07




「昨日は楽しかったのかしら。」


マリーカ様の部屋に置く花瓶に花を活けていると、テーブルに頬杖を付きながらマリーカ様が声をかけてきた。

ヒュウガとは朝別れ、私は帰ってきてこうしてマリーカ様と一緒にいる。
ヒュウガたちもそろそろ警護の配置やら何やらをしに来る頃だろう。


「そうですね、久しぶりに会えましたから。」

「良かったわね。でも私は貴女がいなくて困ったわ。」


昨日『もう部屋に戻って良い』と言ったのは確かにマリーカ様だ。
一人部屋でニマニマニヤニヤするのだと思っていたけれど、何かあったのだろうか。


「どうかなさいましたか?」

「急に思い出したのよ、確か名前は恋のキューピッドなのよね?相談しようかと思って。」


あぁ、どうせヒュウガのことだろう。
知らないといえど、マリーカ様に悪い気さえしてくる。


「特に助言することもありませんよ。そもそも私は何もしていないのです。」

「また謙虚なことばかり言って。」

「本当でございますよ。ただ今までのご令嬢が頑張られただけのことですから。」

「そう…やっぱり頑張らないといけないのよね。」


私が花瓶に花を活け終わると同時に、マリーカ様は思いついたようにパンッと横手を入れた。
その音に振り向くと、ランランとしている瞳とかち合う。


「彼はもう邸に来ているかしら?」

「どうでしょう…。存じ上げませんが。」

「でも、もうそろそろ来る時間よね?」

「そうですね。」


時計を見て時間が時間だと頷くと、マリーカ様は勢いよく立ち上がった。


「どこに行かれるのですか?」

「彼に会ってくるわ。」


そういうなり部屋を出て行ったマリーカ様に私は深いため息を吐いた。
せっかく綺麗に活けたこの花も今の私のため息で枯れてしまいそうなくらいに。


一体マリーカ様は何を思いついたのやら。
私にはマリーカ様の思考はわからない。
わかりたくもない。
そしてこれからもわからなくていいかもしれない。


花瓶を陽のあたるところへ移動させると、窓から見えたアヤたちの姿。
そこにはカツラギさんだけでなくヒュウガの姿も見えた。
そして長いスカートを翻しながら、半ば駆け足で彼の元へ急ぐマリーカ様の姿。

マリーカ様がどうヒュウガに接するのかと高みの見物を決め込んでいると、あろうことかマリーカ様はヒュウガの腕に己の腕を絡め、中々に豊満な胸を押し付けたのだ。

違う。
何かが違う。
今までの令嬢と何かが違うのだ。

令嬢なのにどうしてあんなにもはしたないのか。
男好きもほどほどにして欲しい。
そういうことは20歳を過ぎてからにして欲しいのに、上目遣いでヒュウガを見上げるその瞳の奥に『狩り』という色が見えた気がした。

コンパニオンとして頭を抱えたくなる。
一体誰がどこで教育を間違えたのやら。


私はスッと目を逸らして、またすぐにヒュウガを見た。
彼は全く動じもせずに、かといって振りほどくわけでもなくマリーカ様の話しに耳を貸しているようだ。


「振・り・ほ・ど・け・よ!!」


つい部屋に一人だからと素が出てしまったことにハッとして咳払いを一つ。

だって理性的に考えたらわかることだ。
軍人であるヒュウガが雇い主の令嬢を振りほどけるわけもない。
そんな無礼なことできる人間なんて同じ貴族でも難しいだろう。


「でもムカつく!!」


もう一度咳払いを一つ。


あぁもう、イライラする。
マリーカ様にもヒュウガにも、私にも。


「ぅ゛…」


急に気持ち悪くなって、口元を手で覆った私は洗面所で嘔吐した。

昨晩はあまり食べていないし朝食なんてスープだけしか食べていないからほぼ胃液。
それが余計にまたキツくて、口を濯ぐと吐き気止めでもメイドさんに貰おうと部屋を出た。

良くしてくれるメイドさんに吐き気止めを貰った時に具合でも悪いのかと聞かれたけれど、特に悪いわけでもなくただ吐き気だけだからと薬を飲んだ。

薬を飲んでスッキリし、私がマリーカ様の部屋に戻るとそこには居てはならない人物が立っていた。


「どこに行っていたの名前?」


マリーカ様は優雅に紅茶を飲みながら尋ねてくる。
何だその澄ました顔と態度は。


「いえ、少しメイドさんと話していて。それよりあの…どうしてここにこちらの軍人さんが?」

「さっき名前が言ったんじゃない。他の令嬢は頑張ってたって。」

「…言いましたけれどそれが何か?」

「私を直々に警護してもらおうと思って。」


頑張りどころが違います、マリーカ様!


「しかしマリーカ様、彼にも彼のお仕事があるでしょうし…」

「彼のお仕事は私を守ることが仕事よ?別にいいじゃない。」

でた、令嬢のわがまま。

偉いのは貴女のお父様であって貴女ではない。
確かに権力はあれど、所詮は小娘。
それが通用しないのがお嬢様であり貴族でもあるのだけれど。


私はヒュウガの方をチラリと見てから、またすぐにマリーカ様に視線を向けた。


「彼は良いと仰ったのですか?」

「えぇ。二つ返事で良いって言ってくれたわ。」


なんでじゃー!!

こめかみに青筋が立ちそうになったけれど、私はグッと堪えて小さく微笑んだ。


「そうですか、よかったですね。ではよろしくお願いしますね。」

「こちらこそ♪」


いけしゃあしゃあと笑って右手を差し出してきたヒュウガに、にっこりと笑顔を向けながらその握手に答える。

私の持てる握力という握力を出し切って握ってやったが、ヒュウガは相変わらずのままで更に悔しくなった。


「そういえば貴方のお名前は?」


マリーカ様が私とヒュウガの間に割って入るように言葉と体を入れてきた。

その様子を子供だなぁと思いながら見る。


「ヒュウガだよ、です。」


敬語、慣れてないのね。
『だよ、です』って何。


「ヒュウガね。私の事はマリーって呼んで?」


……私にもマリーカ様ってしか呼ばせないくせに、よくもまぁ。


「それに敬語じゃなくても許してあげる。」

「ホント?よかった。じゃぁマリー嬢って呼ぶね。」


ヒュウガもヒュウガで馴れ馴れしい。
本当に敬語じゃないし。

2人の会話の一言一言が私の勘に触る。
2人だけの雰囲気とでも言おうか。
私という部外者は入ることさえも許されないとばかりに空気は私にだけ冷たい。


マリーカ様の気持ちはわかる。
きっと好きな人をコンパニオンの私に取られたくないんだろう。
だからヒュウガに関すること、もしくはヒュウガが側にいるときはこんなにも私を敵視しているのだ。

女の子らしいといえばらしいのだけれど、性格が性格なだけに小憎たらしい。

それはいいとしても、ヒュウガの方は全くわからない。
彼が何を考え、何を思っているのか。


私に嫉妬して欲しいのだろか。
そうだとしたらなんて男だと思う。

醜い感情を私に晒して欲しいのかと罵りたい。

何だか急に頭痛までもしだして、私はこめかみ辺りを軽く揉んだ。


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