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アヤナミは『La luce』という紅茶の店につま先を向けていた。

太陽の光という意味があるらしいこの名前はあの店にピッタリだと思う。
一番隅の日陰の席にいつも座るが、そこに座っていても日差しの温かさを感じる。

そんな心地の良い店にはいつも笑顔の名前がいる。
店にいる時間は、平日は大体16時から20時の間。
休日は一日中いるようだ。

特にその時間帯を狙っていっているわけではない。
ただ、あの店に行きたいと思う時間帯がたまたま名前がいる時間帯なだけだ。


アヤナミはそう心の中で言い訳がましく呟いた。


最後に名前に会ったのはいつだろうか。
確か先週の土曜日だからちょうど一週間ぶりだ。


あぁ、私と出会った日を夢に見たと言っていたな。


あの日は助ける気などなかった。
女が…、名前が紅茶が零れることを恐れて動きを止めなければ、あのまま見捨てていただろう。

熱い紅茶がかかることより、零すことを恐れているように見えて面白くなった。
助けてもいいと、気まぐれさえ起こした。

そうしたら猫のように懐いてきた。

なぜか悪い気はしない。

遠征がなかったら毎日来てやってもいいと思う。
仕事が立て込んでなくて、ヒュウガが真面目に仕事をしてくれたなら一週間という間も空けずに来ていただろう。


「気でもふれたか?」


声に出して自分に問いかけた。
誰もその声を聞いた人間はいなかったが、赤い屋根で昼寝をしている猫だけは、その声で目が覚めたようだった。





扉を開けるとカランと鈴の音が鳴った。


「あ、アヤナミさん!」


いち早く駆け寄ってきた名前はニコニコと私を見上げてきた。

どうやら父親はまた不在のようだ。


「いらっしゃいませ!」

「父親はまたいないのか。」


実際のところ幾度となくこの店に来ているが3回ほどしか会ったことがない。


「はい。今日は私が店番です。」

「危ない目にあわないようにするんだな。」


私がいないときに前のようなことがあっては守りたくても守ってやれぬ。


「はい!それにしても一週間ぶりですね♪」

「会っていない日を数えているとは余程暇のようだな。」


名前に言っているつもりなのに、何故か自分にも言っているように感じた。


「まぁ、実際暇ですからね。」


ヘラッと笑った名前の脇をすり抜けていつもの席に座る。


そうするとメニューを名前が持ってきた。


「何にしますか??」

「オススメは何だ。」

「そうですね、私が一番大好きなダージリンもオススメですが、今日は昨日仕入れたばかりのアッサムなどいかがですか??この前も飲まれましたが、産地も違いますし。」

「それをもらおう。」

「ありがとうございます!ちょっと待っててくださいね。」


パタパタと戻っていく名前の後ろ姿を眺めた。


出会った頃より敬語が砕けたように最近感じる。
笑顔もよく見せてくれる。

名前の声も、笑顔も、この店の雰囲気も心地よい。


カチャ、と紅茶の入ったカップが目の前に置かれた。


「お待たせしました。」

「あぁ。」

「それでは、ごゆっくりどうぞ♪」

「名前。」

「はい?」


用もないのに引き止めてしまった。

話すことなどない。
自分のことなど話す気にはなれないし、名前のことばかり聞くのも気が引けるというものだ。


「…今日の紅茶はいつもとどう違うんだ。」

「はい、簡単に説明しますとですね!」


よくぞ聞いてくれましたとばかりに、目を輝かせながら紅茶の話をする名前に、小さくため息を吐いた。
どうやら誤魔化せたようだ。


「今日のアッサムはCTCという機械で加工を施してあって、普通の茶葉よりコクが出て、美味しいんです!コクと深みがあるので、ミルクティには最適なんですよ!」


キラキラとマシンガンのように話す名前。
なんだか必死に話している姿は子供のようで微笑ましい。


「ミルクティに合う紅茶といえばウバも有名なんですよ。紅○花伝なんかもウバを使用してありますよね。ウバも美味しいですが、私はミルクティといえば断然アッサムのCTCをオススメします!!」

「……」

「…」

「……終わったか?」

「はい!」

言い尽くしたと、額の汗を拭う名前はやりきった感を滲み出している。
額に汗など出てもいないくせに。


「冷めないうちにどうぞ!」

「あぁ。」

「あ、ちなみに、」


なんだ、まだあるのか。


「牛乳は人肌程度に温めておいた方がいいんですよ♪低脂肪よりも普通の牛乳の方がおいしいです♪」

「そうか。」

「今度はロイヤルミルクティを入れて差し上げますね!」

「いや、ミルクティはしばらくいい。」


うんちくが長くなりそうだ。


「ミルクティじゃありません。ロイヤルミルクティです!」


ノーノーと人差し指を立てて軽く振る名前はいつもとキャラが違って見える。


「ミルクティは牛乳と紅茶を混ぜるだけですが、ロイヤルミルクティは牛乳に茶葉を入れて煮詰めるんです!ね?違うでしょう?」

「……」

さっぱりわからない。
紅茶の話がではなく、名前という人間がだ。

いつもは大人しいはずなのだが、紅茶の話となると熱い。


「わかりませんか?」

「いや、」

「しかたありませんね〜、」


名前は私の向かいの席に座った。


「きっちり説明してあげます。」


なんだこの状況は。
引き止めたのは私のほうだが、この状況がさっぱりわからない。


ただわかるのは、名前が毎日飲むほど紅茶が大好きで、紅茶の知識も好きだということ。

それとこれから長い長いうんちくが始まるということ。


名前はただの紅茶中毒者なのかもしれない。


出会って11ヶ月、今更になって新たな名前の一面を私は垣間見たようだ。

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