「あだ名たん、オレも好き。とりあえず押し倒していい?」


人がせっかく真面目に『好き』だと言ってあげたというのに、どうしてこの男はこんなにも緊張感からかけ離れているのか。


私は小さくため息を吐きながら「馬鹿」とだけ呟いておいた。

呟かれたヒュウガは「えっ?!ダメなの?!?!」と地味にショックを受けているようだが気にしないことにしておく。


「ご存知のように私風邪ひいてるの。寝込んでるの。倒れたの。」

「……そっか、そうだよね。」


そうもあからさまに落ち込まれると、何故だか私が悪いコトをしているような気分に陥るので勘弁願いたい。

どうにかして話を変えようと考えていると、ヒュウガが爆弾を投下した。


「やっぱり妊娠させようかなって思ったのに。」


その爆弾という声は小さくとも、威力は抜群だった。
まるで後頭部をとんかちで引っ叩かれたような気分だ。


「は?」


一言返すだけでも相当の気力を要した。
それなのにヒュウガは聞こえなかったと思ったらしくもう一度先程の爆弾を投下する。


「やっぱり妊娠させ、」

「貴方相当馬鹿ね。大体『やっぱり』って何?!前にも一度思案したもしくは実行したってことよね?!」

「うん♪子供できちゃえばコンパニオン辞めて家庭に落ち着いてくれるかなって♪そしたら毎日一緒にいられるでしょ?」


オレってばナイスアイディア♪と嬉々としているヒュウガの後頭部をとんかちで引っ叩いてやりたい。


「一つ聞いてもいいかしら?貴方私に仕事辞めて欲しいわけ?」

「辞めて欲しいっていうか、一緒にいたいかな♪」

「ごめん、私今はまだコンパニオンしてたいのよね。」


コンパニオンするということは家に帰らない、もしくは家の家事諸々をする暇がないので結婚という選択肢は今のところ私にはない。


「それに子供って…。今、中出ししたら刺すわよ。」

「それ!それなんだよねぇ。」


ヒュウガが腕を組んでうんうんと呻きだす。
呻きたいのは私のほうだというのに。


「あだ名たんと会えてない時に『それとなく中出しして子供作っちゃおう大作戦☆』を考えてたんだけど、」

「その作戦名、最悪ね。」


それとなく中出しできると思ってんのかこの馬鹿は。


「子供できたらあだ名たんに半殺しにされそうだなぁって。アヤたんと一緒に。」

「良かったわね中出しする前に気づけて。命は誰だって惜しいものね。」


本気でそんなことを考えていたらしいヒュウガに少しだけ殺意を覚える。

別にヒュウガと結婚したくないわけでもヒュウガとの子供が欲しくないわけでもない。
ないけれど今はそのタイミングではないのだ。

私は私の人生を謳歌している。
今は独り身で謳歌している真っ最中なのだから。


「この邸であだ名たんと初めて2人っきりになったとき、あだ名たん吐きそうになってたでしょ?」


あぁ、あのヒュウガを『怖い』と感じたときのことか、と思い至って頷く。

その時の怖さは今は全くない。
でもあの時のヒュウガは確かにヒュウガで、確実に怒っていた。

今となってはヒュウガが本気を見せてくれたことが嬉しいけれど。


「あれね悪阻かな?って思ったんだよねぇ。」

「は?!ちゃんと外出しか避妊してたでしょ。」

「でも100%じゃないからね。」


そりゃ確かにそうですけれども。

でも慣れてるヒュウガが失敗して中に少しでも出しているとかは全く考えられない。
それに避妊していない時は私の安全日だし、確立は更に低くなっているはずだ。


「だからあだ名たんが泊まりに来た時も妊娠してたら出来ないよねって思ってたんだけど、してないなら今してもいい?」


首を傾げるヒュウガが目の錯覚からか可愛く見えてしまったけれど、言っていることは全くもって可愛くも何ともない。

それより私がイジイジちまちまと悩んでいたものが今やっと解き明かされた。

久しぶりに会ったにも関わらず手を出してこなかったことに不安さえ感じていたのに、そんな理由があったとは思わずつい脱力してしまいそうになる。


「だから熱あるってば。それに一応言っておいてあげるけどヒュウガに会う3日前に生理が終わったばかりだったの。なんで悪阻なんて…」

「吐きそうだっていうし、カプレーゼ食べたいっていうし。」

「何でそこでカプレーゼ?」

「トマト。妊娠したら酸っぱいもの食べたくなるって聞いたことあるから。」


開いた口が塞がらない。
先走るのが好きな男だ、ホント。


「あのね、カプレーゼが好物なだけだし、吐き気がしてたのも体調が悪かったの。」

「うん、わかったからシていい?」

「熱あるってさっきから言ってるでしょ??こっちの方も理解して。」

「だってオレものすっっっっっっっっっごく我慢したんだよ?!」


そんな溜めるほどしたかったの?男って可哀想。と、つい哀れんでしまうほどヒュウガは必死だった。


「そんなに言うなら……一回だけ…」

「いいのっ?!」


うわー嬉しそう…。
嬉々としている耳と尻尾が見えるわ。

狼のだけど。


「その代わり一回だけ!私が挿れてっていったらちゃんと焦らさず挿れて。」


でないと体力が底をついて死んでしまうような気がする。


「約束できる?」

「うん♪」


純粋に頷く様はまるで子供のようだ。

ヒュウガがベッドに片膝をのせて覆いかぶさってくると、ギシリとベッドが軋んだ。


「あ、そういえば!ちょっと待ってヒュウガ。」

「ここでおあずけはないよね?」


ジトリと待ち遠しそうな瞳で見られるが、そこはヒュウガ次第だと思う。
思うけど曖昧に笑って誤魔化しておくだけに止めた。


「一番言いたいこと言ってないと思って。」

「一番言いたい事?好きっていってくれたら十分だよ?」

「そういうのじゃなくて。」


私達がぎこちなくなってしまった理由を作った私のいい訳だ。


「電話に出なかった理由、言っておこうと思って。」


今度こそは瞳を逸らさずにヒュウガの瞳を真っ直ぐに見つめてそう言うと、ヒュウガは少しだけ目を大きく開いて「何?」と優しく問い返してくれた。


「言うから、キスしてくれる?」


ヒュウガのさっきのマネをしてみると、ヒュウガは口の端を吊り上げて「もちろん♪」と笑った。


「声、聞いたら会いたくなるから。」

「…ん?」


数回瞬きをしたヒュウガは耳を疑うかのように問い返してきた。


「だから、声聞いたら会いた、んっ。」


しゃべっている途中だったにも関わらず、ヒュウガの唇が重なってきて残りの言葉はどこかへと消えていってしまった。


啄ばむようにキスが施され、舌が入りこんできた。
熱のせいだからか、吐息がやけに熱っぽく感じられて全身の血が沸騰するような感覚に陥る。

甘くて強引な口づけに耐え切れず、少しだけ頭を引くがそれでも追ってくる。
結局私が枕に後頭部をつけるまでそれは続けられて、完全に押し倒されたところでやっと唇が離れた。


「っは、…ッ、」

「ヤバイ、あだ名たん可愛い…。」


左頬に手のひらを添えられて額や瞼、こめかみやら鼻の頭などに小さくキスが落とされる。


「今思ったんだけど、アヤが私からの電話にでないのもそれが理由とか…!!??」

「絶対違うと思う。」


無表情でバッサリと言われてしまった。


「ですよね。」


くそぅ、アヤめ。


「あのねあだ名たん、会いたくなったら会いたくなったって言ってくれたらいいから。出来るだけ会いにいくし、オレも会いたい。」

「遠征とかあるでしょ?」

「その時はちゃっちゃと終わらせて会いにいくから。どうしても行けない時は長電話にでも付き合うよ。だから我が侭ぐらいいいなよ。たまの我が侭くらい聞いてあげるからさ♪」


そんな甲斐性ない男じゃないよ〜?と笑うヒュウガにつられるようにして私も笑った。

こんなに大事になるなら変な意地や矜持を張らずに言ってしまえばよかった。


好きなのに辛いと思っていたけれど、そうじゃなくって。
好きだから辛いんだ。

好きだから会えないことに、好きだからヒュウガが女性と一緒にいるのを見ると悲しくなって不安になって辛くなれるんだ。

どれもこれも、私がヒュウガを好きだから。
私の駆け引きの仮面さえ引き剥がすような男を好きだから。

私もヒュウガの本気を引き出すことができる存在ということが嬉しくて、切なくて
、何より誇らしい。


「電話代が恐ろしいことになっても文句は受け付けないわよ。」

「望むところだね♪」


END

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