07




私はもはや私の肘置きに成り下がってしまったカウンターに肘をついて、リィナさんを見ていた。

正式にはリィナさんではなく、その目の前にいるアヤナミさんなのだけれど。

リィナさんがアヤナミさんのオーダーを取りにいくのは今回が初めてではあるものの、私は前回のリィナさんによる「好きだわ」発言を忘れてなんかいない。

チラとアヤナミさんが私のほうを目だけで見てきた。
だが私は反射的に思い切り目を逸らしてしまった。

別にいつも通り笑顔で手を振ればいい話。
だけれど、何故か目を逸らしてしまった。

罪悪観が胸をかき回す。

何も悪くないアヤナミさんから思い切り目を逸らしてしまった罪悪感。
リィナさん越しに目が合ってしまった罪悪感。


私はでかかったため息を必死に飲み込んだ。

そんな時だった。





「やほ☆」

「いらっしゃいませ、ヒュウガさん。」


最近、馴染みのお客様になりつつあるヒュウガさんが店にやってきた。


「あ、アヤたんだ〜☆」

「はい、いらっしゃってますよ。相席になさいますか?」

「ん〜……いいや♪絶対嫌がられるだろうしね♪」

「そうなんですか?」

「うん♪カウンターにしよっと♪そのほうがあだ名たんの可愛い笑顔も見れるし。」


さらりと甘い言葉を言ってしまうあたり、ヒュウガさんは相当女慣れしているとみえる。
アヤナミさんも十分見えるけれど、こんなふうにチャラくはない。


「そんなこと言っても何にも出ませんよ?」


小さく笑うと、ヒュウガさんが私の右頬に人差し指を当てた。


「笑顔がでれば、それで♪」

「もう…口が上手いんですから…。」

「この店の名前って『La luce』って言うんでしょ?」

「はい。」

「意味は太陽の光?」

「そうなんです。」

「陽だまりのような店に陽だまりのような笑顔のあだ名たん、いい名前だね☆」

「…」


いつもからかってばかりなんだから。
嬉しいけどそこまで褒めてもらえるとちょっぴり恥ずかしい。


「あ、ちょっとアヤたんとこ行ってくるね。この席取っておいて。」

「はい。」





「アーヤーたん♪」

「何故貴様がここに来ている。」

「オレも通い始めたの☆」

「帰って書類をしろ。」

「あだ名たんとお話ししたらね〜。」


ほら、オレここにはあだ名たん目当てできてるから♪


と言うと、アヤたんは面白いくらいに眉間に皺を寄せた。





「今日は何にしますか?」


何を話したのだろうか。

ヒュウガさんは早々にカウンターへと戻ってきた。


「ん〜あだ名たんのオススメで♪」

「またですか??」


ヒュウガさんはこの店に通い始めて3回がたった頃、急に私を『あだ名たん』だなんて呼び始めた。
ついでにあまり紅茶を知らないのか何なのか、注文を聞くと必ず『オススメで』といわれてしまう。


「じゃぁ今日はあだ名たんの好きな紅茶がいいなぁ。」

「私のですか??そうですね…では、」

「名前ちゃん、ダージリンとアールグレイを一つずついいかしら?」


リィナさんが私にアヤナミさんと他のお客様から受けたのであろう注文を言った。

リィナさんはまだ紅茶を上手に淹れることができないから、紅茶を淹れるのは専ら私の仕事だ。


「あ…はい。ヒュウガさんもダージリンでいいですか?」

「あだ名たんの一番好きな紅茶ならなんでも♪」


……

私の、一番好きな紅茶…
アヤナミさんは気分でそれを頼んだのだろうか。

それとも……


「できた?」


ひょっこりとリィナさんがカウンターを覗いた。


「あ、はい。」

「あの人の、私が持っていくね。」

「…あ……」

「どうしたの?」

「いえ…」


リィナさんの背中を羨ましげに見つめて、アヤナミさんを恋しそうに見つめて、私は何をしているんだろう…。

羨ましいと思うくらいなら自分から行動したらいいのに。

いいですよ。私が持って行きますから。と、それくらい言えたらよかったのに。


もやもやと黒いものがさらに胸の中で大きくなった。


「…あだ名たん、紅茶まだ?」

「え?ぁっ!あぁっ!!」


砂時計の砂はとっくに下に落ちていて、紅茶は渋く仕上がっていた。


「ごめんなさい、ボーっとしていて!!今すぐに淹れなおします!」

「ん、いいよ。これで。」

「でも、」

「いいからいいから。」


恐らくとか、多分とか、そんな曖昧な言葉は絶対につかないくらいの渋い紅茶。
確実という言葉が合う渋い紅茶。
100%渋い紅茶をヒュウガさんは一口嚥下すると、小さく笑った。

アヤナミさんの周りの人は優しい人ばかりだ。
それはアヤナミさんが優しいからじゃないだろうか??


私も、お二方みたいに優しくなりたいのに…
それなのに心は重く、胸は黒いもやが覆うばかり。

リィナさんはいい人なのに羨ましいとか思ってしまって…。
他人を羨むたびに誇れる自分が遠ざかっていっている気がしてならない。

せめてため息くらいは吐かないようにしようと思っているのに、気を張っていないとすぐにもれてしまうから困っている。


「元気ないね、あだ名たん。」


カウンターに肘をついて私を見るヒュウガさんの黒い瞳。


「そんなこと…ないです。」

「あの子、アヤたんのこと好きなの?」

「…そうみたいです、ね。」

「ふぅん…。アヤたんがあの子に次の休みいつか聞いてるみたいだよ?」


休み?
……どこかに出かける約束でもしているんだろうか…??
確かリィナさんは明日休みのはずだけれど…。


「聞こえるんですか?」

「うん、微かにね。」

「すごい聴力ですね。」

「でしょ☆それにしてもあの二人、お似合いだねぇ。」


そんなの、知ってます。


「……ヒュウガさん、意地悪です。」


私の気持ち、知っているのに。


「うん♪だって好きな子の気持ちが何であれオレのほうに向いてくれたら嬉しいもん♪」

「好きな子…ですか?」

「そ☆」

「…リィナさんのことですか?」

「なんでそうなるの。」


ヒュウガさんは苦笑すると、私を指差した。


「あだ名たんのことだよ。」


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