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*この話の前に『あとがき』から読まれることをオススメします。
でなければ、意味がわからないと思います。
大通りから一歩路地に入り、赤い屋根の上でお昼寝中の猫を見かけたらもうすぐというところにあるこの店、『La luce』。
そこでは特別、貸切ということでもないのだが、私とアヤナミさんの二人だけが午後のティータイムを楽しんでいた。
お客さんがいないのも困ったものだが、アヤナミさんが来てくれている時はこうして二人だととても嬉しい。
なんて、父親には言えないけれど。
「アヤナミさん、この紅茶はですね、ウバっていうんです。渋みが強くて、何だかクセになっちゃうんですよ。ミルクティがものすごく合うんです!なので、紅茶○伝はウバを使用しています。」
「そうか。」
聞いているのか聞いていないのか、そっけない返事を返すがその声色は何だか優しい。
「前にも飲んだことがあると思うんですが、ヌワラエリア、ディンブラ。ルフナ、キャンディ。そしてこのウバはセイロン・ファイブ・カインズと呼ばれるほど親しまれているんですよ!!」
「…名前、」
「あ、見てください!ティーカップの内側の縁に金色の輪が見えますよね?!これはゴールデンリングと言って、上級の紅茶であることを示しているんですよ!」
「……名前、」
「それから、」
「名前、何をそんなに緊張している。」
「………き、緊張なんてしてないですよ…」
私はズズッと行儀悪く紅茶を啜った。
「名前は緊張したりすると口数が多い傾向がある。それも紅茶の話が主。」
「…なんの分析ですか、それ。」
私のことをすごくわかってくれているんですね!なんて前向きにはなれそうにない。
「昨日のことを気にしているのか?」
昨日…。
そう、昨日はアヤナミさんの両腕に閉じ込められてキスされて、お仕置きって軍服を軽く脱がされて…、それから…むむむ胸元を肌蹴させられて…首筋に熱いくらいの唇が下りて………
ぎゃぁぁあぁぁぁぁあぁ!!
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
恥ずかしすぎるー!!
「きき気にしてなんて…ないデスヨ。約束のティータイムができて嬉しいだけです。」
そうなのだ。
初めて誘ったティータイムが、今日やっと実現された。
嬉しくないはずがない。
約束通りにカフェに来てくれたアヤナミさんの姿を見たとき、どれだけ嬉しかったか!!
「名前は緊張する時や誤魔化す時はよくどもるな。」
…もういっそのこと喜ぼう。
アヤナミさんはよく私の事を分かっていてくださっている。
アヤナミさんの洞察力と観察力には感服ものだ。
その上、きっと分かりやすいんだな、私。
「まぁいい。わかりやすい方が扱いやすい。」
「扱いやすいってなんですか。」
まるで私がものすごく子供みたいです。
「そう拗ねるな。素直でいいと言っているんだ。」
アヤナミさんはそう言うなり私の唇に自分の唇を重ねた。
幸せなんだけれど、何だかキスで誤魔化されているような気がしたこの日から、ちょうど一ヵ月後……
「あだ名たん!!」
「わっ!ビックリしました!」
「驚かせてごめんね〜☆じゃ、行こうか。」
「はい?」
急に店にやってきたヒュウガさんは何を言うでもなく、私の右手首を掴んで引っ張る。
「え、ちょ、どこ行くんですか?!」
「アヤたんとこ!軍までちょっと着いてきて!」
「え?アヤナミさん?!」
……って、何を嬉しがっているんだ私は。
今お仕事中に決まっているんだから邪魔したらダメだよ…。
「お仕事中なんでしょう?一般人の私が…」
「お願い!一生のお願い!」
なんでそんなに必死なんですか…、ヒュウガさん。
「何か、あったんですか?」
「あってるんだよ!現在進行形で!もうオレ死んじゃう!!」
「え?ピンピンしてるじゃないですか…。」
私を無理矢理連れ出そうとしているくせにどこが死にそうなのやら。
「そうなんだけど、そうじゃなくって!」
「と、とりあえず落ち着いてください。」
「うん、落ち着いてるよ☆だから行こうか!」
「えぇ?!」
私の抵抗も空しく、ヒュウガさんは強制連行とばかりに私の腰に腕をまわすとそのまま担ぎ上げて外へと連れ出された。
店の目の前に止めてあるホークザイルに押し込められ、軍への道を運転し始めたヒュウガさん。
…もう、一体何がなんなのやら。
お父さん、後はよろしくね。
「あの…いい加減訳を聞かせてもらってもいいですか?」
運転しているヒュウガさんの横顔を覗き込んだ。
「…あだ名たん、ちゅーしていい?」
「意味が分かりません。」
今すぐ降りたい。
今すぐ帰りたい。
店は父もいるから大丈夫だろうけれど…私の身がある意味危険のような気がする。
「そんなに見つめられたらちゅーしたくなっちゃって。」
「……帰ってもいいですか?」
「あだ名たんってば最近オレに冷たくない?」
「いえ、扱いに慣れてきただけですよ。」
「…あ、そう。」
「はい。」
………
「アヤたんがね、仕事しまくっててね、」
あ、自分に都合が悪くなったからって話し逸らした…。
「早く書類を回せってオレにまで仕事させるんだよ!」
「…良い事じゃないですか。」
真面目なアヤナミさん、素敵です。
「そうでもないんだよ〜。アヤたん的には今の仕事が終わるまではって、あだ名たんところに行くのを我慢してるみたいでね、」
いつも通り真面目さんなんですね。
会えないのは寂しいけれど、そういうところも大好きなんです。
「あだ名たんに会っていないせいかピリピリピリピリピリピリピリピリ…!!」
私に、会っていないから??
……喜んじゃいけないんだろうけれど素直に嬉しい。
「…あだ名たん、さっきからニマニマしてるけど、話し聞いてる?」
「も、もちろんです!」
「あだ名たんも心配でしょ?仕事詰めのアヤたん。」
「そうですね…。」
「でしょ?だから、少し休憩しようって言ってくれない?」
「…でも……」
アヤナミさんにはアヤナミさんの考えがあってのことだと思うし…。
「いつか過労で倒れたりするかもなんだよ?」
「それはイヤ、です。」
「うんうん。あだ名たんいい子だね〜。じゃぁアヤたんに言ってくれる?」
「はい。」
「ありがと♪じゃぁお礼にあだ名たんのお願い事一つ聞いたげる☆」
「お願い事、ですか??」
でも、私今幸せなので……。
「そうですね……頭、もうちょっと良くなりたいです。」
学年順位は上から数えた方が早いけれど学年トップとかとれたら嬉しい。
「勉強教えてくだ、」
「それ以外で。」
「……はい。」
他かぁ…。
「何か困ってることとかあったら助けてあげるよ?」
「……あ、困ってることというより、悩んでいることがあるんです。相談に乗っていただけますか?」
「うん♪よろこんで☆」
「それがですね、アヤナミさんのことなんですけれど…。私、ものすごく子ども扱いされるんです。」
「………あだ名たん学生でしょ?そりゃ立派に子供だよ…」
「そうですけど、でも恋人同士なんですよ!そりゃぁ頭を撫でてくれるのはものすごく嬉しいです。あの大きな手がすごく好きで、」
「え、何。急にノロケ?」
「ちゃんと真面目に聞いてください。」
「うん、聞いてたよ。」
「でもですね、『そんな短いスカートで走ったらこける』とか『学生がこんな時間まで出歩くな』とか…子ども扱いされるんです。」
「それって……」
「何ですか?」
「…いや…。」
短いスカートで走ったらパンツ見えるからって意味だろうし、夜遅くまで出歩いていると危ないから心配してるんだと思うよ…と、ヒュウガさんが小さく呟いたことなど、気分が昂ぶっている私には届かなかった。
「アヤナミさんは女心がわかっていないんです。」
「…あだ名たんは男心がわかってないね。」
「どういう意味ですか?」
「……ん〜。わかった。百聞は一見に如かず、だよ☆じゃぁちょっと着替えて行こうか♪」
街のど真ん中でヒュウガさんはホークザイルを止めた。
街へと降りた私を半ば無理矢理引っ張って入ったのは女物の洋服の店。
ヒュウガさんは男性なのに一切の躊躇もせずにその店の中へ入るなり、私を更衣室に押し込めた。
呆然としている私を他所に、手渡されたのはプリーツミニワンピ。
それと…ニーハイ。
ちょっとヒュウガさん、マニアックすぎやしませんか??
ニーハイは私には似合わないです!と返したら35デニールの黒タイツを持ってこられた。
とりあえず渋々着替えて更衣室のカーテンを開けると、そこには私の靴はなくヒールの高いパンプスが用意されていた。
ヒュウガさんに声をかける暇もなく店員のお姉さんによって椅子に座らされ、化粧を薄く施される。
その間に別のお姉さんに髪もアイロンでストレートにされた。
少しだけクセ毛だった髪も簡単にサラサラヘアーへと大変身…、いや、私の体全体が大変身を遂げた。
お金はもうすでに支払っているようで、笑顔の店員さんに見送られながらまたホークザイルに乗せられ、また軍に向かって出発した。
「あ、あの、お金、」
「アヤたんのピリピリを失くしてくれるんなら安いものだよ〜♪」
……ヒュウガさん、貴方どれだけアヤナミさんが怖いんですか。
なんだか私もちょっぴり怖くなってきたぞ。
「それにしても大変身だね〜♪もっとオレ好みになった。」
「ありがとう…ございます。」
「どう?今からでもオレに乗り換えない?」
「それはありえません。」
「ちぇっ。でも可愛いねぇ〜あだ名たん。これでアヤたんも子供扱いしないよ♪」
「…そうでしょうか??」
確かに高いヒールと黒の薄いタイツは色っぽいと思うけど…
「プリーツミニワンピ、可愛いですよ?」
「ん、大丈夫大丈夫♪こんな格好したあだ名たん、ある意味子ども扱いなんて出来ないから☆」
ある意味??
「好きな女の子がそんなに短いスカート着てたら、男はみ〜んな目線がそっちにいっちゃうの。」
「そうなんですか?」
「そうなの。それにイケナイ妄想だってしちゃうんだから♪……妄想で済めばいいけどね☆」
「はぁ…。」
イマイチ男心が理解できないとばかりに首を傾げていると、軍が見えてきた。
どうしてこんなことになったんだと尽きない後悔をしていると、ヒュウガさんは出入り口に堂々とホークザイルを止めて降りると、そんな私に手を差し伸べた。
「…なんですか?」
「お手をどうぞ♪」
「……あ、ありがとうございます…」
レディファーストだ…。
ちょっとだけ、ときめいてしまったのは気のせいということにしておこう。
ヒュウガさんの手に自分の手をそっと乗せてホークザイルを降りる。
それから前も通った帝国軍専用施設への扉を開き、中に入る。
監視の方にジロリと見られたが、ヒュウガさんと一緒だからだろう、何も言われずに入ることができた。
それにしても…
「ちょ、やっぱりこれは短すぎますって!」
「美脚が際立ってて目の保養になるよ、ありがとうあだ名たん☆」
「嬉しくないです!見ないで下さい!!」
グイグイスカートの裾を下へと引っ張るけれど全く意味を成さない。
「私の服返してください。やっぱり元の服に着替えて、」
「ホークザイルに置いてきた☆セーフティーカードないと戻れないからね、諦めて♪」
「じゃ、じゃぁ一緒に戻りましょう!」
「…。担がれたい?パンツ見えるだろうけど、いいかな?♪」
「すみません、黙って歩きます。」
なんでこんなことに…。
相談する相手間違えた…。
「あとはよろしくね☆」
ブラックホークの執務室の扉を開けながら、ヒュウガさんが笑った。
いつもの私なら『任せてください!』と笑い返せただろうけれど…それどころではない。
足が寒い。
何だかどんどんと気が重くなってきた私は、抱えている彼にバレないように小さくため息を零した。
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