02
コンパニオン→上流または富裕な女性に雇われ、そのお話し相手をする生まれ育ちの良い女性のこと。
カツラギさんに持って来てもらった国語辞典でコンパニオンを引く成人男性。
その国語辞典で殴らなかっただけでも褒めてほしい。
コンパニオンのことを知らなかったから怒っているのではなく、知らないまま今まで話を聞いていたのかと思うと腹が立って仕方がない。
きっとこの辞書はヒュウガさんの頭に詰まっている知識よりも遥かに多いことだろう。
「わかりましたか?」
「んー何となく。あだ名たんが育ちがいいっていうことはわかった。」
「残念ですが、私は育ちはあまり良い方ではありませんよ。」
私は肩を竦めて若干冷めつつあったコーヒーを一口嚥下した。
「確かにコンパニオンは基本その雇い主と同じ階級か、少し下の階級かです。でも私は貴族でもなんでもありません。その証拠に私には間違っても貴族を表す『フォン』や『ヴァン』というミドルネームはついていないでしょう?」
「え、でも貴族ってそういうのうるさいんじゃないの?庶民が令嬢のコンパニオンなんていいの?」
「そこが名前だ。」
ストレートな問いに苦笑を浮かべると、アヤが話しに入ってきた。
「名前はコンパニオンとして優秀でな。令嬢達の間で人気があるらしい。令嬢は箱入りだからか人を見る目が余程ないとみえる。」
「ちょっとどういう意味よ。」
ギロリと睨むも、アヤは平然と視線を逸らした。
「つまりは、コンパニオンは供給過剰状態なのに名前は引っ張りだこということだ。」
「へぇ♪なるほどねぇ。」
「仕事内容的にはどんなことするの?」
ピンク三つ編みの髪の子が私の横に座ってくるなり聞いてきた。
あまり馴染みのないお仕事ではあるし、コンパニオンのことを知って貰えるのは全くイヤではない。
むしろ嬉しいとさえ思う。
「基本的にはお話し相手ですよ。あとは令嬢が客人を持て成すのを助けたり、ごくたまに社交界に同行することもあります。でもやはりお話し相手になることが主ですね。それに令嬢の代わりに使用人に命令したり。」
「コンパニオンも使用人でしょ?使用人が使用人に命令するの?」
「いえ、コンパニオンは使用人ではありません。なのでお給料もお手当てというんです。」
「なんで?」
「なんでと言われても昔からの決まりですから難しい質問ですね。」
子供は好奇心旺盛だ。
「私の場合は特別ですが…、本来ならばコンパニオンは貴族の令嬢のお仕事ですから、令嬢同士の交友関係を築くものとあまり変わらないと思います。ただそこにお金が発生するだけで。別の家の令嬢といえど貴族には変わりありませんから、使用人に命令するのはさほど可笑しいことではないかと。」
「ふぅ〜ん。」
「これはあくまで私個人の意見ですが、コンパニオンは美人でも不細工すぎてもだめだと思うんです。何事も普通が一番だと思いません?」
美人すぎても令嬢の嫉妬の対象にさえなり得るし、不細工すぎても引き立て役にはなれても花のある社交界では劣りすぎる。
しかしまぁ、美人だろうが不細工だろうが、階級が上流であればあるほど人間は寄ってくるものだけれど。
私はヒュウガさんにニコリと微笑んだ。
『普通』と言われたことを根に持っているわけではないが、嫌味くらいいいだろう。
微笑まれたヒュウガさんは少しだけ罰が悪そうに苦笑したが、その数秒後にはケロリとしていた。
やはり根に持つことにしよう。
しばらく突いてやる。
「名前、できればすぐにでも仕事について欲しい。」
「えぇ、そうね。ちょうど別のコンパニオンの仕事も終わって暇していたところだから明日にでも入れるわ。」
「クビになったの?」
キョトンと首をかしげる三つ編みの子が無邪気に問いかける。
子供っていうのはこれだから恐ろしい。
無邪気さを装って言えば何でも許されると思って。
「クビになんてなりません。令嬢が結婚されたからお役御免になったのよ。」
「結婚したらコンパニオンいたらだめなの?」
「ダメというわけではないのでしょうけれど、コンパニオンの雇い主は未婚の女性なの。
それが若い令嬢であれ、歳をとられた令嬢であれ、未婚でないといけないのよ。未亡人の場合もごくたまにあるけれど。」
「ふぅん。」
聞いておきながら興味があるのかないのかわかりゃしない返答だ。
『へぇそうなんだ、知らなかった!』くらい言えば可愛げもあるのに。
「貴方、お名前は?」
「クロユリ。」
「そう。」
敢えてこちらも素っ気無く返してやった。
子供だからといって手加減はしません。
「アヤ。改めてこの話し受けるわ。」
「あぁ。」
「明日にでも面会の許可を取ってもらえる?」
「わかった。脅迫状の件は外部に漏らすな。」
「そんなの当たり前でしょ。それよりそのご令嬢はこのことを知っているのかしら。」
「そのようだな。使用人が噂をしているのを耳にしたらしい。」
「取り乱したりしている?」
「ここ数日は落ち着いているようだ。」
「…そう。」
私は冷め切ったコーヒーを飲み干してソファから立ち上がった。
「アヤ、私の必要な荷物は下に運ばせてあるから、今日はアヤの部屋に泊めて。」
「……何故だ。」
アヤの眉間に皺が寄ったがそんなのいつものことだと気にも留めず話を進める。
「だから言ったでしょう?アヤがビジネスで私を呼んだことはわかってたって。だから荷物も全て持ってきたの。用意いいでしょう?」
「そういう意味ではない、何故私の部屋に泊めないといけないんだ。」
「第5区に居たのにわざわざ1区まで足を運んで来たのよ?ホテルに泊まれなんて言わないでよね。」
「ホテルに泊まれ。」
「嫌よ。無駄に煌びやかなのは仕事だけで十分。」
「格下のホテルでもいいだろうが。」
「女に治安が悪そうなホテルに泊まれって?冗談でしょ。ほら、荷物運ぶの手伝って。」
「ふざけるな。」
「全くふざけてない。」
アヤってばそこらへんのじいさんより頑固なんだから。と腰に手を当てたところでヒュウガさんが口を開いた。
「オレの部屋でよければ泊まっていいよ♪」
「「絶対に嫌(駄目だ)。」」
「そんな、二人してハモらなくても…。」
だって私と貴方じゃ反りが合わなさ過ぎるもの。
「仕方ないから客室でいいわ。」
「今は会合中で客室は空きがない。ついでに言っておくが空き部屋もだ。」
「じゃぁここで寝泊りしていいかしら。」
地面を指差すようにこの執務室で寝泊りしたいと言えば、アヤに拳で頭を殴られた。
思い切りというわけではないし、そんなにも痛くはないけれど、グーだグー。
女の子にグー!
「ゴッ!っていった!!ゴンっじゃなくてゴッっていった!」
「あまりふざけたことを言うからだろうが。」
「私は至極真面目なの!なのに普通グーで殴る?!?!慰謝料請求します。払えないなら今夜の寝床提供で許してあげます。」
「そうか、もう一度殴られたいか。」
「100万ユース請求するからね!」
「それはあまりにも高いだろう。何ならそれに見合うぐらいの怪我にしてやる。」
ギャーギャーギャーギャーアヤが言うから、ヒュウガさん以外の皆が各自仕事に戻っていくのが見えた。
「あのーやっぱオレの部屋でも…」
「……ベッド譲ってくれる?」
「うん。」
そんなの当たり前でしょ、とばかりにあっさり頷かれた。
これだから女たらしっぽいやつは。
紳士だとは思うけれど気に食わない。
「荷物運ぶのも手伝ってくれる?」
「もちろん。」
「………仕方ない。貴方の部屋でいいわ。」
一件落着。
アヤは海よりも深いため息を吐いて参謀長官室に入っていった。
「ねぇ。」
「ん♪?荷物もう取りに行く?」
「…………ありがとう。」
素直にお礼を言うと、彼はキョトンとしてそれから数回瞬きをしてやっと笑った。
「どーいたしまして☆」
締まりのない顔ね。
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