08
「名前ねーちゃん、最近元気ねーな。」
遠くの木陰に座ってボーっと空を見ている名前を見ながら、アルドが呟いた。
それに続くようにして名前を見れば、今日も今日とて魂が抜けたような顔をしている。
「フラウ司教は名前おねーちゃんの恋人なんだから、慰めてあげなきゃだめよ。」
子供の中で一番大人びている…いや、マセガキが急にアルドと俺の間に割って入ってくるなり、爆弾を落とした。
「…おい、クソガキ。なんだそれ。」
「違うの?ルナとさよならする前に、ルナが『フラウ司教と名前おねぇちゃん仲良し』って言ってたよ。」
「仲良しって言ってただけだろ?何をどうなってそうなったんだ。」
「あら、お似合いだと思うわよ?」
なぜこんなガキにそんなお節介を焼かれないといけないのか全くもってわからない。
「そうだ、ちゅーしたらいいのよ!」
「…」
「きっとちゅーしたら名前おねーちゃん元気になるわ!」
クソガキのくせにマセたことをいうやつだ。
「フラウ司教は名前おねーちゃんとちゅーしたくないの?」
…したいかしたくないかといえば、もちろん…
「したいでしょ?したいでしょ??」
あまりにもうるさいので、両頬をひっぱってやった。
「いたいいたいいたい〜!」
「フラウ…、」
頬を引っ張っていると、アルドがこちらを睨んで呼び捨てで呼んで来やがった。
「名前ねーちゃんにキスしたら殺す。」
おいおい、マセたガキがここに2人もかよ。
ルナが里親に引き取られて3日が経った。
何だか胸にぽっかりと穴が空いたみたいに物足りず、寂しい。
もちろんこのままではダメだってわかってる。
でもちょっとくらい落ち込んでもいいじゃない?
私は木に背を預けて瞳を閉じた。
そうすると、3日前の出来事が頭を過ぎる。
『ルナ、名前おねぇちゃんと一緒がいい。』
里親さんがそこにいるのに、泣きじゃくりながら私の手を掴んで離さないルナの小さな手。
『ルナ、また会えるから。』
今度会うときはこの手はすでに大きくなって、もう手を繋ぐような歳ではないかもしれないけれど。
いつ会えるかなんてわからない。
でも、また会えるはずだ。
『会える?』
『うん。会えるよ。ルナが私のこと忘れないでいてくれたら、会えるよ。』
『ルナ、名前おねぇちゃんのこと忘れないよ!』
『私もルナのこと忘れないよ。』
『…あの、たまに遊びに来させてもいいかしら?』
これからルナのお義母さんになる人が微笑んだ。
優しいその微笑はルナの本当のお母さんに似ていて、何故だかルナは幸せになれると確証さえ抱いた。
『もちろんです。』
これから可愛いこのルナはどんな風に成長していくのだろうか。
ずっとその過程を見ていけるものだと思っていたけれど、もうそれはもう叶わない。
『学校ちゃんと行って、たくさん遊んで目一杯泣いて笑うのよ。』
『うん!ルナ、学校行って文字書けるようになったら名前おねぇちゃんにお手紙書く!学校のこととか、今日のご飯何だったとか!』
『…うん。』
そうか。
成長をいつも見ることはできないけれど、ずっと知ることはできるんだ。
そして、また会うとき、その手紙を踏まえて成長を見ることができる。
手紙でルナの成長を知ることができる…。
『私もお返事書くね。』
だからたくさんルナのこと教えて。
ルナはこれからたくさんのことをして、感じて、成長していくのだろう。
学校で何があったとか、休日は誰と何処に行ったのかとか、髪を切った、ニキビが出来た、好きな人ができたとか、小さなことでも大きなことでもなんでもいい。
ルナが感じたこと、ルナの気持ちを教えて。
また会おうね、ルナ。
「寝てんのか?」
ふと、フラウの声がした。
その声に瞳を開けると、フラウが目の前に立っていて、すぐに私の横に座った。
こちらを見ることなく前を見据えているばかりだ。
「何?」
「別に何でもねーけど。」
じゃぁなんで来たんだ、とツッコミたくなったが、こののほほんとした天気ではそんな気も失せるってもんだ。
「じゃぁ、なんかそこの茂みからアルドたちがこっち覗いてんだけど、あれは何。」
アルドだけじゃなく、おマセさんな子やら数名の子供がバレバレの行動を取っている。
「…見張ってるんだと。」
「何を?」
「……さぁな。」
あ、何か今しらばっくれたな。
「ま、別にどうでもいいけど…。」
「……泣きたいなら泣いていいんだぜ。」
「馬鹿。ルナが幸せの第一歩を踏み出したってのに喜べど何で泣かないといけないのよ。」
「お、また更にいい女になったんじゃねぇか?」
「まぁね。」
苦笑すると、フラウが急にこちらを向いた。
「冗談なんかじゃねぇぜ。」
「冗談じゃなかったら何なのよ。茶化さないで。」
「茶化してるつもりもねぇ。俺ってば正直者だからホントのことしかいわねーの。」
「はいはい。」
「好きだぜ。」
「はいは…は?!?!」
ななな何言ってくれちゃってんのこの人?!?!
「こ、このタイミングで言う?!あそこにアルドたちいるのに!!」
アルドたちのところまで聞こえているとは思えないが、目のいい子達だ。
表情ぐらいは見れているだろう。
「因みにあいつらは俺がお前にキスしないか見張ってんだとよ。」
「き、きす?!?!」
ちょ、何がどうなってそうなった?!?!
「してほしかったか?」
ニヤリと笑うフラウの手が腰に回ってきて、私は焦りながらもフラウのその手を捻った。
「馬鹿言わないで。子供たちの前でなんて…」
「クソガキがいなかったらいいわけか。」
そういう問題じゃない!といいたくても、事実そうなので口をパクパクとさせるばかりだ。
フラウはそんな私を見て笑った。
なんて悪趣味なやつだ。
「で?返事は?」
「い、今?!」
「ハイ、5秒前〜4、3、」
ぎゃ!
何そのカウント!!
「2、1…」
「…き、」
「聞こえないぜ?もっと大きな声で言わなきゃな。」
うっくぅ〜…
「…す、き。」
決して大きくはないけれど、しっかりと言えば、フラウは満足そうに笑って立ち上がった。
「よし、キスするか。」
「するか馬鹿!」
子供達見てるでしょ!
あーほ、ばーか!
私も立ち上がり、フラウの横に並んで盗み見している子供達の方へと向かう。
「皆、何してるのかなぁ〜?」
ニコニコと微笑みながらも目は笑わずに子供を見下ろすと、子供達は可愛く「バレたー」と逃げていく。
「ったくもう。最近の子ってばマセてんだから。」
でもま、あの子達はあの子達なりに元気のない私を心配してくれたのだろう。
私は小さく笑って、夕御飯まで一緒に遊んでやろうと駆け出したその時だ。
横にいたフラウに腕を掴まれ、振り向くと唇が重なった。
一瞬のそれに驚いて声もでない。
「ガキが見てなきゃいいんだろ?」
してやったりと笑うフラウ。
っ。
「そ、そういう問題じゃない!」
どうやら顔の赤みが引くまで遊んではやれなさそうだ。
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