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いつもならこの時間帯になれば眠気眼を擦りながら名前が「おはよう」とリビングに顔を出す。
朝日にも負けないその笑顔を朝一番に、そして誰よりも最初に僕に向けていることに充実感を感じる今日この頃。

軍での規則正しい生活のせいか、はたまた少佐を起こしにいかないといけないというつかなくていい癖というか6時起床が身についているため、基本的には名前より先に起きて2人分のコーヒーを淹れたくらいに名前が起きてきて朝食を作ってくれるのだが…。
名前の起床時間の6時30分はすでに10分を過ぎている。

時計を見て、リビングの扉を見る。
それから手元のコーヒーを啜って、また時計を見て、リビングの扉を…とこれをかれこれ数十回は繰り返しているのだが、名前が起きてくる気配は一向にない。

名前の為に淹れたコーヒーもそろそろ温くなってきていて、湯気はとうに立たなくなった。

秒針と長針が動くのをジッと見て、15分が経過したところで珍しく寝坊している様子の名前を起こすために腰を上げた。

僕としては毎日の仕事で疲れているんだろうし、寝かせてあげたいのは山々なのだが、寝坊して遅刻すると困るのは名前である。


リビングの扉を開けて、名前のプライベートルームの前で立ち止まると、控えめに扉をノックした。


「名前、起きてる?朝だよ?」


返事はない。
これは完璧夢の中みたいだと苦笑して、今度は起こす気でもう一度ノックをした。


「名前、起きて。仕事遅刻するよ?」


酔っ払って眠ってしまった名前を部屋に運んだ際に不可抗力で彼女の部屋に入ったことはあるが、それ以来はやはり互いのプライベートな空間は必要だろうと一歩も足を踏み入れたりはしていない。
それ故にとても入りづらいのだが、未だ返事を返さない名前を本格的に起こしてあげた方がいいのではないかと考え始める。


「名前?入るよ??」


いくらなんでもこれほど声を掛けているのにうんともすんとも言わない名前に懸念を抱き始めた僕は、躊躇いがちに扉を開けた。

カーテンからは遮れないほどの太陽の光が入ってきている部屋の片隅にあるベッドで、名前はこちら側を向いて眠っていた。
少し荒い息が聞こえ、見れば顔が抱き寄せた時のように赤い。

もしかして、と足早に近寄り、彼女の額に手を当てるとそれは案の定熱かった。
肩からずり下がっている布団をかけてやり、一度彼女の部屋を後にする。
確かここに直してたはずだと、リビングの一角にある引き出しから体温計を引っ張り出して、また名前の部屋に戻る。


「ぅ…ん……」

「名前、」


間近で声を掛けると、彼女の瞳がゆっくりと開く。
ボーっとしているとはいえど、「コナツさん…?」と言葉を発する辺りしっかりとしゃべれるようだ。


「名前、熱測れる?」


潤んだ瞳で瞬きをし、それからゆっくりと頷いた名前が起き上がろうとするので、背中に腕を回してあげながら起こしてあげると、僕の手から体温計を受け取った名前は覚束ない手つきでパジャマのボタンを恥らう様子もなく開け始めた。
いつもならただキスするだけでも顔を赤くする名前なのに、まさかの大胆な行動。

ダメだ、これはもう熱高いな。と体温を測る前に名前の動作で悟った僕は、それとなく彼女から目を逸らしながら思った。

名前と恋人になって1ヶ月、特に名前の胸元だろうと裸だろうと僕には見てもいい権利がそれなりにあると思うのだが、キスで恥らう名前がこの出来事を覚えていたらさぞかし羞恥で転がりまわるだろうことはわかりきっていた。
熱が下がりきった頃、僕からのほんの些細な気遣いにきっと彼女は気付くだろう。


「コナツさん…」


か細い声が聞こえ逸らしていた目線を彼女に向けると、体温計を差し出された。
すでにパジャマのボタンを嵌めた彼女はポスッと後ろに倒れ、グッタリと四肢を投げ出している。
それもそうか、この熱なのだから辛いのだろう。


「名前38℃熱あるよ。体調悪いなら仕事休む?」

「…仕事…そうだ、仕事…行かなきゃ……」


うわ言のように言い始める名前はすでに半分夢の中だ。
しかしまだ若干残っている様子の理性は、熱や疲れには勝てず、彼女はそのまま寝入ってしまった。

体温計は枕元に置き、布団を肩まで掛けて名前の部屋を後にする。

この様子だと仕事にも行けないようだ。
仮に着替え始めたらベッドに縛り付けてでも寝かせようとは思っていたため手間が省けた。

まずは花屋に名前が休む旨を伝えなければならない。

万が一のために花屋の電話番号を携帯に登録していた自分の準備のよさに満足しながら、花屋へと電話を掛けた。


『はい、お電話ありがとうございますフルールです。』


あの花屋はフルールというのか、と今更知る。
確か遠い国の言葉で『花』という意味だったか。


「すみません、名前とルームシェアをしているコナツといいます。」

『え?!あぁ!話には聞いてるわ。いつも名前ちゃんにはお世話になってるのよ。』

「いえ、僕の方こそ迷惑かけっぱなしで…。それでですね、その、名前が今朝から熱を出していまして、」

『あら大変!今日、明日は気にせず休んでちょうだいって伝えてもらえる?電話できないほど辛いんでしょう?』

「はい、気絶するように眠ってしまって。恐らく少し熱が下がったら自分で電話してくると思うんですが。」

『気にしなくていいのよ。それよりも看病に行ったほうがいいかしら?!』

「いえ、今日は僕がついておきます。」

『そう?ならよろしくね。お大事にと伝えてね。』


名前から話しは聞いていたが、感じのいい店長さんで、あっさりと了承も取れてお礼を言いながら携帯を切る。
さて今度は僕が職場に休む旨を伝えないといけない。

少佐にあの書類をしてもらうように言って、それから…。と伝えない事を頭の中で整理しつつもキッチンに立っておかゆを炊く準備を進める。

少佐には『コナツってば味覚オンチ』とよく言われるが、おかゆくらい平気だろうと踏んで鍋に米と水を入れて火に掛ける。
そこまでしてようやっと職場に電話をかけることができた。

少佐に電話をすると『寝込み襲わないようにね☆』とか何とか言われそうだったので、カツラギ大佐に休む旨を伝えると、快く承諾してくれて彼の懐の大きさに泣きたくなった。
そこで気付かれる。
ご飯はどうするのか、と。
『あ、ちょうど今おかゆを作ってるんです。』と言えば、絶句された後、1から10まで事細かくおかゆの作り方を教えられた。
そこまで信用ないのか、と肩を落とすも、見た目もおいしそうなお粥ができあがる。
何より焦げてないし色がちゃんと白だから、きっと味も大丈夫だろう。

電話を切り、土鍋で炊いたお粥と市販の薬を持って名前の部屋に入った。
そろそろ名前の部屋に入ることに抵抗がなくなってきたな、といいのか悪いのか思い始めながらも、机に備えられていた椅子を借りてベッドの側に座る。

魘されているのか、何度も寝返りを打つ名前は見ていてなんとも辛そうだ。
代わってあげられるならいくらでも代わってあげるのに。


「名前、おかゆ作ったから、できるだけ食べて。」


薬を飲むためにも、眠っているところ悪いが一度起きてもらう。

寝起きの名前の愛らしさに、いつか一緒に朝を迎えられたらな…と邪な考えが浮かんだ。
年頃の男だったら誰でも思うことだろうし、別に僕たちの関係でおかしなことなんて何一つない。


「コナツさんが作ったんですか?」

「うーん、まぁ、そうなるかな。カツラギ大佐に教えてもらいながらだけどね。」

「それでもコナツさんが作ったことに変わりないじゃないですか。」


嬉しいです。と力なく笑った名前は一体どこの天使かと見間違えるほどで、『今日、理性持つかな…』と非常に心配になった。




***




そして、見事に理性は勝った。


「いやーもうホントご迷惑おかけしました。」


2日後、すっかり熱が下がった名前は、さすがに3日も休めなかった僕が職場から帰って来るなりそれはもう深々と頭を下げた。
机の上にはおいしそうな料理が並んでいて、もうすっかり良くなったようだ。

2日間は理性との戦いに明け暮れる日々だったが、ようやくそれも終わりを告げた。
熱に浮かされていて色っぽかった名前もよかったが、それはまぁいつかベッドの上で見るとして。
今はとにかく名前にもっと触れたいという願望が胸の中を渦巻いていた。


「僕こそごめんね、今日は休めなくてさ。」

「いえいえ!2日も休んでもらったのに!…お仕事、大丈夫でしたか?」

「そこそこかな。アヤナミ様が縛り付けてでも少佐に仕事させてたらしいから、思ってたよりひどくなかったよ。」


名前がブラックホークの執務室にいた日、つまり僕が名前の職業がバレた日以来、僕はわざわざ着替えることを止めて軍服のまま帰宅するようになっていた。
軍服の上着を脱ぎ、ラグの上に座れば帰ってきたとホッとする。


「お礼に今日はコナツさんの好きな物ばっかり作ってみました。」


ささ、食べましょう!と向かい側に座る名前は「久しぶりに風邪なんて引きましたよ。」と料理を注ぎ分ける。


「言われてみれば僕も引かないなぁ…。」

「コナツさんはちゃんと鍛えてるからじゃないですか?ホント迷惑かけちゃってごめんなさい。」

「いいよ、別に。気にしてないし、むしろあんな状態の名前置いて仕事になんて行けないよ。」

「そんなにひどかったですか?私、実は熱が38度を越えたくらいから記憶が簡単に抜けちゃう人なんであんまり覚えてないんですよ。」


ん?
ちょっと待って。

好物ばかり並んだ料理を食べる手を止めて名前を真っ直ぐに見つめる。


「え?僕が名前を起こしに行ったの覚えてないの?」


確かあの時は38度5分だったはずだ。

僕が理性を総動員させて、名前を気遣ったのを覚えていない?
体温計を測る時に目線を逸らしてあげたりとか、着替えを目隠しして手伝ってあげたりとか、その他諸々を覚えて…ない?


「わざわざ起こしに来てくれたんですか?!?!ありがとうございます。そうですよね、いつまで経っても起きてこないんですもんね。」


純粋そうな笑顔で笑っている名前に後悔ばかりが募る。

やっぱりあの時下手に紳士ぶらずに名前の胸元見とけばよかったと心底後悔した瞬間だった。


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