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『私に会いたいがために走って帰るといつかこけるぞ。』


バレていたなんて恥ずかしくてたまらない。

アヤナミさんってば自意識過剰ですよ。と大人ぶって言えたなら、まだ違ったのかもしれないけれど……

それでも、敬語じゃ威力も半減だね。





「ねぇねぇ、」

「…」


私は今、とっても困っています。
とってもとってもとーっても!


それもこれも…


「聞いてるのあだ名たん。」


ヒュウガさんが、


「アヤたんともうデートした?」


という質問ばかりをしてくるからです。


デートした?から始まり、手繋いだ?ちゅーは…この前してたね♪と、何とも答え辛い質問ばかり。

一緒に帰ったりはしたけれど、ちゃんとしたデートはしてないし、手だって繋いでないし…、キ、キキキキキキキスはしたけど…。


「答えにくいなら…質問変えよっか?」

「そうですね。」


―カラン―

あ、お客様だ。


「じゃぁ、アヤたんとセック、」


ヒュウガさんが何かをいいかけていたが、今やってきたお客様、こと、アヤナミさんは思い切りヒュウガさんの頭を叩いた。


「いたたた…アヤたんひどいよ〜。せっかく『教えて?ヒュウガの質問コーナー☆』の時間だったのに〜。」

「くだらんことを言うなしゃべるな口を開くな。」

「どれも同じ意味だよ?」

「それほど黙れと言っているんだ。名前。」


二人のやり取りを苦笑いして見ていると、アヤナミさんが私の名前を呼んだ。


「あ、はい。ご注文ですか?」

「…何を言っている。出かけると言っておいただろうが。」

「へ??」

「昨日のことも忘れたのか??」


…昨日??


あ…、
そういえば『明日は出かける。』って言ってたっけ??


「………え?あれってそういう意味だったんですか?!」

「どういう意味だと思ったんだ。」

「どこかに出かけるから明日は来ないっていう意味かと…。」


そんな…デートのお誘いだったなんて!!


アヤナミさんは「15分待ってやる」とカウンターに座った。


「は、はい!!」


私は父に後を任せて着替えるために自分の部屋へと走った。





「お待たせしました!」


日頃からお化粧はしないから洋服を着替えるだけで済んだ私は、20分でアヤナミさんの元へ。
5分もオーバーしてしまったけれど、アヤナミさんは何も言わなかった。


「遅くなってしまってごめんなさい。」

「待つ分には構わぬ。」


それって、待たせるのは嫌っていうことなんだろうな…。
アヤナミさんらしい上に優しい返答に私は笑った。


「そういえばヒュウガさんはどこに?」

「仕事しに帰らせた。」

「そうなんですか。」

「どこか行きたいところはあるか?」

「…そうですね…アヤナミさんはありますか?」

「名前が行きたいところだな。」


……ちょ、反則!!
なんか今日の私、顔赤くなってばっかりだよ!!

こういうの慣れてないので手加減してください!


「…で、では…水族館なんてどうでしょう??」

「あぁ、ではそこに行こう。」


……自分で言っておきながらなんだけど…
アヤナミさんと水族館って……不思議な組み合わせ。





「あ…」


まただ。


ちゃんと溜めていたお小遣いをしっかりと持ってきたのに、アヤナミさんはすべてお金を払ってしまっている。

入場料代も、昼食代も、今のペンギンの餌代だって。

嬉しいけど、申し訳なさ半分。


「あ、あの…アヤナミさん??私、お金…少しくらいなら…、」

「餌をやらなくていいのか?」

「あ、やります!」


クスン。話逸らされた。


館外に設置されている柵からのペンギンの登場に、浮き足立った私は魚をペンギンの口元へ。

ペタペタと足音が可愛い!


「アヤナミさんアヤナミさん!ペンギン可愛いです!」

「そうか。」

「アヤナミさんも餌あげますか??」

「いや、見ているだけでいい。」


アヤナミさん、やっぱり大人ですね。


パクパクと食べていくペンギンに餌をやり終えて、私はアヤナミさんと共に館内へと戻った。

デートなんて初めてで、どんなふうにしゃべったらいいのか、目線はどこにやったらいいのかものすごく迷う。

それなのにとても楽しくて、アヤナミさんと二人で歩いていられることが嬉しくて、そんなこの複雑な乙女心が私の心を逸らせる。

次はどこへ行こうか。
次はどんな話をしようか。

行きたいところも、しゃべりたいこともたくさんあるのに、水族館を出たら外はいつの間にか紅く染まっていて、夕陽がとても眩しかった。


「帰るか。」


ふと、アヤナミさんの手が私の手に触れ、そして指を絡めあった。


帰りたくないのに…

この時間がいつまでも続けばいいのにと思うのに、帰路はもうすぐそこまで。


「アヤナミさん……」

「なんだ?」

「明日……、明日、会えますか??」


今まで聞いたことなんてなかった。
来るのはアヤナミさんの気分次第だろうし仕事もあるだろうし、私は店の主の娘でアヤナミさんはそのお客様。

来て欲しいなんて、図々しいと…。

そう思っていたのに、明日も、明後日も、会いたいと思った。


「そうだな…。名前が会いたいのなら…会いに行ってやってもいいが?」


ズルイですよ…そんな言い方…。


「アヤナミさん…わかってるくせに…」


拗ねたように頬を膨らませると、長い指でその頬を突かれた。


「そう拗ねるな。会いにいってやる。」


私の頬を突いていたアヤナミさんの手がポンッと私の頭の上に乗った。


初めての『約束』。


なんだか気持ちが弾けるような思いだ。
嬉しさが心の中で膨らんで膨らんで膨らんで、弾けそう。


嬉しくて微笑むと、アヤナミさんの唇が私の唇に微かに触れた。

街中だったのでそれはすぐに離れたが、体温は確かに残っている。


恥ずかしさと嬉しさで俯いていると、急に肩を抱き寄せられた。

思いも寄らぬ大胆さに、私は顔をあげる。

しかしアヤナミさんの目線はこちらには向いていない。


私の…、そう、背後だ。


私は不審に思って、首だけを回して後ろを振り向いた。


「見つけたぞアヤナミ。」


恨み憎しみが篭った目をしている30代半ばの男がこちらを鋭く睨みつけている。
それはとても悲しくなるくらい、怖くて、私は無意識にアヤナミさんにしがみ付いた。


「…アヤ…ナミさん??」


アヤナミさんを見上げるも、返事は返ってこない。
それどころか、あの日…、たまたま偶然街で出会った時の様な鋭い顔つきをしていた。


きっと恐らく、これが『軍人』としてのアヤナミさんの『顔』なのだろう。

なんて冷たくて、鋭い…。


「殺された女房の恨み…ッ!!」


殺された??


私は意味が分からなくて、背後の男の方をまた振り向くと、男はいつの間にか短剣を手にこちらへと駆けてきていた。


いきなりのことに足が凍りついたかのように動かない。

怖くて、叫びたくて、でも叫べなくて…。
震えていることを感じ取ったのだろう、アヤナミさんが私を力強く抱きしめた。


不思議と恐怖感が一気に払拭され、気付くとアヤナミさんが発動させたザイフォンによって男は捕らえられていた。

あっという間だった。

気がつけば周囲には野次馬が集まってきていて、男は身動きを封じられて他の軍人に押さえつけられている。


そんな光景を呆然と見ていると、私は右手を握られた。

次いで、勢い良く引っ張られた。


アヤナミさんの腕から抜ける私の体。


「え?」

「名前、何で早く逃げないの!」


知った声だった。

その声の持ち主は私の右手を引っ張っている張本人で、親友のシキ。


「ま、待ってシキ!」

「危ないんだからね、あの人!」


未だに走り続けるシキ。
つまりは私もまだ引っ張られている状態なのだ。


「もう捕まったよ!」

「その人じゃないの!今さっき名前を抱きしめてた人よ!あの人、ブラックホークの参謀なんだから!」


ブラックホーク…。

噂だけなら、知っている。


目的達成のためなら手段も犠牲も厭わない…。


「アヤナミさんが??」


私は後ろを振り向いた。

追って来ないアヤナミさんの視線と私の視線が交じり合う。
それなのに、手が届かない。

シキに引っ張られているだけではない。
きっと、シキに引っ張られていなくても手が届かなかっただろう。

だって私は手を伸ばしているのに、アヤナミさんは手を伸ばしていないのだから。

距離は段々と遠くなってゆく。



明日からは会えない。


アヤナミさんの姿が小さくなるのを見ながら、何故かふと、そう思った。


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