、かな。」


ここここ恋?!?!?!?!?


「でででぇでででも照れくさいだけかもしれないですし!」

「うーん。じゃぁ名前さんに聞くけれど、」

「ななな何で私ですか?!!?いや、この話は私の話しではなくてですね、あの、あの、」

「うん、落ち着いて。わかってるから、とりあえずいろんなこと全部。例えばの話しだよ。例えば名前さんがカストルとの間のことを『らぶらぶ』って囃し立てられたらどう思う?」


どうって…。


「別にどうも思いません。違いますし。むしろありえません。」


嫌いではないけれど、カストル司教ってば口うるさいし。


「そうだね。つまり少しくらい『好き』という特別な気持ちがないと、そんなに過剰な反応はしないんじゃないかな?」


…あ。

確かに……

私、自分でも気付かない内にフラウのこと……


「おい名前。急にどっか行くからさっき言いそびれたんだけど、」

「ぎゃー!」

「……お前、さっきからそればっかだな。」

「何でもないよ!で、何?!?!何か用でございまするか?」

「熱でも…、」

「ない!」


私の心臓を壊す気かというほど急に現れたフラウは当たり前のように私の隣に座った。

どうしよう。
心臓が、
心臓が破裂する。
破裂してしまう!


「ならいいけどよ。」

「話って?」

「ルナを養子に貰いたいっていう里親がいてな。一応名前にも言っておこうと思って。」


……


「さと、おや?」

「そ。子供欲しがってる家庭があるんだ。ルナはまだ小さいし里親が欲しがっててな。大事に育てるってよ。」

「……それって、ルナが教会から出て行っちゃうってこと?」

「まぁ、そうなるな。」

「名前さんは寂しいだろうけれど、ルナちゃんのためにも里親さんに預けた方がいいと思うんだ。」


あんなにうるさかった心臓がやけに静かになった。

むしろ風の音も、二人の話す声もうるさくて仕方がない。


「いい人達だよ。経済的にもしっかりしていて、子供を心から望んでいるから、」

「ヤダ!」


いやだ!


「私はルナが産まれた時からずっと一緒なの!」


そしてこれからもそうだ。

いや、そうだと思っていた。


「妹みたいな存在なの!」


私達姉妹を引き離すの?


「里親なんかにルナをやるなんて…絶対イヤだから!」



私は激昂してその場を立ち去った。



「やっぱりなぁ〜。」


フラウが名前の後ろ姿を見ながら頭をかいた。

名前がこういうことは何となくわかっていた。
けれどルナのためにもこの対応が最善なのだ。


「里親に預けるまであと1週間もないっていうのに、まだ言ってなかったんだね。」

「まぁな。最近あいつ、不安定だったから。」

「よく名前さんのこと見てるんだね。」

「…危なっかしいからな、名前は。」



泣きたそうな顔をしているのに泣かなくて、
かと思えば泣きすぎだと思うくらい泣いて。
笑ったかと思えばすぐに遠くの何かを見据えてボーっとして。

少し突けばグラリと揺らぐ不安定な心。

かと思えば驚くくらいしっかりしていて。
子供達一人一人を気遣い、頼られる存在であろうとしている。

しかしそれは同時に名前の心を不安定にしていて。

だけど頼られるということが名前の安定剤でもあるのも事実。


見ていてとてももどかしくなる。


「とりあえず、どうにか説得しないとな。」

「そうだね。…あ、そうそう。フラウ、君って罪な男だったんだね。」

「あ?」

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