01
私、名前=名字は現在進行形で不機嫌だ。
それもそのはず。
私を呼び出した人間が不在だからである。
私は約束の時間5分前には来ているというのに、呼び出した本人は未だ来ない。
わざわざ軍まで足を運んだというのにこの待遇。
怒りはしないもののあまりいい気はしない。
嘘だ。
怒っている。
それはまぁ、色々あるからで。
とりあえずこの部屋に顔を出した瞬間に罵ってやると心に決めた。
カツラギさんと名乗られた方からコーヒーを差し出され、笑顔で会釈すると少し離れたところから「思ってたより普通だね。美人でもないし不細工ってわけでもないし。」という声が聞こえてきたのは一先ずスルーしておこう。
「ねぇ、君が名前=名字?」
サングラスをかけた長身の男が私の向かいのソファに座った。
その瞳は私の頭の天辺から足のつま先までじっくりと見下ろし、まるで品定めをされているようで気分が悪い。
しかもさっき聞こえた声と同じ声だったから余計に気分が悪い。
噂話は隠れてやるものですよ。
「そうですけれど、貴方は?」
必ずしも呼び出した人が私に用があるとは限らないので、外面用の仮面を貼り付けたようにニコリと微笑む。
ソファに座った男は品定めが終わったのか、そちらもニコリと笑ってきた。
その瞬時に『あ、こいつ私と反りが合わないな』と思ったけれどそれを億尾にも出さず更に微笑みを返す。
「オレはヒュウガ。」
「はじめましてヒュウガさん。ここにいらっしゃるということは貴方もブラックホークの方というわけですね。」
「うん。名前だからあだ名たんって呼んでいい?」
「もちろんです。親しみをこめて呼んでいただけるのはとても嬉しいですから。」
小さく微笑んだところで待ち人来たり。
やっと扉が開いたと内心ため息を吐きながらそちらへ顔を向けると、変わらぬ顔が如何にも偉そうに入ってきた。
遅れてきておいてなんだその態度。
「アヤ、一つ訪ねていいかしら。」
「なんだ、来た早々から騒々しいな。」
「ここに私の雇い主はいるのかしら?」
「いないな。」
「そう。なら心おきなく言えるわね。アヤ、貴方はいつから時計の針も読めなくなってしまったのかしら?」
部屋の空気が一変したのがわかった。
はちみつ色の髪をした青年はオロオロとさえしているものだから、少し可笑しくて笑みを深くする。
「…変わらないなお前は。」
「時間の指定をしたのはアヤの方なのだから責められて当然よ。それにビジネスの話しなんでしょう?なら尚更じゃない。」
「あぁ、悪かった。」
「あら、謝るってことを覚えたのね。少しはまともになったんじゃない?」
「…名前、そろそろその口を閉じなければいくらお前でも、」
「閉じなければ、どうするの??」
ニコニコニコニコ。
女は愛嬌だ。
笑顔さえ向ければ万事解決。
このアヤでさえ口を閉じるのだから。
アヤは嘆息しながら向かいのソファ、ヒュウガさんの隣に座った。
「急に電話してきたかと思えば「明後日は暇か?暇なら14時に軍に来い。」の一言。私が電話しても出もしなかったくせに、よくもまぁ抜けぬけと今更電話できたわね。いっその事尊敬するわ。」
「悪かった、悪かったから話を進めさせてくれ。」
アヤが膝に肘をついてひどく億劫そうに口を開いたので、私は肩を少しだけ下ろすと右手で『どうぞ』と続きを促した。
「よく仕事の話しだと、」
「数年ぶりなのだから『久しぶりだな、元気だったか?』ぐらいの一言があってもいいと思うの、私。」
「…久しぶりだな、元気だったか。」
「えぇ、とっても。貴方の棒読みも相変わらずで嬉しいわ。」
「お前も変わっていないな。少しは変わっていることを期待していたのだが。」
「また捻くれたことを言って。」
本当、変わっていないんだから。と笑っていると、アヤの横に座っていたヒュウガさんがこの空気にやっと慣れてきたのか口を開いた。
「アヤたん…あだ名たんに弱みでも握られてるの??」
恐る恐る、しかし冗談交じりであったが、私がケロリとしたこととアヤが渋い顔をしたことから肯定を受け取ると、ヒュウガさんは更に驚愕といった顔をした。
私はそんな彼に笑顔を向けてアヤに向き直る。
笑顔で万事解決なんてありゃしない。
思いがけない弱みを握ったから、アヤは私に反抗しにくいし大きくでにくいのだ。
アヤが私の電話に出たがらなかった理由がわからなくもないけれど、でもさすがにオール無視はいかがなものか。
「さっき私に言いかけた言葉は何?」
「あぁ、よく仕事の話しだとわかったなと言いたかっただけだ。」
「私の電話を無視し続けたアヤからの電話だもの。プライベートでは一切電話も会いたくもないということでしょう?ならビジネスの話し。それ以外にある?」
「いや、ないな。」
「少しは否定くらいしなさいよ。」
本当にプライベートで私に会いたくなかったって言ってるようなものじゃない。
「そういうところも変わってないようで安心したけど。それで?私にビジネスの話しってどんな?」
「伯爵令嬢のコンパニオンを頼みたい。」
「それはアヤからの依頼?軍からの依頼?それともその伯爵家からの?」
「その伯爵家からだ。」
「至って普通の依頼ね。それで?他にも何かあるんでしょう?」
「話が早くて助かる。」
そう言ったアヤが執務室にいる全員を視線だけでテーブルの周りに集めた。
机に置かれた一枚の紙。
それに綴られているのはあからさまな脅迫状。
内容はこうだ。
『リリィナ・フォン・ファイエルバッハを攫いにいく。攫われたらすぐに現金3億ユースを振り込め。でなければ娘の命の保障はしない。』
……なんだろう、この脅迫状違和感がある…。
でもアヤが何も言わないということは…ただの気のせいなのか…
「脅迫状かぁ♪それでオレに護衛ね。」
「主に護衛はヒュウガだが、ブラックホークの人間で持ち回り制。事が収まるまでとのオーク元帥からの命令だ。」
「事が収まるまでというと、犯人を見つけるまでということですか?」
ハチミツ色の髪の青年が口を開いた。
思っていた通り、顔、髪共に可愛らしい声だ。
「そういうことになるな。」
「ということは、私は護衛が厳しくなって中々外出ができなくなって暇を持て余しているその令嬢のコンパニオンをしたらいいのね。」
「そういうことだ。」
「ねぇねぇ、一ついい?」
ヒュウガさんがわざわざ子供のように挙手した。
皆の視線が注がれる中、彼が放った言葉は
「コンパニオンって何?」
殴ってやりたくなった。
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