終
まだ夜は明けず、星が降ってきそうな夜空の下、私はアヤナミさんにシキが閉じ込められているであろう建物の前に無理矢理連れてきてもらっていた。
前に監禁されていた場所にヒュウガ少佐が行ったらしいが、そこはもぬけの殻で、目撃情報などによりこの建物に行き着いたというわけだ。
そのヒュウガ少佐は先程一人で建物の中に入っていった。
私とアヤナミさんたちは一先ず待機中だ。
私は聞いていただけだが、『好きな女だからオレの手で助け出したい』とか何とか言っていたような気がする。
シキが無事だったら今度話してやりたい。
きっと顔を赤くして恥ずかしがり、そして何より喜ぶのだろう。
お願いだ、シキ、無事に帰ってきて欲しい。
祈るように空を見上げると今にでも降ってきそうな星が視界いっぱいに映った。
その中でも一際輝いている一番星。
そういえばアヤナミさんは私を一番星に例えたっけ。と思い出した途端、何だか一番星が愛おしく見えた。
「そう心配そうな顔ばかりすると不幸ばかりがやってくるぞ。」
「わかってますよ。それにしても、これはちょっと大げさじゃないですか?」
私はあの消毒とかいう恥ずかしい行為を受けた後、両手首、そして両足首に『いや、やりすぎだろ。』とツッコミを入れたくなるくらい包帯を巻かれた。
言っておくが、これは単なる擦り傷である。
「お前がホイホイ男について行くからだろうが。」
「いやいや、だから後頭部殴られたって言いましたよね!気絶してたんですよ?!?!」
あ、そういえばあの男の死体回収してもらわなくては。
シキ優先だったから忘れていた。
「どうせ顔が良かったからと油断でもしたんだろうが。」
「し・て・ま・せ・ん!」
そりゃぁ確かに顔は良かったけど、アヤナミさんの美形に見慣れてきた今日この頃、美形アンテナが麻痺してきてるんですから。
この美形アンテナが反応するのはきっともう、アヤナミさん以上に美形だけだろう。
そんな男が簡単に現れるのかどうか怪しいものだ。
「大体彼女がピンチだったんですから助けに来てくれても良かったんじゃないですかー?ヒュウガ少佐みたいに。」
「無茶を言うな。せめて『連れ去られた』くらい知らせろ。」
「いや、無理でしょ!!知らせたら助けに来てくれたんですか?」
「当たり前だろうが。」
「ぅぁ…そ、ですか…」
至極当然のように言われてしまった。
…恥ずかしい。
「あ、ほら、もうそろそろ突入しましょうよ!」
話を変えたくて仕方がない私は、そろそろ10分が経とうとしていることに気がついて声を荒げた。
「うるさい、もう少し待て。」
「でも、」
「待て。」
「なんか犬みたいな扱いなんですけど!」
「気のせいだ、恐らくな。」
「恐らくってなんだ!」
叫ぶと、「うるさい。」と後頭部をポンッと軽く叩かれた。
「ぎゃー!!」
た、たんこぶ叩きやがったこの人。
わざとだ!
絶対今のわざとだ!!
「彼女痛めつけて楽しいんですか?!?!」
「悪くはないな。」
「ぎゃー!また叩いたー!!」
ジンジンとする痛みに抗議しながらも耐えていると、建物の中からヒュウガ少佐とシキが出てきた。
その無事な姿に後頭部の痛みを忘れるくらい嬉しくて半ば駆け足で駆け寄ると、背後でアヤナミさんが突入の指示を出し始めていた。
「勝手に出て行かないで!心配したでしょ!!」
嬉しくて仕方がないのに、口から出たのはこの言葉だった。
シキは少し疲れた顔をして微笑み、「ごめんなさい。」と素直に謝ったが、私はそんな彼女を抱きしめて今度は「無事でよかった…」と呟いた。
「怪我はない?」
「はい。」
「アリスは吸った?」
「はい。」
「とりあえず病院に行って診てもらいなさいね。」
「はい。…名前さん、心配してくれてありがとうございました。」
「いいの…。シキが無事なら。」
もう一度彼女を抱きしめると、ヒュウガ少佐と目があった。
彼は私にウインクをして見せ、私は『よくやった。』とばかりに微笑んでみせる。
それから2人には病院へ行くように言いつけ、私は一人、アヤナミさんの仕事が終わるのを木陰で待っていた。
これでシキを悩ませる事もなくなった。
そしてジュードに裏を取れば私の疑いも晴れるだろう。
遠くからジュードが捕まるのを見ながら、なんだか少しだけ憐れにも見えた。
少し痩せただろうか。
覇気がないようにも見える。
本当は一発殴ろうとさえ思っていたのに、殴る気さえ失せるほどだった。
出てきたばかりの朝日が眩しい。
遠くの空はまだ紫がかっていて、徹夜明けなのにも関わらず、見上げている朝焼けはいつもより随分と清清しく感じた。
そんな清清しい空気を深く吸い込んで息を吐き出していたその時だ、背後から口を塞がれ、ナイフを首元に突きつけられた。
「逃げられると思わないでくれよ。」
クイーンを飲んで死んだはずの男の声がした。
あの時死んだかどうかまでは確かめなかったことを悔やんだ。
どうやら辛うじて助かったらしい。
心臓が警報を鳴らし、冷や汗が一気に溢れ出た。
「この僕を殺そうとしたんだ、助かるとは思っていないよね??」
キツく目を瞑り、ツーと薄く喉を切られたと思ったその瞬間、男が吹き飛んだ。
何が起こったのかと薄く切られた喉を右手で押さえながら振り向くと、すぐ側にはアヤナミさんの姿。
どうやらザイフォンで吹き飛ばしたようだ。
「お前は名前を殺そうとしたんだ、助かるとは思っていないな??」
虫けらでも見ているような瞳で男を見ているアヤナミさんはサーベルを抜いた。
「ちょ、ちょ、待った!無事っ!私無事だからっ!」
さすがに目の前で血生臭い殺し方されては夢見が悪い。
「ほら、ね!」
と微笑んで首元を押さえていた右手を見せると、べっとりと血が付着していた。
「ぎゃー!血、血!」
深く切れていないけれど、血はそれなりにでてきていた。
押さえていた右手も首元も血でベットリとしている。
なんてことだ。
スプラッタもいいとこだ。
アヤナミさんはそんな私を見て、より一層瞳に怒りを宿して、吹き飛ばされた衝撃ですでに気絶している男に近づく。
「だから平気ですって…って、全然平気じゃないけど、平気です!その前に(舐める以外で)手当てしてくださーい!!!」
アヤナミさんの腕を掴んで切実に抱きつくと、アヤナミさんはサーベルを収め、軍隊へ向けて撤収という言葉を告げたと共に私を抱き上げて軍へと戻った。
結局軍医に診せ、首にまで包帯を巻かれてしまった。
何だかこれでは重病人みたいじゃないか。とアヤナミさんの自室に戻ってきて鏡を見るなりうな垂れた。
「平気か?」
「余裕です。」
きっと明日の朝には血だって止まっているだろう。
私は血まみれの服を脱いで、お風呂には入れないのでぬるま湯につけた手拭いで胸元にまで垂れて来ていた血を拭う。
すると横からその手拭いを取られ、アヤナミさんが拭き始めてくれた。
ブラ姿という何とも恥ずかしい姿だが、私は黙ってされるがままになる。
何だか抵抗するのも反応するのも疲れてしまった。
「血生臭いです。」
「我慢しろ。」
しばらく無言で拭いてもらっていると、アヤナミさんが急に私の鎖骨にキスを落とした。
「跡が残らぬといいのだが。」
「平気ですよ。軍医もこれくらいなら大丈夫って言ってたじゃないですか。」
強引なくせに心配性か、と苦笑して彼の頭を撫でる。
撫でているとアヤナミさんの顔が下へ下へと下がっていっていることに気がついた。
「…言っておきますけど、私首切ってるんですからできませんよ。」
「激しくしないようにする。」
「いや、力むと痛いんで無理です。」
拭き終わったようなのでこれ以上変なことをされる前にと焦りながら服を着ると、あからさまに嫌そうな上に残念そうな顔をされてしまった。
「そういえば、私の疑いは晴れました??」
ジュードが捕まって、私は関係ないと裏が取れているのならいいのだけれどと思いながら聞くと、「そうだな。」と素っ気無いお返事が帰ってきた。
「じゃぁ監視もいらないんですね。」
つまり、2人でこうして住むのも終わり…
アヤナミさんはこの話をしたくないとばかりに踵を返した。
が、逃がさないとその腰に抱きつく。
「アヤナミさんが寂しいなら居てあげてもいいですよ?」
「…別に寂しくなどないが、名前がいないと落ち着かないからな。ここに置いてやってもいい。」
「そういうの寂しいっていうんですよ?」
クスリと笑うと、振り向いたアヤナミさんに抱きしめられて額にキスを送られた。
「アヤナミさん、私最近一つ学んだんですよ。」
聞いてください、聞いてください、と子供のようにはしゃぐ。
「ほぅ?何をだ?」
「私は私なりに頑張ろうって。」
「脈略のない会話だな。」
呆れるアヤナミさんに笑顔を返して、そっと瞳を閉じる。
「私、今よりもっと嫉妬されるくらいのイイ女になってみせますから!」
他の星に負けないように、そして貴方に見つけてもらえるように、私は私なりに輝くよ。
なんてったって私は一番星なんだから。
「本当に助けてくれて嬉しかったです。かっこよかったですよ。」
「目の届くところにいろ。そしたらまた守ってやる。」
やっぱり私の美形アンテナはもう貴方にしか反応しないんだろう。
だって貴方ほどかっこいい男性なんて、
貴方以上に好きになる男性なんてどこにもいないんだもの。
もしいたとしても、貴方の強引さと優しさに私の美形アンテナは独占されているから。
「はい、そうします。」
だからどうぞ、これからもよろしく。
END
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