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色々とおかしい。
何かがおかしい。

何故私はヒュウガの上に乗っているのに、まるで尋問のようなものを受けているのだろう。

ヒュウガの黒い瞳が真っ直ぐに淀みなく見つめてくるから、答えなければいけないような気分にさせる。

なんていう居心地の悪さ。

私の昔話を聞いて何になるのか。
私とアヤの昔話しなんてつまらない終わった話でしかないのに。


「黙ってるってことは肯定だよね?」


何故いつもより声に本気を孕んでいるのだろう。
何故真っ直ぐに見つめているのだろう。
何故問いかけるのだろう。

何故、何故、何故。


アヤと寝たことがあるのか、なんてくだらない問いかけに答える義理はない。
答えるつもりもない。
でも私が無言を貫き通したところでヒュウガはそれを肯定と取ってしまうのなら、それは答えではないだろうか。
応えてはいないけれど、彼はそれを答えにしてしまうのだ。


「何を馬鹿なこと聞いてるのよ。ヒュウガ、痛いよ。」


抱きしめられている背中が痛いと訴える。
今更笑って誤魔化しても遅いことなどわかっていたけれど、誤魔化したくて仕方がなかった。

胃よりもっと奥から這い上がってくる不快感が食道にまで達する。


「2人って仲いいけど好きなの?」

「ヒュウガ、」

「付き合ってるの?」

「ヒュウガってば、」

「付き合ったことあるの?」

「…ヒュウガ、もうこの話し止めよう。」

「いやだ。」


何なんだ。
理性的であろうとすればするほどかき乱される。

今すぐに耳を塞いでヒュウガの声が聞こえなくしたい。
不快感はすでに喉下まで達してきている。


「どうして誤魔化すの?」

「…誤魔化したいから。」


この言葉は彼にとって決定打だっただろう。

名前=名字はアヤと寝た。

答えるつもりなんてなかったのに答えてしまった。


「どうして?」


どうして、だなんて自分の中でも答えなんて出てないのに答えられるわけがない。


「わからない…」


目を逸らして気弱な言葉を吐くと、抱きしめている腕が少しだけ緩んだ。


「もしかしてさ、あだ名たんオレのこと好きなの?」


カチッと一秒だけ時計の針の音が妙に大きく聞こえて、それからは全く聞こえなくなった。
2人とも黙っているのに時計の針の音さえ耳に届かないほど、私の頭はショート寸前なのだ。


「…は、は?」

「だって誤魔化すってことはオレに2人の関係知られたくないってことでしょ?」

「な、なんでそうなるの。」

「そうとしか考えられないから。」

「ま、待って!私がヒュウガを好き?…ない!ないないない!!」


思い切り首を横に振ると、ヒュウガが口を尖らせて拗ね始めた。


「そんなに否定しなくてもいいじゃん。」

「ないよそんなの!」


どんな天変地異だ。
いくら天地がひっくり返ろうともそれはない!


「だって貴方女ったらしじゃない!!」

「……男たらしのあだ名たんに言われたくない…」


ヒュウガの冷めた目が私を冷ややかに見下ろしてくるが、私はさっきのヒュウガの言葉を否定するのにいっぱいいっぱいだ。


「確かにそうだけど、私は特定の恋人ができたら遊ぶのちゃんと止めるつもりだもの!」

「オレもやめる…と思うよ。」

「うっわ!信じられないその言葉!!『思う』って何?!?!理解できない!」

「じゃぁ止める。」

「『じゃぁ』って何?!?!大体私貴方の上司とも昔してるのよ?!?!何か関係的にも微妙じゃない!そんな女に好きって言われたって困るでしょ!?!?いやーもう!離して色魔!」


暴れてみるものの、このヒュウガの腕は一向に離してくれない。
いっその事殴ってみるのもありかもしれない。


「だってオレ男だし。性欲あるし。抱きたいし。」

「そう、じゃぁ近い未来恋人ができたら思う存分抱いてあげて。」

「そうする♪でも今はいないからあだ名たんに相手してもらおっかな♪」


ちゅーっとしてくるヒュウガの唇を両手で必死に押さえる。


「や・め・て。気分じゃないの。」

「アヤたんはいいのにオレはダメなの?」


私は発言は大人だけど子供みたいな言い分に絶句した。
開いた口が塞がらないとはこういうことをいうのか。


「言っておくけど、私はアヤと一回寝たきり何もないから。本当に数年間電話も繋がらなかったのよ。」

「電話したのってやっぱり誘いの電話?」

「…今日はやけに聞いてくるわね。」


テンションが低いのか高いのか全くわからない。
それに振り回されている私の方がもっとわからないけれど。


「そういう誘いじゃなくて、純粋に。飲みに行くくらいいいじゃない。」

「酔っ払ったついでにその後ホテル?」

「貴方ねぇ…」


さすがに堪忍袋も切れそうよ。
ズキズキと痛むこみかみを軽く揉みたいけれど、ヒュウガが未だに抱きしめているままだから動くに動けない。


「もー!何気に女々しいわね!」


私は仕方ないとばかりに口を開く。
何だかこのままでは堂々巡りでいつまで経っても眠れそうにないのだ。

時計の時刻はすでに正午を指しつつあるというのに。


「確かに昔は好きだったけれど、もう数年も経ってるのよ?私の気持ち的にも落ち着いたの。今となってはいい思い出なのよ。」


あの日々は今も色褪せず鮮明に思い出せるけれど、それは初恋というものもプラスされているからだ。

初恋だったから、と今も覚えている私もたまには女らしいところがあるものだと我ながら感心してしまう。


「今もかも知れないけれど、あの頃のアヤは目的があったから軍人になったって言ってた。でもまだ目的を果たしていないって。私生きていくためにお金が必要だった。だから一度体こそ繋がったけれど、互いに想い合う心だけは繋げなかった。だって私達にはまだ目的があったから。心まで繋いでしまったら辛くなることがわかっていたから。」


アヤの目的はわからないけれど、確かに目的が存在していて。
私は生きていくという目的。


きっとタイミングが悪かった。


「今始めて会ってたら…付き合ってた?」

「今始めて会ったとして、好きになるかどうかなんて誰もわからない。でもそうねぇ、前よりもっと男前になってたけどちょっと冷たいわよねぇもう。」


何だか愚痴交じりになってしまったけれど、これくらいでちょうどいい。

私とアヤとの距離は近くもなく離れているわけでもなく。
お互いを必要とした時にした分だけ側にいて助け合えればいい。

嫌味も言って、言われて、笑って、ため息吐かれて。
それでいいの。
それがいいの。


「大体昔に会っていなかったら、こうしてまたアヤに会えてはなかったでしょうね。」

「…オレにもね。」

「そうね、ヒュウガにも。」

「じゃぁ出会えたことに喜んでちゅーしよ☆」

「馬鹿。さっさと恋人作ったらいいじゃない。」

「あだ名たんより性格は良いと思うんだけど恋人できないんだよねぇ〜」

「ふざけんな。私の方が貴方より良いに決まってるでしょ。それに答えは簡単じゃない、貴方に恋人を作る気がないから、でしょ?」

「あだ名たんが恋愛しないのもその理由?」

「私の場合は令嬢達に結婚運も恋愛運も吸い取られてんのよ絶対。」

「そういえば令嬢が言ってたね、あだ名たんがコンパニオンした令嬢は結婚したり恋愛が上手くいくって。」


ヒュウガの手が私の髪を撫ではじめる。
何だかくすぐったくて、私は身を捩って頷いた。


「教えてあげているだけなのだけどね。」

「何を?」

「いつもは顔を立てられる側だから、人を立てるということを。人の会話を遮ってはダメとか、色んなこと。人と人の会話に不躾に入っていくのも親しければ許されることもあるけれどやっぱり失礼だわ。」

「あだ名たん、アヤたんのこと立ててないよね。」

「アヤとはそういう仲だもの。アヤはそれをわかっていて貴方たちがいる中で面会したのよ。」


だから私も遠慮せず、初対面の人がたくさんいる中でも言いたいことを言ったの。


「令嬢はどうしても尽くされることが多いの。愛情にしても与えられる物にしても。だから尽くすということも教えたりね。」

「令嬢は誰にハンカチあげるんだろーね。」

「さぁ…わからないわ。口が堅いのよ。」


もっと親しくなった方がいいかしら、とうんうん悩んでいると、ふと唇に柔らかい温もりが掠めた。


「隙あり♪」


私の唇に口づけたヒュウガは、満足そうに笑った。


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