05




『ごめん、もうギブ、あがるわ。』


シキにそう言って仕事から上がったのは約3時間前。
ベッドに入ったのが2時間前。

つまりかれこれ2時間もベッドの上でゴロゴロしているということになる。


「…眠れない。」


ポツリと何度目かの呟きを漏らすが誰も答えてはくれない。
アヤナミ参謀長官が先程帰ってきたようで扉の奥からは物音が微かに聞こえている。

この物音が気になって眠れないわけではない。
むしろ誰かがいるという安心感さえ覚えるのだけれど、どうも眠れないのだ。

カーテンを捲って空を見上げると月は真上。
満天の星空さえ今の暗闇に慣れた目には眩しかった。

喉渇いたな…と思ってヘッドテーブルのミネラルウォーターを手に取ったがそれは空。
そういえばさっき飲み干したんだった、と思い出してベッドから起き上がる。

スリッパを履いてパタパタと音を立てながら歩き、扉を開けると丁度お風呂上りのアヤナミ参謀長官と目があった。


「起こしたか?」

「起きてましたから平気です。」


リビングに行き、空のペットボトルを捨ててコップに水を半分ほど汲んで飲み干した。


「眠れないのか?」

「まぁ、ハイ。」


コップを軽く濯いで脇に置き、また寝ようとするとアヤナミ参謀に手を掴まれた。


お風呂上りだからだろうか、とても温かい。


「来い。」


手を引っ張られて向かう先はアヤナミ参謀の寝室だ。

いや、いやいやいやいや。
いくら顔が好みだからといってもですね、私達付き合ってるわけじゃないですし、この前『好きか?』と聞かれて『とりあえず顔は』と答えたけれども、いやいやいやいや。


「さすがにそれはちょっと。」


アヤナミ参謀の寝室へは入ったことがない。
それは互いのプライベートというか、暗黙の了解だった。

なのに私はこの人の寝室に入ってしまっていいのだろうか。

いい訳がない。
入って私にどうしろというんだ。


「何を勘違いしている。」


馬鹿にしたような瞳で見られて、目を逸らした。
いや、寝室に連れられてこられたら誰だって勘違いしますって。


ベッドにまで引きずられるように連れて行かれ、「寝ろ」と命令にも似た言葉を投げられる。

ないないないない。と拒絶しまくっていると、痺れを切らしたのか私を抱き上げてベッドに放り投げた。


「ぅ、ぎゃ、」


次いで隣に横になったアヤナミ参謀は私に布団をかけてくれた。


何だこの布団は。
私の布団の何倍もふかふかじゃないか。


少しだけ感激していると、頭の下に彼の腕が差し込まれて腕枕状態に。

彼氏か、この人は。と内心ツッコミを入れながらも、本当に手を出す気はないようで大人しくしている。

触れている箇所からじんわりと温もりが伝わってくる。


「私、アヤナミ参謀にこういうことをしてもらう権利なんてないですけど。」

「私に好かれているという段階で権利は十分すぎるほどあると思うが?」

「…自己評価、高いですね。アヤナミ参謀が私好みの顔じゃなかったら即行で警察呼んでますよ。」

「お前いると、この顔でよかったとしみじみ思うな。」

「でしょうね。」


2人で住み始めて何だかんだと1週間近くが経っているが、こうして顔を会わせてしゃべるのは何日ぶりだろうと考える。
お互い忙しい身だ。
アヤナミ参謀は参謀長官だし、私は新薬の開発中な上にAチームのリーダーなわけで。


「疲れすぎて眠れないのか?それとも悩み事か?」

「多分前者ですね。最近疲れていたので。」


強いようで、弱い精神だ。
私の精神はチキンなんだとチームの皆に言ったら、それこそ笑い飛ばされそうだけど。


「アヤナミ参謀、温かいですね。何か眠たくなってきましたよ。」

「そうか。そのまま寝てしまえ。」

「頼みの綱の睡眠導入剤切らしてたから助かりました。」

「そんなもの使うくらいならこうして体温を分けてやる。いつでも呼べ。」

「何だか彼氏みたいですよ、アヤナミ参謀。」

「私はそうなりたいと言っているだろう??」


抱き寄せられて髪を梳かれる。
まるで行為の後のような甘さがそこにはあった。


「もう美形はこりごりです。」

「そういうのは私と付き合ってみてから言え。」


引けば引くほど押される。
今までは私が男に対して押しっぱなしだったから、不思議な気分だ。

まずい…この奇妙だけどもざわざわとする心は何だ。
懐柔されてしまいそうだ。

美形はもういい、という私の決心が揺らぐ。

たった一週間共に過ごしているだけなのに、どうしてこの人はこんなにも私の中に入ってくるのか。


「あの、私よりもっと可愛い女も、性格のいい女もたくさんいるんですよ?何も『もう美形は嫌。』なんて言ってる面倒な女をわざわざ選ばなくてもいいんじゃ…と私は思うわけで、っんんッ!!」


自嘲気味に笑いながら言っていると、急にその口を塞がれた。
それも手なんかではなく、アヤナミ参謀の唇で。

それは触れるだけでは収まらず、驚いて開いていた私の口内へと無遠慮に入ってきた。
舌を絡ませられ、甘い刺激を与えられる。

そっと唇が離されたと思ったら、真っ直ぐに見つめられた。
その瞳には微かに怒りさえ孕んでいるように見える。


「今の言葉は私だけでなくお前自身も軽んじている発言だな。気に食わぬ。」

「手、手ださないって!」

「手は出していない。口は出したがな。」

「屁理屈!」

「そんなことよりお前は自己評価が低いな。」


だって…だって、私はあの時自分のプライドをへし折られたのだ。

好きだった人に裏切られた挙句、アリスを作れと強制されたその瞬間に。
ひっそりと自分の中にあった自尊心とか矜持とか、そんなものは消え去るくらいの威力はあった。


「…だからってキスして黙らせなくても……」


ブツブツと文句を言うが、全てスルーされてしまった。
アヤナミ参謀は先程まで怒りを浮かべていた瞳をいつも通りにして私を抱きしめる。


「一つ思うのだが。」

「何でしょう。」

「顔が好みならそれでいいのではないか?」

「は?」

「顔が好みだからと付き合う人間は大勢いる。その中の2人になってもいいのではないかと言っているのだ。」

「…いや、だから、私が今どうして悩んでるか知ってますよね??私はもう美形に散々な目に合わされてきたから美形は嫌って言ってるのに。」

「誓ってやる。」

「何をです?」


アヤナミ参謀は一体何を言っているのだろうか。
あぁ、頭がグルグルしてきた!!


「一生名前を愛すると。」

「ぅ、ぁ…は??付き合ってもないのに何プロポーズみたいなセリフ言ってんですか。」

「別にそれでも構わないが?どうせいつか結婚するのであれば今しても変わりはないだろう。」

「そ、それは私達が付き合ってたらの話!」


考えて!
私達はただ監視する者と監視されてる者なだけ!


「なら付き合うか。」

「人の話を聞けー!!」


疲れる。
なんで仕事以上に疲れてるんだ私は。

もういい。
キレた。
ぶちギレた。


「わかりました、付き合おうじゃないですか!!ですが!私の無実が証明されるまでの間限定です。それまでに私がアヤナミ参謀に落ちなかったら、その時はこの話はなかったことにしましょう。先に言っておきますけど、キス以上はダメですからね!」

「お前、私に恋愛のままごとをさせるつもりか?」

「嫌なら結構。」

「………仕方ない。」


アヤナミ参謀は渋々といった感じで頷いた。


「名前、覚悟しておけ。」


あ…今、初めて名前呼んだ………


「の、望むところです。」





「おはよう、シキ…」

「…あの、どうして休まれるたびに最近お疲れなんですか??」

「うん、まぁ、何か厄介なのに懐かれて…。」


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