「ア〜ヤたんっ☆」


ヒュウガはここ最近ずっと机に齧りついているアヤナミに声をかけた。

名前に会いにLa luceにも行っていない様子で、殺気立っているのに行こうともしない。
それもこれも一週間前ほどから。
ヒュウガには何となく察しがついていた。


「そんなに仕事ばっかりしてたら暇になるんじゃない?あだ名たんに会いに行ったら?」

「…ヒュウガ、仕事はどうした。」


話を逸らされ、何かあったといわんばかりだ。


「アヤたん、あだ名たんにバレたんでしょ?オレたちがブラックホークだって。」


アヤナミからの返答はない。
それは無言の肯定であった。


「そっかぁ〜やっぱりねぇ〜☆オレが代わりに紅茶淹れてあげよっか?」

「名前の紅茶しか飲む気がしない。」

「それあだ名たんに言ってあげたらいーのに。あだ名たん喜ぶと思うよ〜?あのとびっきりの笑顔でさ♪」


ヒュウガに言われずとも分かっているとばかりに、アヤナミは荒々しく処理し終わった書類を机の端に置いた。


「目的のためなら手段も犠牲も厭わないアヤたんの方がオレは好きだよ〜☆」

「気持ち悪いことを言うな。」


ヒュウガはそれだけを言い残して、執務室を出て行った。


「目的のためなら……」


目的。

名前が欲しい。

その目的のためなら……。



奪うまで。





「名前…本当に行くの?」


心配そうに眉を顰めるシキ。

私は少し窮屈な襟を正した。


「もちろん。ここまで来たのに引くわけないよ。」


事のあらすじは1時間前に遡る。
まだ太陽の高い位置にあるお昼頃、一度は店から見送ったシキを訪ねた。

私のお願いとは軍に入れて欲しいということ。
それともう一つ。


「軍服、似合ってるよ名前。」


そう、軍服を貸して欲しいという願いだった。
親友が軍服オタクでよかった。
まさか持っているとは…。


「ありがと。」


軍にはシキのお父さんの伝で簡単に入れた。
でもここまで。

ブラックホークのいる執務室までは特別な許可証がないと入れない。


だからここからは一人でどうにかするしかないのだ。


「…着いていこうか?」

「大丈夫。そこまで迷惑かけられないよ。軍服ありがと。」


私服ではいつ怪しまれるかわからないし、軍服があって本当によかった。


「じゃぁ、いってくるね。」

「…危ない人よ?」

「…。うん。それでも好きだから。このままは嫌なの。」

「………名前が幸せならいいわ。いってらっしゃい。」


私は軍の入り口でシキの後姿を見送る。
それが小さくなるまで見送った後、私は踵を返した。

私の悪知恵が通用するかどうかなんてわからない。
でも…行こう。


私はシキに貰った『シキ特製の軍内の地図』を片手に建物の中を歩く。

しかしシキがわかっているのはメインの建物だけ。
帝国軍専用の施設はセーフティーカードがないと入れないらしいのだ。


帝国軍専用施設の出入り口までたどり着き、私は前もって用意していた白紙の紙をバサバサと床に落とした。

落ちた、ではなく、落としたのだ。


それを一人で拾う。

そしていると、帝国軍専用施設の扉が開き、中から人が出てきた。


「大丈夫ですか?」


その人はセーフティーカードをポケットにいれ、私の落とした紙を一緒に拾ってくれる。

「すみません。コピー用の紙を落としてしまって…。」


拾ってくれている間、私は紙を拾うフリをしてポケットからセーフティーカードを拝借した。


ごめんなさい、ごめんなさい、ちゃんと後で返します!


人の好意に付け入るようなことをして罪悪感に苛まれるが、ここで止まってはいられない。

私は全ての紙を拾ってくれた人に頭を下げてセーフティーカードを使い、無事に軍専用施設の中へと入ることに成功した。


さて。
しかしここからが問題だ。

入れたのはいいが、シキの地図はもう役にたちそうはない。


こうなってしまえば、人に聞くのが一番。
怪しまれないようにしなければ。


女性の軍人に話しかける。

「あの、すみません。ブラックホークの執務室はどちらでしたっけ?」

「ブラックホークの?」

「は、はい。コピー用紙を持ってくるように頼まれたのですが、あまり行きなれていないもので…。」

「あのブラックホークだものね。誰だって行きたくないから行かないのに…頼まれたなんて可愛そう。そこの角を右に曲がったところにブラックホークの執務室に行くための扉があるわよ。」

「ありがとうございます!」


私はまた頭を下げて言われたとおりの道を行く。

そこには言われたとおり、扉があった。

セーフティーカードが必要のようで、持っているセーフティーカードを使ってみたがエラー。

このカードでは入れないようだ。

私はセーフティーカードを胸ポケットにしまった。


厳重すぎる。
それほどヤバイところなのだろう。


そう考えて、少しだけ足がすくんだ。

こんなことがバレたら怒られるどころの話ではないだろう。


「どうしよう…」


困ったな…。


「おい、そこで何をしている。」

「ひゃ!」


背後から男の軍人さんに声をかけられた。


「何をしているんだ。」

「あ、あの…あ………」

「…怪しいな。身分証を提示しろ。」


身分証?!?!


「忘れて、しまって…」

「では所属部署と名前を。連絡を取らせてもらう。」


ダメだ、もうバレる…!


ギュッと目を閉じると、肩に手が置かれた。


「あ、こ〜んなところにいた〜♪もう〜待ってたよ??」


思い切り肩を引き寄せられたと思ったら、上から降ってきた声はヒュウガさんのもの。


「ヒュウガ…さん…。」

「ヒュウガ少佐、お疲れ様です。」

「あ、この子オレがブラックホークに呼んだの。他に何か用事でもある?」

「いえ、失礼しました。」


男は早々に踵を返した。


「ヒュウガさん…、」

「ん?」

「心臓が…潰れるかと思いました…」


ホッとしすぎてなんだか今更手が震えてきた。


「助けてくださって、ありがとうございます。」

「さすがアヤたんの恋人だねぇ〜♪こんなところまで潜りこんでくるなんて、普通は無理だよ。」


もう自分でもビックリです。


「で?聞きたいことはいっぱいあるんだけど、」


そうですよね。


「アヤたんに会いにきたんでしょ?」

「…はい。」





執務室に入ると、中にいる人達からの目線が刺さった。


「アヤたんはこの部屋の奥だよ♪」

「はい…。ここにいらっしゃる方は全員アヤナミさんのお仲間ですか?」

「そうだよ☆右からカツラギ大佐、クロたん、ハルセ、で、この子がオレの補佐をしているコナツ。」

「たくさんいらっしゃるんですね…。」


アヤナミさんってやっぱりすごい人なんだ…。


「あだ名たん、アヤたんに早く会いたい?」

「はい。」

「じゃぁ聞いて?あだ名たんはアヤたんの弱みでもあり、強みでもある。最初は弱みなだけだから邪魔だな〜でも面白いな〜って思ってたんだけどね☆」

「…ヒュウガさん?」

「それが、あだ名たんに触ろうものならいつも以上の殺気を浴びせられるんだよ〜。」

「そ、そうなんですか?」


気付かなかった…。


「アヤたんが守りたいものはオレたちの守る対象にもなる。守られる勇気はある?」


それはつまり、危ない目に会う事もたくさんあるということなのだろう。

アヤナミさんに絶対的な信頼をしている彼らだからこそ、こうして私を試している。


ブラックホーク。
手段のためなら何だって厭わない。
手段も、犠牲も、何だって。


それでも…


「はい。」


私はゆっくりと、だけどしっかりと頷いた。


「ん♪死んでも文句言っちゃダメだよ?」

「えぇ!守ってくださるんですよね?!?!」


ヒュウガさんって何気にひどい!


「守ってあげるけど、万が一ってこともあるからねぇ〜♪」

「…お話の途中すみません…少佐、どちら様です?確か前に一度街で…」

「あ、死んだら文句も言えないか☆」

「少佐、聞いてるんですか?!」

「聞いてるよ、コナツ。あだ名たんはオレをフッてアヤたんの恋人になった子♪」


なんか…棘、ありません??


「えっと、名前です…。よろしくお願いします。」

「え……えぇっ?!」

「「「アヤナミ様のっ?!?!」」」


カツラギさんという人以外、ものすごく驚かれた。


「何を騒いでいる。」


騒ぎを聞きつけて奥の部屋から出てきたのは、会いたくて会いたくて仕方がなかったアヤナミさん。


思い切り目が合った。


が、しばらくの沈黙。



少なからず驚いているようだ。
それもそうだ。
私は軍服姿で、ここにいるはずのない人間なのだから。


「……ヒュウガ、貴様。」

「オレはな〜んにもしてないよ?♪あだ名たんが一人で来たの。ね☆?」

「はい…。」

「オレは身分証提示するように言われて困っていたあだ名たんをたまたま見つけたから助けただけ♪お礼を言われることはあっても怒られる筋合いはないよ☆だからそのあだ名たんに見えないように持ってる鞭をしまって?」


鞭??

そんなものアヤナミさん持っていませんよ??


「名前、どうやってきた。」

「あ、えっと、軍が大好きな友達がいて、その友達の父親が軍人なので、その伝で入り口まで潜りこませてもらったんです。軍服は友達が持っていたので借りました。」


名前はさすがに言えない。


「見張りはどう誤魔化してきた。」

「見張り??いませんでしたよ。」

「帝国軍専用施設の扉を開けたところに人が立っていただろう?」

「いませんでした。」

「あー、ちょうど交代の時間だねぇ。あだ名たん、強運☆」


なんだかヒュウガさんに言われると嬉しくないです。


「でもアヤたんに惚れられちゃったのは不運だねぇ♪」

「そんなことないです。」


い、いやぁー!
私ってばつい、今何て言った?!

たくさん人がいるのに、恥ずかしい!!


「名前。こちらへ来い。」


恥ずかしくて俯いていると、アヤナミさんに呼ばれた。
ヒュウガさんに軽く背中を押されてアヤナミさんの下へ。

あの時触れることが出来なかった手が私の手に触れ、奥の部屋へ連れて行かれた。


「何故ここに来た。」


椅子に座るつもりなのか、私に背中を向けて歩き始めたアヤナミさんの腰に思い切り抱きついた。


ピタリと止まるアヤナミさんの足。


「もう…アヤナミさんが会いに来てくれない様な気がして…。悲しくて…。」


振り向こうとするアヤナミさんに、こっちを向いちゃ嫌だと抱きつく腕にギュウッと力をいれたが、そんな力は意味がないとばかりにあっさりと解かれ、アヤナミさんはこちらを向いた。


「私がブラックホークの人間だと知っても、か?」

「はい。」

「私は目的のためなら何でもする。欲しいものは犠牲も厭わず手に入れる。愛しいものがいるなら手段を選ばず手に入れる。名前、お前を手に入れようと思っていたところだ。まさか先手を取られるとはな。」

「ホント…ですか?」

「あぁ。名前は普通の一般人だがある意味『普通』ではないらしい。こんな無茶な真似をして…。」

「会いたかったんです。ものすごく。」

「私達がどれほど残忍か知ってもか?」


私は二回、三回と頷いた。



「私、前に言いましたよね?私は自分で見たものしか信じないって…。どんなにひどい噂が本当でも、アヤナミさんは私に優しくしてくれました。私にってそれが一番信じるに値する真実なんです。」


私の零れ落ちてゆく涙を、人差し指の背で掬うアヤナミさんの長い指。


「…笑え、名前。私はお前の笑顔に惚れたのだから。」

「…な、泣かせてるのはアヤナミさんじゃないですかぁー」


ギュウッとアヤナミさんに抱きつくと、さらにキツく抱きしめ返された。





執務室に漂う紅茶の香り。
私は泣き止んでから紅茶を淹れていた。


「…紅茶って淹れる人の性格とか、気分によって味が変わるんですよ。」


アヤナミさんは今日もまたうんちくが始まったと口の端を緩めた。


「短気な人は待ち時間を待てなくて紅茶が薄くなったり、のんびり屋さんや時間にルーズな人は紅茶の抽出時間が長くなったりして渋くなったり、大雑把な人は紅茶の茶葉を入れすぎたり…、お湯の温度だって頃合になるまで待たなくちゃいけなくて……」


私はアヤナミさんの目の前に淹れたての紅茶を置いた。


「私、いつもいつも紅茶を淹れるたびにお湯が沸くのを待って、抽出時間を待って…。私は自分でも結構辛抱強い方だと思うんです。付き合い始める前、アヤナミさんを待つのだって楽しくて、いつ来てくれるのかドキドキして…。でも…ここ数日、アヤナミさんが来てくれる日を今か今かと待つのはとても苦しかったんです。もう…来てくれないんじゃないかって…。」


だから、


「だから、もう一度約束してください。破らない約束を。」

「…」

「明日、会えますか?」

「…名前が会いたいというのなら会いに行ってやってもいい。」

「もう、またその返しですか??」


拗ねるとアヤナミさんは私を手招きして引き寄せ、頭を撫でた。


「冗談だ。約束しよう。明日は会いに行く。」


私は飛びっきりの笑顔で笑った。


「だからこういう無茶な真似はよせ。軍服は着るな。忍び込むな。返事は?」

「う…はい。」


素直に頷くと、いい返事だとばかりに、唇にキスが落とされた。


部屋に立ち込めている紅茶の香りに包まれて、アヤナミさんの体温を感じた。

私の人生においてなくてはならない、紅茶と、アヤナミさん。

それが今二つも私の側に在る。


あぁ、なんて幸せな日々。


「大好きです、アヤナミさん!」


END

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