シンデレラと狼




私のご主人様は


「名前」

「何?」

「名前、こちらへ来い」

「今手が離せませーん。」

「名前。」

「殺気出さないでよ!」


怜悧冷徹冷酷天上天下唯我独尊俺様です。


「何か用?」


机の下から出てアヤナミの前に立つと、アヤナミは訝しげに眉を顰めた。


「そんなところで何をしていた。」

「クロユリと二人で鬼ごっこしてるから隠れてた。」

「仕事は。」

「終わった。」

「なら次の仕事を…、」

「もう夜の11時過ぎですけど。まださせるつもりかふざけんな。」

「この時間に鬼ごっこをしているお前もお前だ。」


窓から見えるのはまん丸大きいお月様。
私がこの人に連れ去られて早半月…。
随分この人にも慣れた。


「アヤナミ、そろそろ寝ないと死ぬよ。」

「少しの寝不足如きで死なぬ。馬鹿か貴様は。」

「魔法使いです。」

「馬鹿だな。」

「馬鹿はアヤナミ。」

「主に向かってその口の利き方はどうかと思うがな。」

「じゃぁ、」


私はピンと背筋を正してニコッと笑った。


「ご主人様、もうご就寝なさらないと私心配ですわ。」


……


「シカト?!まさかのシカト?!?!」


私にここまでさせておきながら……
恥ずかしい!なんか妙に恥ずかしいぞ!!


「もうアヤナミなんて知らな、」

「あー名前見っけー!」


やば、鬼(クロユリ)が来た!!


「先に帰ってるから!」

「廊下を走るな。」


クロユリから逃げ走りながら私はアヤナミの忠告を無視して執務室を後にした。


「…心配、か。」


アヤナミがもらした言葉に、意味のわからないクロユリは内心首を傾げた。




***




「ぅ、わぁっ、ぎゃぁぁっ!」


クロユリに追われている最中、階段から転げ落ちた。
おかげで右足の靴が脱げ、階段の途中に転がっている。


「名前、大丈夫?!」

「いったぁ〜。大丈夫、怪我してないし。」


ゆっくりと上半身を起こした。
階段の上にはポツンと置き去りの靴。


「よかったぁ〜、はい、タッチ。」

「あぁぁ!!今の卑怯だよクロユリ!」

「じゃ、ボクの勝ちね♪あ、この飴あげる。」

「こんなにいっぱい?!あ、ありがと…」


両手だけでは収まらないからポケットに必死に詰めた。


「さっきね、いっぱいもらったんだ。だからお裾分け!じゃぁね、おやすみ名前〜。」


クロユリはもう眠たいとばかりに早々に去っていった。

鬼ごっこしようと言い出したのはクロユリのほうなのに薄情…。


「よっこら、せぇ?!」


立ち上がろうとすると、足首が痛かったせいでヘンな声がでた。


「……マジで?」


これが足を挫くってことなのだろうか。
日頃浮くのが主だから挫いたのなんて初めてだ。


「痛い…歩けない…」


こんなに痛いんだ…。
なんか腫れてきたかも。
痛い、泣きそう。


「誰か…」


クロユリはもういないし、人も通らない。
部屋まではすぐそこだし、と私はふわりと浮いて部屋まで戻った。




***




その場を名前が去ったすぐ、自室に戻るアヤナミがその場を通った。
不可思議にも階段に靴が一足転がっているのを発見する。
それも右足だけという。


「…」


アヤナミにはその靴に見覚えがあった。
しかし何故こんなところにあるのだろうか。
いくら考えても答えはでない。

アヤナミはため息を吐くとその靴を拾い、自室に戻った。




***




「ぇっ、ふ、ぅっ…」


みるみるうちに腫れていく右足にとてつもない痛みを感じて、ベッドに座ってでてくる涙を拭っていると、アヤナミが帰ってきた。


「名前、この靴は確かお前の…、」


目を真っ赤にして泣いている私を目の当たりにしたアヤナミはびっくりしたのか、一度瞠目すると赤く腫れている右足首と自分の持っている靴も交互に見て、何かを悟ったのかため息を吐いた。


「廊下ではなく階段で走るなと注意するべきだったか。」

「ア、ヤナミっ、なんか足、痛い。」


子供のようにボロボロと涙を流せば、ティッシュを箱ごと手渡された。


「魔法で治せないのか?」

「人のは治せるけど自分の怪我は無理なの。」


涙を拭いてズビーと盛大に鼻をかむと、アヤナミは床に肩膝をついて私の右足に触れた。


「泣くほどだから折れているかと思ったが捻挫だけのようだな。一体どこのマヌケなシンデレラだ。」

「折れてる!絶対これ折れてる!ちゃんと見てよ!折れてるよ!折れてる折れてる折れてる!」

「湿布を貼ってやるから大人しくしておけ。主に口のほう。」


ひどい言いようとは逆に、アヤナミは優しく私の右足に触れるとゆっくりと湿布を貼ってくれた。

目の前にはふわりとアヤナミの髪の毛。
なんだか無性に触りたくなって、よしよしと撫でると、嫌そうに目を細められた。

睨んでいるとはいえ、その顔の端正なこと。
これほどまで近くで眺めたことがあっただろうか。


「なんだ。」

「アヤナミ、今日優しい。」

「黙れ。」


ホントのことなのにね。
私はニコッと笑って「ありがとう」とお礼を言うと、そのまま後ろに倒れこんだ。
泣き疲れた。


「私、優しいアヤナミの方が好き。」


怖いアヤナミは嫌い。と内心呟くと、アヤナミが私の上に覆いかぶさってきた。


「アヤナミ?」


アヤナミは私の顔の横に肘をつくと、顔を近づけてきた。
今度はしゃべることさえ躊躇ってしまうような距離だ。

互いの息が掛かる。
浅い呼吸を数回繰り返すと、アヤナミは私の唇に自分の唇を押し当てた。

数秒はそのままだった。
柔らかい唇。
互いに開いたままの瞳。
時が止まるというのはこういうことなのだと知った瞬間だった。


「ん…」


そっと唇が離され、アヤナミは私の上から退けると、何も言わずにシャワーを浴びに浴室へと入っていった。
一人残された私は右手の中指で唇を撫でた。

今…確かにキス、した。
温かい、キス。
どうしてか嬉しかった。
ただ重ねただけなのに、気持ちがよかった。

どうしよう…私、アヤナミのこと…好きなんだ。
優しいアヤナミが好きなんじゃなくて、アヤナミが好きなんだ。
たまに怖いけど、それでも、私はアヤナミのことが好き…。
好き……。

まだ、ドキドキしてる。



大魔王?
いえ、優しい狼です。


- 5 -

back next
index
ALICE+