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「な、なんでいるの?!?!?!?!」
ガタリ、と扉にぶつかりながら叫ぶと、名前は少し罰が悪そうに笑って、「名前ちゃんだー」と近づいてゆく少佐に挨拶をする。
場所がどうであれ、名前がいるだけで場が和むのはきっと気のせいじゃないだろう。
いやしかし、和んでいる場合じゃないと自分に言い聞かせる。
一体何なんだこの状況は。
僕は名前に職業のことについて言った覚えはないし、むしろ避けて通ってきたはずだ。
なのにある日突然前触れもなく名前が僕の職場に居て、3時のおやつに食べたカツラギさんの手作り饅頭を食べていた様子に、今まで自分が隠し通してきたものが一気に崩れさる音が聞こえた。
「名前ちゃん久しぶりだねぇ♪」
「3日ぶりじゃないですか。」
2人の会話にいろいろとツッコミたい。
何でボクは1週間以上も名前に会っていないのに、少佐が会っているんだと。
どうせ僕がシェアしている部屋の方へ帰らないから興味本位で名前に偶然を装って近づいたに違いない。
少佐が花なんて買うところ想像もつかないし。
アヤナミ様ならそりゃもう深紅の薔薇とか至極似合うかもしれないけれど…。
「コナツさんは…久しぶり、ですよね。」
「…あ、…うん。」
会いたくて、でも会い辛くて、だけどやっぱり会いたかった名前が目の前にいて、真っ直ぐに彼女を見つめると心が熱くなった。
たった2週間会っていないだけなのに、名前はまた綺麗になったと思う。
たった2週間、されど2週間だ。
遠征で1ヶ月、3か月と会わない日がこれから先あるだろうけれど、そんな日が来たら僕は名前に会えない寂しさで死んでしまうんじゃないだろうか。
少佐にこんなことを思ってるとバレたら腹を抱えて笑われそうだけれど、それくらい好きなんだ、名前が。
冗談なんかじゃなくてさ。
今度名前がリビングで転寝している時にでもこっそり写真でも撮っておこうかな、と9割9分9厘本気で思った。
「この子が例の名前?ボククロユリだよ、よろしくね。」
「はじめまして、名前=名字です、コナツさんにはいつもお世話になってます!」
名前の笑顔が中佐に向けられたことが何だか面白くない。
しかも「よくコナツのお世話してるー」と天使のような笑顔で名前に嘘っぱちを吐く中佐に瞼が痙攣した。
全然お世話された覚えがないんですが中佐。
会議の前に僕の机にコーヒー溢して書類を数枚ダメにした人が言うセリフではないはずです。
名前、その人の天使の笑顔に騙されないでよね。
天使の仮面の下にはそれはもう少佐並みに手に負えない悪魔が潜んでるんだから。
「名前、ちょっと2人で話ししたい。」
ここに居たらいつまで経っても会話が成り立たない。
名前の手を取って、少佐に机の上の書類を済ませるように告げると、半ば引っ張る形で名前を執務室から連れ出した。
今の時間帯は中庭なら誰もいないだろうと踏んで歩き出す。
「何でここにいるの?」
「花屋の配達です。店長の代わりに今日は私が来たんですけど、お届けした帰りにコナツさんを遠くから見かけて……はい、見かけました。」
言葉を濁した名前を横目で見ながら「で?」と続きを促す。
だって見かけただけならアヤナミ様にお客様として執務室に通されたりなんてしないだろうし。
「…怒らないでくださいね?」
「ボクが名前に怒った事なんてないよ?」
「そうなんですけど…、その、…すぐにコナツさんが角を曲がって見えなくなったんですけど、本当にコナツさんかどうか確かめたくって建物の中まで追いかけたら知らない強面の軍人さんに捕まりまして……」
「え、何、捕まったの?!?!」
「でも安心してください!すぐ横を通りかかったアヤナミ参謀が助けてくださったんです!」
「全然安心できないから!何軍の中にまで入って来てるの!アヤナミ様がいなかったら今頃名前独房行きだよ?!最悪ごうも、…」
拷問だってされたかもしれないのに!!と続く言葉を咄嗟に飲み込んだ。
ただでさえ『独房行き』で日頃血色のいい顔色が真っ青になったのに、更に追い詰めようとしてどうする自分。
「ごうも??」
「……何でもないから。」
中庭に足を踏み入れて首を傾げている名前の手を離し、そっと抱きしめた。
「とにかく、…無事でよかった。」
華奢な体を抱きしめるこの腕の力加減を少しでも間違えたら、きっと名前は苦しい思いをするだろう。
細心の注意を払って優しく抱きしめ、体を離すと名前は面白いくらいに顔を真っ赤にしていた。
青くなったり赤くなったり、忙しい顔色の名前が笑みを溢せば安堵感が更に増す。
「僕がブラックホークで驚いたでしょ。」
「はい。あの執務室の雰囲気にたじたじでしたよ。」
さっきまでの自分を思い出すようにして小さく笑った名前に「ボクの事怖くない?」と尋ねると、彼女は畏怖の色なんて微塵も見せない顔色で笑みを濃くした。
「もちろんです!」
胸を張って言う名前はどこか自慢げで嘘の一片も見えない。
名前はどこまでも眩しくて、つと目を細めて少しだけ微笑を浮かべた。
「そっか。」
名前が『怖くない』と答えることは何となく気付いていた。
名前のことを知っていくたびに、彼女がそんな理由で僕を怖がらないことなんてわかりきっていたのに、それでも言い出せなかったのはきっと自分が臆病だから。
ほんの1%でさえも嫌われる確立があるのが怖かった。
「当たり前ですよ!コナツさんが私に親切にしてくれたことは数え切れないほどあっても、暴言や暴力を振るわれたことなんて一度もないんですから。感謝してもし尽くせないくらいなんですから全然怖くなんてないです!コナツさんが職業の事で黙っていた理由って、…私が怖がるかもしれないと思ったからですよね?」
「そうだね。」
「安心してください。私はコナツさんが優しい事を知ってます。それが私の中の真実なんです。」
名前が笑うたびに何故か救われたような気分になるのはどうしてだろうか。
誰かを殺しても、購うつもりも後悔するつもりもないのに、砂漠に降る雨のようにスッと名前の優しさや笑顔が染み込んでいく。
何度この笑顔で救われたことか、名前はきっと知らないだろう。
感謝してもし尽くせないのは僕の方なのに。
「名前、好きだよ。」
ごく自然と僕の口から出た言葉に、大きな瞳をくるりと丸くさせた名前をまた抱き寄せる。
相変わらず抵抗はなくて、まるで自分の全てが受け入れられているような気がして充足感に満たされた。
「あの、わ、わた、し、もっ、すき、ですっ」
何度も声が裏返っているのに、恥ずかしさの中必死に想いを伝えようとしてくれる名前が愛しくて、赤くなっている彼女の頬に小さくキスを落とした。
何だか今軍内を全速力で走りたい。
それくらい名前の応えが嬉しくて、今にも気持ちが溢れ出そうだ。
このまま力の限り抱きしめて離したくないのに、まだ仕事が残っていることをふと思い出す。
馬鹿みたいに真面目な性格のせいか、そろそろ少佐が仕事をしてくれているのか気になってきた。
99%どころか100%仕事なんてしていないのはわかりきっているのだが、それでも今はまだ名前を手放したくない気持ちが強くて、一人心の内で葛藤する。
「今日は帰るから。」
「は、はい!待ってますね!」
「ポトフが食べたい。」
「とびっきりおいしいの作っておきます!」
「まだ仕事中だから…門まで送るよ。」
これであと数分は名前と一緒にいられるだろう。
名前の待つ家に急いで帰るためにはここで分かれた方が効率が良かったのかもしれないけれど、今はこの雰囲気を感じていたかった。
どちらからともなく手を握って、すでに暗くなった夜空の下を走り出したい気持ちを抑えてひどくゆっくり歩き出した。
まるで今の僕らの関係のように。
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