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「はじめまして、名前=名字です。」

「お待ちしておりました。わたくしは邸でヘッド・ハウスキーパーを勤めさせていただいております、ラスリー=モントと申します。」


この人がメイド頭…メイドの中で一番権限を持つ人か…。


「ミセスラスリー、リリィ様はいらっしゃるかしら。」


この邸に来てからというもの、客室に通されてから中々令嬢の姿が見えない。

コンパニオンは基本的に真っ先に令嬢に会うのだけれど、ミセスラスリーは何かを気にしている様子で案内してくれる雰囲気はない。

この場に居るアヤと目を合わせながら内心首を傾げていると、一先ず外を見回っていたヒュウガとコナツが戻ってきた。


「とりあえず怪しいとこも人間もいなかったよ♪」

「そうか。」


アヤは2人のやり取りを聞きながらミセスラスリーからは視線を逸らさない。


「ミセスラスリー?気分でも優れないのかしら。」


コンパニオンは使用人ではないのだから、決して使用人に敬語は使わない。
いくらヘッド・ハウスキーパーでもだ。
だが、尊敬の印として独身であっても常にミセスをつけることは忘れない。
邸の人間でない限り、どこのお邸でもヘッド・ハウスキーパーにはミセスをつけることは当たりまえだ。


「いえ…。その、こちらの不手際でお嬢様にコンパニオンが来ることが伝わっていなかったようで。しばしお待ちしていただいてもよろしいでしょうか。」

「もちろん構わないわ。」


私は優雅にソファに座って待つが、アヤたちはあくまで立ったままだ。
こういう馬鹿馬鹿しい身分階級はほとほと呆れるほど嫌いだけれど、残念ながらここはすでに貴族の邸。
軍人が座っていることの方が可笑しいのだ。


ミセスラスリーが部屋を出て行ってすぐ、扉をノックする音が聞こえてきた。


「はい。」

「失礼いたします。」


メイドに扉を開けてもらって入ってきたのはまだ10代のブロンドの髪の持ち主。
服装はふわふわとした甘いシフォン系。
髪は両脇で三つ編みにされていた。


「お初にお目にかかります、本日よりコンパニオンを勤めさせていただきます名前=名字と申します。」


立ち上がるなり背筋を真っ直ぐに伸ばし手は前で軽く重ねる。
肩の力は抜き、上体を45度に傾ければ最敬礼だ。

目線は相手の足元を見て、言葉を発してから頭を下げるそうしてゆっくりと顔を上げると、目の前に立っている令嬢は「まぁ!」と口元に手を当てて驚いていた。


「本当にヒルダ先生の仰った通り、あの名前様ですのね!貴女が私のコンパニオンだなんてとても嬉しいわ!リリィナですよろしくお願いします。」


私はもう一度会釈して、人当たりのいい笑みを浮かべた。

しかし、にこにことしていたリリィナ様は私の背後に立つ人物にやっと気がついたといった感じで小さく首を傾げた。


「なぁに、この方達は。」

「本日よりリリィナ嬢の護衛を司りましたアヤナミと申します。」


ぶっきらぼうに言葉を発して頭を軽く下げたアヤ。

挨拶と第一印象は大切だってあれほど言ったのに。
何でそう棒読みかなぁ…もう。


「例の脅迫状の件はこのヒュウガに一任しておりますので、気にすることがありましたら気兼ねなく言いつけて下さい。」

「えぇ、わかったわ。一刻も早く犯人を捕まえてちょうだいね。」

「力の及ぶ限り。」


アヤが敬礼すると、リリィナ様は私の方を振り向いた。


「本当はコンパニオンなんて必要ないのだけれど、名前様のお噂はかねがねです。先日のお邸でも令嬢の恋路を成就させ、あまつさえその令嬢は結婚まで成し遂げたとか。」

「あれは令嬢の勇気と笑顔で殿方を射止めただけです。私は決して何も。」

「いーえ!貴女がコンパニオンに勤めた邸の令嬢は全員恋路を成就させ婚約を結んでいるか、婚姻しているんですもの。私にも素敵な殿方ができるかしら。」

「リリィナ様のその笑顔でしたら十分でございますよ。」


にっこりと微笑みを向けていると、後ろから小さく『あれ誰?』だなんて失礼極まりないヒュウガの小さな声が聞こえてきた。

仕事なんだから面の皮を二重三重に被って何が悪い。
私はこれでお手当てを貰って生活しているのだから、これくらいどうってことない。

むしろお給料を貰うということはこういうことじゃないだろうか。

もちろん、素でいられるのであればそれが一番だけれど、コンパニオンという職種に就く人間が毒舌だなんて、それこそ速攻クビだろう。

最悪その令嬢は箱入りなだけに人間不信に陥ってしまうかもしれない。


「名前様、私のことはリリィとお呼び下さい。コンパニオンなのですから、様付けはおかしいですしね。」

「ですが私は貴族の出ではありませんので。」


小さく苦笑してみせると、リリィナ様は少しだけ驚いたように「あら」と呟いた。


「そうなんですの??……でもコンパニオンは使用人というより友人という感覚ですし…」

「そうですね。ではリリィナ様が宜しければそう呼ばせて戴くことにします。」

「もちろんだわ。私も名前さんって呼ばせてもらうわね。」

「もちろんです。」

「さぁさ、私の部屋で紅茶でも飲みながらお話ししましょう。」

「えぇ。」


あはは、うふふ、な女の世界。
それと同時に嫉妬や羨望が渦巻いている世界。

今までたくさんの令嬢を見てきたけれど、リリィ様の言葉は貴族らしさが滲み出ていて若干高飛車に見えても、誰かに恨まれているというような感じは見受けられない。

とりあえず今は、だけれど。


私は部屋まで案内してくれるらしいリリィ様の後ろを歩きながら、一度3人の方を振り向くと小さく頷いておいた。

後は任せた。
こっちは任せて。

そんな意をこめて。


ついでにヒュウガを一睨みしておくのも忘れず。


「リリィ様はお幾つなのですか?」


部屋へ向かう最中、私はいくつかの質問をする。

これはこれから話しをするにあたって必要な行為だ。
まず相手を知らなければ楽しい会話なんて出来やしない。


「今年17になるわね。」


17歳か。
貴族の娘ならすでに結婚していてもおかしくはない年齢だ。


「婚約者などいらっしゃるのかしら。」

「いえ。」


普通は父親が婚約者というものを決めてくるのだが、苦笑するリリィ様を見る限りどうやらいないようだ。


「父は忙しく、中々そういったお相手は…。」

「そうなんですね。」


少し寂しそうな顔をしたリリィ様に小さく相槌を入れる。

婚約者が決まっていないというのは恋をしたい女からしたら寂しいだろう。

そりゃそうか。と思いながら「私の部屋はここです。」と、辿りついたリリィ様の部屋に足を踏み入れた。


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