03




「遅くなっちゃった…」


季節は冬。
7時にもなれば外は真っ暗で、街灯の少ない小道は少しだけ気持ち悪い。

もう少しで小道に入るというところで私はため息を吐いた。

そんな時だ。

その小道から人がヌッと現れた。



「ギャァァあァァアァァぁあァ!!」


あっちいけ!としゃがみこんで必死に右手を振る。

すると、


「うるさい。」


と、知った声が私をピシャリと叱咤した。


「…へ?今の声…ア、ヤナミさん…?」

「何を独りでに騒いでるんだ、恥ずかしい。」

「……」


キョトンとして立ち上がる。
次いでボッと顔が赤くなった。


「ははは恥ずかしいのは私です!びっくりして大声あげちゃったじゃないですかー!」


恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!


「幽霊とでも思ったか?」

「私は自分の目で見たものしか信じないんです!」

「そのわりには怯えていたようだが?」

「そそっそそれは、へんしゅつしゃ……………変質者にです…」

「慌てずにしゃべれ。」

「はい…」


ダメだ。
どっかに穴でもないかな。
穴に入りたいよ。


「どこかにでかけていたのか?」

「あ、学校の帰りに友達に遊びに誘われちゃって。」

「…学校?」

「はい。」

「……学生なのか?」

「はい。言ってませんでしたっけ?」

「…そうか。」


何故か複雑そうな顔をするアヤナミさんに小さく首を傾げた。


「アヤナミさん??」

「…学生がこんな時間まで出歩くな。」

「こんな時間って…まだ7時ですよ??」

「暗くなる前に帰るようにいっているんだ。」

「わかりました。でも今日はもうしかたないですねー。暗くなっちゃったらどうしようもないですし。」

「本当に分かっているのか?」

「わかってますよ。アヤナミさんは心配してくれているんですよね?」


にこーっと笑うと、ため息を吐かれた。


「送ってやる。」

「え?!いいです!すぐそこですし!!」

「また誰かに出会って喚かれても迷惑だからな。」


…別にアヤナミさんに迷惑はかからないだろうけどなぁ…。


なんて思うけど、ちょっと嬉しい私。


「月、キレー!今日満月なんですね。」

「そのようだな。」

「月ってずっと私の事追ってくるように感じるんですよね〜。」

「自意識過剰だ。」

「あ、ひどい!」


そういって笑うと、月がさらに輝いて見えた。


「前を向いて歩かねばこけるぞ。」

「そんなドジじゃありませんよ。あ、そういえばアヤナミさん、もしかして紅茶飲みにきました?」


小道から出てきたのだからきっとそうだろうと思って聞いてみたら案の定頷かれた。


あ、やっぱり早く帰るべきだった。

でもいっか♪
こうして送ってもらえてるんだし、友人に感謝しなきゃ。


「今日は何を飲んだんですか?」

「……ダージリンを。」

「そうなんですか♪」


何故か間があったけれど、特に気にも留めなかった。


「アヤナミさんは怖くないんですか?」

「何がだ。」

「その…幽霊ってやつですよ。」

「恐怖に値する存在ではないな。」

「アヤナミさんはそうでしょうね。」


なんとなくそんな感じがしますもん。


「でも、もし幽霊が現れたら私が守ってあげますね!」

「先程喚いた名前がか?」

「さっきのことは忘れてください!」


もうっ、
恥ずかしいんですよ??


「さっきのはちょっとした予行練習です。今度はきっちり守ってあげますよ!」


何の予行練習なのよ、私。


「……そうか。あまり頼りにならないようだが、期待している。」


今、アヤナミさんがふと笑った気がした。
暗くてしっかりと顔は見えなかったけれど、息遣いで、何となく。

何となくだからはっきりとは言えないけど、聞き間違いじゃなかったらいいなと思った。

一言余計な言葉がついていた気がするけれど、ここは聞こえていないことにしよう。





「送ってくれてありがとうございました。」

「あぁ。」


踵を返して二人で歩いた道を、今度は一人で歩いて帰るアヤナミの背中に、私は声をかけた。


「アヤナミさん、小道出るところまで送りましょうか?」

「馬鹿か。早く家に入れ。」


あ、それじゃ堂々巡りか、と気付いたのは「馬鹿か。」と言われてからだった。


「はい…。おやすみなさい、アヤナミさん。」


「あぁ。」


小さくなっていくアヤナミさんの背中を眺め見て、部分的に店内の見えるガラスが嵌っている扉を開けた。


「ただいまー。」

「おかえり名前。」


父が遅かったね、と話しかけてくる。


「うん。友達と遊んでたら遅くなっちゃって。アヤナミさんきたんでしょ?どのダージリン飲んでいったの?」


私もそのダージリンを飲みたい気分だ。


私はちょうど父が温めていたティーポットに冷えている指先を当てて暖を取る。


「アヤナミさん?あぁ、あの銀髪の彼かい?」

「うん。」

「今日は来ていないよ?」

「え?来てない?」

「来ていないよ。」


でも確かにダージリンを飲んだって…。

……あの時、間はあったけど……。


え?


私は扉のほうを振り向いた。

木でできている扉は、上半分は中が見えるようにガラスがはめ込んである。


「…もしかして、」


私がいなかったから引き換えしたんだろうか…??


思考が私の恋心を甘やかす。

いや、恋心が思考さえも甘く犯しているのだろうか。


どうしよう。
嬉しい。


今までずっと胸の中で温めていた恋心が一気に溢れ出す。

私は奥歯を噛みしめて、二階にある家へと階段を思い切り駆けた。



今度アヤナミさんが来たら、とびっきりのダージリンを淹れてあげよう。
そして思いっきり微笑むの。

そうしたら彼はあの時ついた嘘がバレたんだって気がついて、誤魔化すようにきっと目を逸らすんだ。


早く来て。
かっこよくて、かわいい私の大好きな人。


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