05
私は少し怒っていた。
いや、はぶてている。
今日は日曜日。
学校はもちろん休みでカフェでずっとアヤナミさんを待っていられる。
そう思っていたのに、母から頼まれたおつかい。
ちょっと待って!
私がいない間にアヤナミさんが来たらどうするの??
というものの、母には逆らえず私は今、半ば駆け足で歩いていた。
「白菜は買った…お豆腐も買ったし、ネギも買った。よし、大丈夫!」
母が書いたメモ紙を見ながら頷いた。
この材料からして今日の夕御飯はお鍋のようだ。
ふと、帰路につこうとした私は足を止めた。
「あ…芽吹いてる…」
梅の木も芽吹き始め、もう少しで冬も終わろうとしている。
なんだかポカポカと気持ちがいい春を思い浮かべて、ちょっとだけ春を恋しく思った。
それと同時に去り行く冬に別れを告げる。
息を白くさせる冬も、悴む手をすり合わせるのも、冬独特で好きだけれど、温かい日差しの中で草原に寝転がって空を眺めるのも好き。
そこに紅茶とスコーン、サンドイッチなんかあったら最高のシチュエーションだ。
私は緩む口元を買い物袋を持っていないほうの手で軽く塞いだ。
一人でニヤニヤとしているなんて、傍から見たら怪しい人だ。
気を取り直して足を進めて、また止まった。
視界の端に微かに入った銀色の髪。
私は反射的に振り返った。
「あ…アヤナミさん。」
軍服を着て軍帽を被り、鋭い顔つきをしているアヤナミさんは部下の人といるようだ。
はちみつ色の髪の少年に、黒い髪の毛の彼。
ピンクの髪の毛の子もいたけれど、私の目にはすでにアヤナミさんしか見えていない。
どこかに出かけるのだろうか。
軍とは正反対の方へ向かうアヤナミさんに私は無邪気に近寄って話しかけた。
「アヤナミさんっ!」
ニハッと笑えば、アヤナミさんの目が少しだけ細められた。
他の部下の方たちの目線も一気に突き刺さる。
「名前か。こんなところで何をしている。」
「おつかいです。もう終わったんですけどね。」
「そうか。では早々に帰るといい。」
「……」
アヤナミさんの言葉に少しだけ棘を感じた。
言葉が痛いというか…一線を引いているというか。
背筋も凍るような鋭い声。
カフェでいつも聞いているようなあの声とは違う、怖い声。
「お仕事中でしたか?」
「そうだな。」
「お仕事中に話しかけてごめんなさい。帰りますね。」
ペコリと頭を下げて一歩踏み出したところで、ふと足を止めてまた振り向いた。
「シフォンケーキ、お店で出してもらえるようになったんです。ありがとうございました。」
ニコリと微笑んでまた小さく頭を下げ、私は帰路への道を歩き始めた。
なんだかアヤナミさんじゃないみたい…と思いながら歩いていると、後ろからアヤナミさんに名前を呼ばれて引き止められた。
「私はこの通り仕事中だ。ヒュウガに送らせる。」
「「え?!?!」」
もちろん、重なって反応したのは私と、黒髪の男の人だ。
「アヤたん、オレも今から仕事…」
「どうせいつもサボっているだろうが。送れ。」
「いいです!まだギリギリ明るいですし、私一人で…」
「喚かれても迷惑だと言ったはずだが?」
あぁ…またあのことですか…。
結構恥ずかしいんですよ??
「………。わかった☆」
黒い髪の人はアヤナミさんのもとから離れると、私に近づいてきた。
私の歩いた五歩を彼は三歩で歩く。
なんていう足の長さだ。
「いこっか♪」
「あ…はい…」
私はオドオドとしながらも、とりあえず頷いておいた。
アヤナミさんに背を向けて歩き始める。
少し歩いた後でふと後ろを振り向いたが、そこにはもうアヤナミさんはいなかった。
ボーっとしていると、ふと買い物袋をヒュウガさんが持ってくれた。
「ありがとうございます。」
「ね、アヤたんとどんな関係なの?」
黒い髪をした彼はサングラスをしていた。
はっきり言って今気付いた。
「あ…えっと…関係、ですか…?そうですね…お客様とバイトみたいなものでしょうか。」
「へぇ〜どこかで働いてるんだ?」
「働いているというより、父の経営している紅茶の店でよく店番を。」
実際、バイト代は貰っていない。
「アヤたんとはどうやって知り合ったの?」
やけに聞いてくる人だなぁ…。
「男の人に絡まれているのを助けてもらったんです。アヤナミさんは困っている私を助けてくれたり、私の作ったお菓子の感想を言ってくれたりして、優しいんです♪」
「…え。それ誰のこと?」
首を傾げるヒュウガさん。
「アヤナミさんのことですよ。」
「……それ贋物のアヤたんじゃないの?」
「本物です♪」
「…」
「すっごく優しいんですよ。」
さっきは少し冷たいようにも感じたけれど。
「……へぇ〜…☆」
ヒュウガさんは黒い髪を揺らして笑った。
それはそれはとても楽しそうに。
まるで子供が新しいおもちゃを貰った時のような…そんな笑みだった。
「名前ちゃんだっけ?」
「はい。」
「名前ちゃんはアヤたんのこと好きなんだ。」
「えっ?!えっ??そ、そんなこと…」
嘘でもこの気持ちを否定したくなくて、私は少しだけ下を向いて顔を赤くした。
「わかりやすいね〜♪」
「からかわないで下さいヒュウガさん…。」
「可愛い可愛い♪」
「ですから、」
「からかってなんてないよ☆」
嘘っぽいです、ヒュウガさん。
私は心の中で呟き、足を止めた。
もうカフェの前だ。
「あ、ここです。」
「こんなところにカフェがあったんだねぇ〜」
「はい。荷物、持っていただいて助かりました。それに送っていただいて…ありがとうございました。」
「いーえ♪」
「よかったらお礼に紅茶でも飲んで行かれませんか?」
「ん〜…今は任務に行かないといけないから遠慮しとく☆今度行くよ♪」
「はい。お待ちしてますね!」
ニコリと微笑んでヒュウガさんから買い物袋を受け取った私が丁寧にお辞儀をすると、ヒュウガさんは踵を返して先程歩いた道を帰っていった。
家に帰ると母が冷たいアイスティーを用意していてくれた。
何故かその冷たさが私の脳内にアヤナミさんを過ぎらせた。
「アヤたんの弱みだね、あの子。」
誰に言うでもなく、ヒュウガは小さく言葉を紡いだ。
「アヤたんの気に入っている子……か♪」
面白いもの見っけちゃった☆
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