04




赤字経営。

それを知ったのは母親がこっそりとつけている帳簿を見つけた時。


子供ながらに、ちょっと悲しかった。

あれが欲しいとか、これが欲しいとか、たまにわがまま言うことだってあった私をこの時ばかりは恨んだ。

ならばそんな私が返してあげられるものはないだろうか??

そうして考え付いた一つのこと…。





「どうぞ♪」


アヤナミさんの前にニコニコーっと差し出したのはディンブラとシフォンケーキ。
ディンブラは爽やかな渋みが特徴で甘いものと食べるのにはおすすめだ。


「…これを注文した覚えはないが?」


アヤナミさんが言う『これ』とはもちろんシフォンケーキのことだ。
紅茶の注文はしっかりと承りました。


「はい!」

「…また、か。」

「はい!」


一週間前、お店に出そうと思っているお菓子の試作をしている時にアヤナミさんがやって来た。
お客様目線からの意見も聞きたくて、試食してもらったのだが見事に撃沈。
これに金を払おうとは思わないな。とバッサリ斬られてしまった。

でも、そこでめげる様な私ではない。
それから毎日、何回も作った。
ようやく見た目も味も良くなってきたと思った今日この頃、アヤナミさんがタイミング良く現れてくれたのだ。

これは試食してもらわなくては!


私は屈んで中腰になると、机に両手を突いてドキドキと感想を待った。


「なぜ菓子作りをしているんだ?」

「……」

「言いたくないことか?」

「そういうんじゃなくて…」


少しだけ暗い顔を見せると、アヤナミさんは私を見上げた。


「ならばどういうことだ。」

「…あの、このお店お客さんが少ないでしょう?だからお客さんを増やそう大作戦を決行しようと思ってですね。紅茶だけじゃだめだと思うんです。」


スコーンは元から置いてあるけれど種類も豊富なわけではない。
もっと女の子が来てくれる様な店にしなければ。


「お菓子とか私が作れるようになったら、お店で出してもらって。そしたら今よりはお客さんも少し増えるかなって…。」


「そうか。」


アヤナミさんはそれだけ言うと、シフォンケーキを一口。

数回噛んで咀嚼すると、紅茶を一口。

そしてやっとこっちを向いて口を開いてくれた。


「甘すぎるな。」

「あぁー…」


机にうな垂れる私。


甘いかぁ…。
父にも甘すぎるって言われたから少し砂糖を減らしてみたけれど…
ダメだったか。


「アヤナミさんが甘いの苦手というわけではなくてですか??」

「確かにあまり得意ではないが、紅茶に合わせるのならもう少し甘さを抑え目にするんだな。」

「そうですかぁ…」


お菓子作りって難しい…。
前回は膨らみが悪くて、「まずい」の一言だったから良しとしよう。
前回は一口食べて残されたけれど、今日のは全部食べてくれているし。
日々成長、日々前進です。


「私、次こそ頑張ります!」


ニコっと笑えば「お前はこのシフォンのようだな。」と言われた。

首を傾げる私を他所に、アヤナミさんはまた口を開いた。


「ふわふわとしていて甘い。」

「…いい意味にとっていいんですか?」

「どうだろうな。その判断は自分でするといい。」

「はぁ。」

「しかし、なんだ。名前のケーキはまだ膨らみが足りないな。」

「言われなくてもそれはわかってます。」


私がうな垂れている体勢から顔を上げようとすると、アヤナミさんは私に一枚の紙を差し出した。


「なんですか??」


返答はない。
開いていいんだろうか…??


差し出してくれているから開いていいんだろう。


私はそっとそれを受け取って開いた。

そこにはシフォンケーキの作り方が一から書いてあった。


「これ、」

「菓子作りを得意とする部下がいるのだ。」

「聞いてきてくれたんですか?!」

「萎んだシフォンケーキを食べさせられたからな。礼だ。」

「もう、皮肉はやめてくださいよー。」


口を尖らせて、言葉とは裏腹にふんわりと笑った。
だってアヤナミさんも小さく笑っていたから。


「嬉しいです。これ見て今からもう一回作り直しますね!」

「あぁ、楽しみにしている…と言いたいところだが今日はあまり時間もない。」


部下の一人が仕事をしないからとか何とか…。


「…そうなんですか……」


シュンとすると、アヤナミさんは一口分だけ残っていたシフォンケーキをフォークに刺すと、私の口に放り込んだ。

もちろん、間接ちゅーというやつだ。


「三日後に来る。」


そういい残して、一気に顔を真っ赤にさせた私の脇を通り抜けてレジの前に立ったアヤナミさんは、紅茶代ピッタリの代金を置いて帰っていった。


反則だ。
今のは反則だ。


赤い顔を両手で押さえながらその場にしゃがみこむ。

足元からふわふわとした感覚に陥る。

他のお客さんがいなくてよかったと、この時ばかりは思った。


甘いシフォンケーキが口の中に広がる。

それはとても甘すぎた。


あぁ、私もディンブラ飲もうかな…。



三日後、約束通りに店にやってきてくれたアヤナミさんの目の前に出せたのは十分に膨らんだ甘さ控えめの、シフォンケーキ。

ふわふわのシフォンケーキ。


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