07




「それで?それでどうなったの?」


紅茶を飲みながら食い入るように話を促すリリィ様は、本日も両脇で三つ編みをしている。


「その探偵が実は犯人だったんです。」

「まぁ!ずっと皆を騙していたのね!」


リリィ様の部屋の本棚には推理小説が所狭しと並んでいたので、私が読んだことのある推理小説の話をし始めるとこの食いつきよう。

私もこの話は好きだったのでよく覚えている。


「ではあの公爵様を殺した犯人もその探偵だったの?」

「そういうことになりますね。」

「ひどいわ!その探偵はちゃんと捕まったのかしら?」

「それが、犯人は警察の目を掻い潜って逃げてしまうんです。物語はそこでおしまいです。」

「ずるいわね。」


少しばかり興奮気味のリリィ様を宥めているところで、ガヴァネスのヒルダさんが部屋に入ってきた。
どうやらこれから数時間はお勉強の時間のようだ。


「さぁさリリィ様、お勉強の時間ですよ。」

「あらもうそんな時間なの??名前さん、とても楽しかったわ。」

「それはようございました。」


じゃぁ私はこの部屋で邪魔にならないように縫い物でもしようかと考慮していると、ヒルダさんが少しだけ視線をさ迷わせた後、言い辛そうに口を開いた。


「申し訳ないのだけれど勉学の時間は2人きりにしてもらえるかしら。リリィお嬢様には集中してもらいたいの。」


本来ならコンパニオンはガヴァネスを雇うほど子供でもない令嬢に仕える。
だが今回は異例なのでリリィ様にはコンパニオンもガヴァネスも仕えているわけで、いまいち感覚が掴めない。

今からはガヴァネスの時間なのならそれに従うべきか否か。
私はコンパニオンなのだから、令嬢の部屋にいるのも側に居るのも全く可笑しい話ではない。

さて、どうしようかと思ったところで、リリィ様までもが「バルコニーにお茶とお菓子を用意するようにメイドに言っているわ。そこでしばらく待っていてちょうだいね。」なんて言ってきたものだから、私は頷くしかなくなった。


「わかりました。終わりましたらお声をかけてくださいませね。」

「もちろんよ!もっとお話ししたいわ。」


さっきの時間はとっても楽しかったとばかりに頬を緩めたリリィ様に、私も微笑んで部屋を後にした。

扉を閉めて、そこに立って見張りをしていたヒュウガに視線だけを向ける。


「追い出されたわ。」

「みたいだね☆」

「聞こえてたの?」

「耳を凝らしてれば結構聞こえるよ♪」

「…そう。」


やんわりと言われたけれど、あれは明らかなる拒絶だ。

一体なんなのだろうか。


「小さい頃からあのガヴァネスに勉強を教えてもらってるらしいよ。母親は病死していなかったらしいから、母親のような存在なのかもね。」


なるほど。
まだ母親が恋しいお年頃か。

確かにまだ精神年齢的に低いところもあるし、納得がいく。


「よく知ってるわね。」

「メイドさんに聞いた♪」

「…あっそ。」


私は小さく「たらし」と嫌味ったらしく彼に届くように呟いて、一先ず自室に向かった。

バックの中に入っている裁縫道具を手に持って言われたバルコニーに足を運ぶ。

そこは木や花に囲まれた綺麗なバルコニーだった。

木でできているからか、木の仄かな香りがする。
それに交じってメイドが持ってきた甘いお菓子の香りと紅茶の香りがした。


「いい香りの紅茶ね。」

「ダージリンのセカンドフラッシュでございます。」


メイドは机にそれを置くと、一礼して去っていった。

私は裁縫道具を机に置いて中から、まずは生地とはさみを取り出した。

型紙に合わせて手のひらに乗るくらいの楕円形に切っていく。
それを数枚同じものを切り取ってから、今度は白いサテン生地をそれより少し大きめの楕円形に切り取っていく。

針と糸を取り出して、そのサテン生地に刺繍を施していっているとふとあの香りがした。


「器用だねぇ♪」

「護衛はいいの?」

「コナツがしてるから大丈夫。」

「余程信頼してるのね。」

「オレのべグライターだからね♪」


その言葉だと自分を褒めているのかコナツを褒めているのかわからない。


「あだ名たんが裁縫得意なんて知らなかったよ。」

「言ってないんだもの、知らなくて当然でしょ。」

「その性格からは想像もできない特技だね☆」

「刺すわよ。」


持っていた針をヒュウガに向けると、ヒュウガは全く怖くもないくせに「それは怖いなぁ」なんてわざとらしく言いながら向かいの椅子に座った。


「人に見られたらややこしいことになるわよ。」


軍人と言えどここではただの使用人。
私は客人扱いのコンパニオン。

そのくらいわかっているだろうに。


「大丈夫、気配感じたらわかるから。」


答えになっているようでなっていないそれに嘆息して、私は作業を再開する。


「何してるの?」

「見てわからないなら聞いてもわからないわ。」

「刺繍?」

「そう見えないのなら病院に行くのをオススメするわね。」


毒を吐きながら、ふとリリィ様の髪型を思い出した。

もっとおしゃれな髪型だってメイドに言えばしてもらえるだろうに、何故三つ編みなのか。

17歳なのだから綺麗に着飾ることを覚えて、メイドに口うるさくなるのが普通だ。
それともメイドはこれしかできないのだろうか。

あれではまるで小さな子供のようじゃないか。


「いつまでそこにいるの?」


適当にあしらっていたら勝手に戻って行くだろうと思っていたが、ヒュウガはずっと私の手元を見ていてばかりで微動だにしない。


「居たらダメ?」

「ダメではないけれどあまり見られているとやりにくい。」

「針で指刺したら舐めてあげようかと思って。」

「刺してあげるから自分の指舐めたら?」


ヒュウガはサッと自分の指を机の下に隠した。

内心でチッと呟いておく。


「一体昨日から何な訳?人の部屋で寝たと思ったら今日も話しかけてきて。サボってるとアヤに言いつけるわよ。」

「サボってないよ。あだ名たんも護衛対象なんでしょ?」


…確かに守って欲しいとは言ったけれど、別にコナツでもいい。
むしろコナツがいい。


「そうだけどこんなにベッタリされるとうんざりする。」

「じゃぁあだ名たんは使用人がたくさん側にいつもいる令嬢には向いてないね。」

「向いてる向いてない以前に絶対嫌よそんな生活。大体私は一人が好きなの。」

「恋人いるの?」

「脈絡がないわね、貴方。」


何だか会話が成り立っているように見えて、実は全く成り立っていない。

見られているのがやりにくいといったのに、指差したら舐めようかと思って、とか。
今の会話だってそうだ。

この男、一体何がしたいのだろうか。


「いるように見える?」

「見えない。」

「じゃぁそういうことにしておきましょ。」

「…居るの?」

「いるように見える?」

「……うん。」

「じゃぁいるってことで。」


はぐらかしていると、ヒュウガは少しだけ拗ねたように眉間に皺を寄せた。


「どっち?」

「どっちでも貴方には関係ないと思うんだけど。それとも何、口説きたいの?」

「口説かれたいの?」


あぁ、何だかこの会話デジャブだ。

私の記憶が正しければ「あら、口説きたくないの?」と続くはずなのだが、この澄んだ空気の中駆け引きのようなものをする気は全くない。


「…いないわよ。」

「そうだろうね。」

「どういう意味よ。」


腹立つ男ね。


「貴方だって特定の恋人いないでしょ。」


疑問ではない。
私は確信しているのだ。

彼が特定の人を作っていることの方が信じられない。

彼は思っているはずだ、女は自分の思い通りに動いてくれるご都合女が良いと。
だって私もそう思っているのだから。

顔と体と金回りが良ければ尚更いいわね。


「いないように見える?」


にんまりと笑うその顔を殴ってやりたい。
人の真似してるんじゃないわよ馬鹿。


「残念ながら今はそういうまどろっこしい会話をする気はないの。さっさと答えて。」

「いないよ☆」

「やっぱりね。」


私とヒュウガはどこか似ている。
似ているけれど違う。

人間なのだから完璧に類似することはあり得ないのだ。

似ているから違う。
違うから似ている。

似ているからこそ、私はヒュウガがいけ好かない。
これが所謂同属嫌悪というやつだろうか。

その分アヤは一緒にいて楽しい。
アヤと私は全く似ていないから。

私はお金を貰うために働いている。
でもアヤは目的のために働いている。

していることは一緒だけれど、色んなものが根本的に違うから見ているだけで面白い。

顔も良し、体も良し、金回りも良しというやつだ。

目の前のヒュウガも上記に当てはまるのだけれど、


「あ、マドレーヌ一つちょーだい。」

「ちょ、私の大好物!」

「もう食べちゃった♪」


この野郎、やっぱりいけ好かない。


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