04
「…睡眠取られて来たんですよね?どうしてそう疲れた顔なさってるんですか?」
純粋に首を傾げるシキに、「うん、まぁいろいろあってさ。」と適当に相槌を打って新薬の開発に集中する。
何だろう、何でだろう。
研究してる方が落ち着くってどういうことだろう。
そんな仕事馬鹿になった覚えは全くないんだけど。
この新薬作りのキリがいいところでまたあの部屋に帰らないといけないと考えただけで、疲れが2、3倍に増えていくような気がする。
しかしまぁ、楽しい時間ほどあっという間に過ぎていくもので、気がつけば夕方になっていた。
「名前さん、ちょうどキリもいいですし、今日は早めに上がりましょうか。」
「……あー…私はもうちょっとしてくから、シキは皆と先に上がって。片付けはするからいいよ。」
「わかりました…。でも名前さんもお疲れの様子ですし、早めに上がられてくださいね。」
「うんうん。おつかれー。」
お疲れ様でした、と研究室を出て行く皆に手を振って、扉が閉まったのを確認するなり一人で片づけをし始める。
決めた。
今日は仮眠室で寝よう。
皆の物置部屋と化している汚い仮眠室だけど、適当に物を退かしさえすれば寝るスペースくらいは確保できるだろう。
今は夕方だから、アヤナミ参謀はまだ仕事中だろうか。
なら今のうちにシャワーくらいは部屋で浴びて、それでビール片手に仮眠室に行こう。
ナイスな考えだぞ、私。
って思ってたのに…思ってたのに!!
シャワー室から出るとアヤナミ参謀がちょうど帰ってきたようで上着を脱いでいた。
「帰ってたのか。」
「…まぁ、ハイ。お疲れさまです。」
目を合わせないようにしてそそくさと冷蔵庫の前に行きビールを取り出す。
昨日入れたビールはいい具合に冷えていて、喉がゴクリと鳴った。
濡れたままの髪が冷たい雫となって床へ落ちてゆく。
肩に乗せていたタオルでもう一度拭ってプルタブを開けた。
それを半分ほどまで飲み、さて、これからどうするかと考える。
本来なら顔を合わせないまま仮眠室に行く予定だったのだが、会ってしまった。
会ってしまったらどうこの部屋から逃げるべきか、上手い言い訳が思い浮かばない。
かといってこのまま2人でこの部屋にいるのも辛い。
ならばすべき事は一つ。
「よし、」
与えられた部屋に引き篭もろう。と踵を返すと、あろうことかすぐ後ろにアヤナミ参謀は立っていたらしく、勢い余ってぶつかってしまった。
「うぷっ、」
鼻が潰れた。
痛い、とビールを持っていない片手で顔を覆うと、「大丈夫か。」と顔を覗き込まれた。
「ぎゃー!!その顔で近寄らないでー!!」
ゴキブリ並みに素早くササササっと退くと、冷蔵庫に背中が当たった。
まずい。
逃げ道はアヤナミ参謀に塞がれている。
しかも今私なんて叫んだ?!?!
つい本音が!!
「……ほぅ?」
アヤナミ参謀はスッと目を細めて一歩歩みを縮めた。
ぅあ、この人すごくいい匂いする!
だけど近寄らないでー!!
「顔が不満か?」
「いやいや、とんでもない。」
あっ、ここでも本音が!!
不満とか正反対ですけど。
むしろかなりの美形でかなりアンテナ働いてるんですけど。
でも私はもう美形は好きにならないって決めたんだ。
だから、だから、…
「先程から目を合わせぬな。」
「それはですね、あの、貴方様があまりにも美形すぎてですね。イヤイヤ、ホント近寄らないでください。それ以上近づいたら、」
「近づいたら?」
アヤナミ参謀はそういって私の顔の横に手をついて顔を近づけた。
「っっっっ〜〜〜〜〜!!!」
近いっ!
近いっ!
近い〜〜〜!!!
「し、舌っ、舌噛み切ります!ほら、アヤナミ参謀も監視してた女に自害されたら監督不行届もので迷惑でしょ?!?!だから、」
「ならば、その口を塞いでしまうまでだな。」
尚も顔を近づけてくるアヤナミ参謀の胸板を押すが、びくりともしない。
むしろ左手に持っている缶ビールが邪魔だ。
「いっその事今塞いでしまおうか。」
「っっ、セ、セクハラです!」
「嫌なら拒むといい。拒まぬというのならそれは合意の上だ。」
「拒んでます!拒んでますって!」
必死に胸板を押すが、顔は近づいてくるばかりだ。
「そんなもの拒んでいるとは言えぬな。例えば、その持っている残りのビールをかけるくらいは。」
できるかー!!
美形の頭、顔にそんなことできるわけないでしょー!!
「ほら、どうした。」
「っ、」
すでに瞳を閉じているアヤナミ参謀の唇が言葉を発するたびに私の唇に息がかかる。
それくらい近くて…
「…っ、」
私は持っていた缶ビールを高く上げて、アヤナミ参謀の頭にぶつけた。
ゴンッという鈍い音が少しだけしただけの軽い一撃だったが、私が顔を真っ赤にして涙目になっているのを目にしたのか、アヤナミ参謀は顔を離した。
「泣くほど嫌か。」
「ちがっ、そういうのじゃなくて、もう…そっとしておいてください。弄ばれるのはもうゴメンなんです。傷つかないとでも思ってるんですか?私だって、私、だって…たくさん傷つくんですから。」
ポロポロと零れてゆく涙を服の袖で拭っていると、その腕を掴んだアヤナミ参謀はそっと赤くなった目尻にキスを落とした。
「勘違いするな。弄んでいるわけではない。私をそこらへんの虫けらと一緒にするな。」
「うそだ。」
「嘘ではない。好きだと言っているだろうが。」
「言ってない!初めて聞いた!」
「行動で示しているだろう。」
「わかるかっ!!!」
思いっきり叫ぶと何だか気分がすっきりとしてきた。
告白か?
今の告白なのか??
全然そんな雰囲気じゃないのに?
私はズルズルと冷蔵庫伝いに座り込んで膝を立てた。
ビールの缶を床に置いて、立てた膝に顔を埋める。
「…私のどこが好きか全然わかんないんですけど。」
「そうだな。私もイマイチわからない。」
「…喧嘩売ってんですか。」
「いやそういうわけではないのだが。魅かれたきっかけといえば、誰かを助けるために四苦八苦している時の表情とか、そうだな…後は、誰よりも努力をしているのにそれを億尾にもださないところだな。」
「……見てたんですか?ストーカーですか?」
「Aチームのリーダーであるお前を軍人なら誰だって知っている。いつだったか、偶然お前が研究に没頭してるところを見かけてな。それからだ。」
アヤナミ参謀の手のひらが頬に触れて、顔を上げされられた。
昨日も同じことをされた。
今日の夜もこの頬の感触を忘れられなくて眠れなくなるのだろうか。
「一つ聞かせてくれ。」
美形が眩しい。
「何です?」
「私を好きか?」
何とも答えにくい質問だった。
好きと聞かれたら好きなのかなぁ??と思うけれど、嫌いと聞かれたら嫌いでは…ないかな、と思うのだが今の正直な気持ちが、
「……とりあえず、顔は。」
顔は文句なしに好みです。
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