08




紅茶には牛乳を。
コーヒー用のミルクでは絶対にだめ。

人肌に温めて、カップに注げば紅茶と交じり合い、優しい味になるの。

私はミルクティには砂糖を入れるのが好きで、甘くて優しいミルクティが大好物。







ストレート。

この紅茶はストレートです。

ダージリンはやはりストレートに限ります。

そしてヒュウガさんの告白もストレートでした。
それも高速ストレートです。

そんなもの私が受け止めきれるわけもなく、オドオドしているとヒュウガさんは「また来るよ」と渋い紅茶にお金を払って店を出て行きました。


作文のように心の中で呟き、ため息。

頭がグルグルする。

私を好き??
好き??


うぅ…考え込みすぎて具合悪い。


リィナさんとアヤナミさんはお似合いで気になるのに、ヒュウガさんが好きって私の事言ってきて、グルグルグルグル…

グルグルグルグル…

グルグル……

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…


「名前?入るわよ??」


急に部屋に入ってきたお母さんの声に少しホッとした。
いくつになっても母親の存在は安心できる。


「ミルクティ淹れてきたけど…熱はどう?」


そうなのだ。
ヒュウガさんに告白された昨日の今日で、私は風邪を引いてしまった。
恐らく知恵熱だとは思うけれど…。

今日は月曜日。
春休み中だから学校は休みだけれど、カフェはもちろん休みではない。

アヤナミさんがくるかもしれない…。

リィナさんも今日はお休みなのに…


こんなチャンス、リィナさんのバイト期間が終わるまでしばらくないと思うのに…。
こんなところで寝てるわけにはいかないのに…。

熱に浮かされている頭で必死にそう思うけれど、体は気だるく、もう全く別の生き物みたいで動かない。


「ん…」


脇に挟んだ体温計がタイミング良く機械的な音を鳴らしたので、ミルクティを机に置いた母にそのまま渡す。


「38度3分…。下がらないわね。」


コクリと頷くと、母は私の額にひんやりと冷たい手拭を置いてくれた。
氷嚢は冷たすぎるからあまり好きではない。


「食べたいものは?」

「ない…。」

「ゼリーとかなら食べれそう?」


何か口にさせたいらしく、母は聞いてきてくれるけれど食欲なんて皆無だ。

だけど、気が向いたら食べたくなるかもしれないし…と、とりあえず頷いておいた。


「そう。今から夕飯のお買い物に行くから、買ってくるわね。」


私はボーっとした頭で会話の内容を必死に聞き取り、頷いた。

部屋を出て行こうとする母。
その母がドアを開き、そしてまた閉めようとする時に大切なことを言って行った。


「…」





「アヤナミさん…?」


…お母さん、今、


「アヤナミさんがカフェに来てるみたいよって…言った??」


……






「アヤナミさんっ?!?!」


私は目にも止まらぬ速さでベッドから起き上がった。
せっかく額に置いてくれた手拭がポトリと悲しく布団の上に落ちる。

そのままにしておくと布団が手拭の水分を奪い取って湿ってしまうというのに、このときの私はそんなことに回る頭など持っていないとばかりに部屋を飛び出した。





「アヤナミさんっ!!」

「…」


私は階段を駆け下り、勢いよくカフェの扉を開けた。


アヤナミさんに出会って2年近く経っている。
無表情も優しい顔も見てきた。
でも目を開いて驚いた顔を見るのは初めてだった。


それもそのはず。

私の格好はパジャマで髪はボサボサで熱があるというのに血色は悪い。

驚かずにいられるわけがないのだから。


「名前!ちゃんと寝ていないと!」


アヤナミさんと視線は会うけれど、話しかけてきたのは父親だった。


「お父さん、大丈夫だから。ほら、お客さん呼んでるよ?」

「でも、」

「すぐ帰るから。」


立っているのさえやっとの私を心配そうに見て、お客さんのところへ向かった父。
フラフラと歩くと、アヤナミさんは盛大にため息を吐きながら立ち上がって私を抱き上げた。


「ゃっ!」

「暴れると落とす。」


横抱き…つまりお姫様抱っこされた私はビックリして小さく声を上げた。
が、アヤナミさんはそんなこと気にも留めずに歩き始める。


「あの…どこに…」

「名前の部屋はどこだ。」

「帰りたくないです。」


でないと、なんのためにここに来たのかわからない…。


「どこだ。」


私の家はカフェの二階。

嫌だけれど、有無を言わせない声色で言われたらもうしゃべるしかない。


「階段を上がって左の部屋…です。」


揺り篭のようにゆらゆらと揺れる。
それがものすごく落ち着く。


「熱が高いな。」


ベッドに下ろされ、そこに座ると額にアヤナミさんの手が触れた。
それはとても冷たい。

私はそれがとても気持ちよくて、そっとアヤナミさんの手に自分の手を重ねた。


「アヤナミさんの手…気持ちいいです。」


こうしてアヤナミさんに触れるのはいつぶりだろうか…。
恐らく、出会った日…あの、助けてもらった時以来だ。

アヤナミさんは他の男性と違って不必要に私に触れたりしてこない。
まるで壊れ物を扱うかのように優しく、どこか慎重だ。


「…。何か飲むか?」


アヤナミさんがそういうと、額から手が離された。
なんだか少しだけ寂しい。


「…では、そこにミルクティがあるので取ってもらえますか?」


私が指を差すと、アヤナミさんは温くなっているミルクティを私に差し出した。
それを一口飲んでアヤナミさんに返す。
そうすると、またそのカップをテーブルの上に置いてくれた。

至れり尽くせりだ。
お客様なのに。


「あまり無理をするな。」

「…無理くらいさせてください。」


アヤナミさんの言葉に首を振ると、アヤナミさんは無表情で私を見下ろす。


「こうでもしないとアヤナミさんに会えないし、話すことも出来ないんです。」


私はリィナさんみたいに恋に強くはなれないから。


「もっと会いたいのに、たくさん話したいのに、最近は全然話せないですし、リィナさんとアヤナミさんが仲良くしてるとこ見ると心がモヤモヤして、」


リィナさんがアヤナミさんに声をかけているシーンがふと、脳裏を掠めた。

胸の中だけでなく、いつか体全体も覆ってしまうくらいにこのモヤモヤは大きくなってしまうのではないだろうかと…不安になる。


私はまるで子供のように涙を零した。
拭っても拭って拭いきれないから、もう拭うことはやめてアヤナミさんを見上げる。


「人を羨ましく思う自分、嫌いで……っ、なのにヒュウガさんは、私のこと好きっていうし…も…わけ、わかんな…くて…ッ…」


私が拭うことをしなくなった涙を、アヤナミさんの人差し指の背が拭った。


「それで?」

「わ、わたし…アヤナミさんのこと…す、すき…です」

「あぁ、知っている。お前が私を見ているよりもずっと、私はお前のことを見ていた。」


次の瞬間、驚きで涙さえも止まった。

私の唇に触れているアヤナミさんの唇。
互いの熱が交じり合う。

数秒間、触れるだけのおざなりなキス。
それでも私には十分過ぎるほど永い時間に感じた。

アヤナミさんの言動と行動、そして熱も重なってか、頭から空気が抜けていく感覚に陥った私は意識を手放した。





アヤナミは眠ってしまった名前をベッドに寝かせた。

髪を撫で、愛おしそうに見つめる。


「今は何も考えなくていい。今はゆっくり休め。元気になったら、また私のために紅茶を淹れろ。」


肩口まで布団をあげてやるともう一度、名前の唇にキスを落とした。


それは甘い甘いミルクティの味がした。


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