15
「え?今日は街を巡回なんですか?」
玄関先で、まるで今日の仕事内容は警察のようだと軍服を着た彼の言葉に疑問を持つ。
イマイチ軍と警察の区別が上手くつかない私だけれど、きちんとした境界線がわかるのなんてきっとその職についている人たちぐらいで、私達一般人なんてそんなものだろう。
『そうだよ。』と頷いた彼の仕事内容に少し興味を抱きながら、「大変ですね、そんなことまでするんですか。」と関心する。
「ちょっといろいろ立て込んでるし、まぁ…、今日はあんまり外出しないことをオススメするよ。」
「外出ですか?」
「そ。」
「特に予定もないですし、のんびりしておきます。」
「賢明だね。」
多分今日は遅くなるから先にご飯食べてていいよ。と彼は靴を鳴らして顔を近づける。
「だからさ、頑張れるようにキスしてくれる?」
玄関先でまさかの発言に一瞬言葉を失った。
彼からされたことは幾度とあれど、私からなんてしたこともない。
「あ、ほっぺたとかいうオチはなしね。」
ほら、と急かすコナツさんが目を瞑る。
女装させたらさぞかし美人さんに見えるだろう中性的な顔立ちだが、恋の魔法がかかっている私にはそれはもうどんな男性よりもかっこよく見えて仕方がない。
睫毛は長いし、肌はぴちぴち。
何食べて生きてるんだと思うけれど、食べている物は私の手料理だからほぼ同じであるはずで、何だか神様から意地悪された気分だ。
「遅刻しちゃうでしょ。」
尚も猫背になって私のキスを待っている彼の唇が動く。
動かれるとタイミングがわからないが、私の身長に合わせて腰を低くしている彼の猫背が愛おしくてしょうがない。
彼の頬に左手の指先を少しだけ添えて、ちゅ、と唇を重ねると、彼は嬉しそうに笑った。
朝からコナツさんを見送り、花屋が定休日な今日は私ももちろん仕事は休みで、洗濯や掃除など家事を済ませ、天気もいいことだしと気分転換も兼ねて買い物に出かけることにした。
注文していた本も取りに行きたいし。
この前買ったおニューのワンピースにお気に入りの靴を履いて、いつもよりちょっとおめかしをする。
もしかしたら巡回中のコナツさんに会うかもしれないという下心があるのは別に悪いことではないだろう。
これも恋する女の子故の行動なのだ。
***
軍に努める僕たちには秘密が多すぎる。
守秘義務というものがあり、いくら恋人であろうが家族であろうが任務内容は話していけない。
だから今日、名前にも街で強盗を捕縛、抵抗するようであれば殲滅させるのが仕事だとは言えずに出てきた。
比較的治安が良いこの街を騒がせる強盗は、昼間にも関わらず堂々と盗んでいくらしくその被害は大きい。
その上彼らは手を出してはいけないものを盗んで行ってしまった。
彼らは知ってか知らずか、軍のお偉いさんが自宅で保管していた世界に2つとない『ニュクスの首飾り』を盗んでいってしまったのだ。
この際そのことを知っていようが知るまいが関係はない、僕らにとって盗んだか、盗んでないかが重要なのだ。
裏の取引で入手したというそれを、警察にバレる前に探し出し確保というのが僕らの仕事だ。
なんとも汚れ仕事だが、国宝級であるニュクスの首飾りをこのまま放っておくわけにいかず、こうして動いている。
名前は大人しく家にいるだろうか。
色々と心配なこともあるが、今は任務に集中しなければ。
でないと隣にいる少佐に何かしら勘付かれてしまいそうだ。
「コナツ、最近名前ちゃんとはどんな感じ?」
ほらきた。
気合を入れなおそうと思っていた矢先のことで、一歩遅かったかと苦い顔を浮かべた。
「特に何もないですよ。」
「そんな露骨に嫌な顔しないでよコナツ♪ただの興味だよ?」
「少佐はすぐ下世話なことばかり言うので、つい。」
「言うようになったねぇコナツも♪」
「ありがとうございます。」
「褒めてないよ☆」
そんなのわかっているけれど、どう返答したらいいのかわからなくて半ば適当に頷く。
大体少佐はさっきから買い食いばかりしていて、一向に仕事が捗らない。
今日は事務仕事がないだけまだマシだが、こうしてただ街歩いていると、執務室に溜まっている書類たちのことを考えてしまう。
少佐から「食べる?」とソフトクリームを突き出されたが、首を横に振って断ると、このまま彼といてはまたいつ名前について聞かれるかわかったものでもないし、探す範囲を広げたいと思い、二手に分かれることを提案した。
ブラックホーク全員がこの任務に狩り出されているが、元より今回は皆バラバラで行動しているのだし、別に問題もないだろう。
少佐も「キリないしそれがいいかもね♪」と僕の提案を飲むと、ソフトクリームのコーンを齧りながら後ろ手に手を振った。
「じゃあねコナツ、何かなくても1時間後にはここで。」
何かあった時、何かしら危機がわかるように1時間後に会う約束をして二手に分かれる。
少佐のコーンを齧る音が次第に遠くなっていく。
ソフトクリームを買う際、『ソフトクリームはコーンじゃないと嫌』なタイプだと何故か胸を張って述べた少佐の言葉を思い出しながら、『僕はワッフル派です』と内心呟いた。
***
愛用しているボールペンのインクが切れていたのを思い出して、文房具店でそれを購入した。
数回色んなボールペンに変えたが、やはりこのボールペンが私にとって一番書きやすく、昔から愛用しているそれを買えたことにホクホクしながら店から出ると、軍服姿のコナツさんの後姿を見つけた。
なんて偶然だ。
コナツさんいないかな…と周囲を見回しながら不審者よろしく歩いていたけれど、こうして出会えたことはやっぱりすごくて、嬉しくて、駆け出そうと一歩足を踏み出したところで立ち止まった。
私は所詮一般人で、罷り間違っても軍人さんのお仕事内容など見たこともなく、むしろほとんど見ることができない。
正直、コナツさんの職業を知るまでは興味も薄く、興味を引く対象ではなかったけれど、恋人となれば話しは別で、妙に気になってしまうところ。
私が彼の職業を知ってからも、彼はあまり自分の業務内容について話さないし、『少佐がああだ』の『中佐がこうだの』といった話が常だ。
特にそれが嫌なわけでもないし、つまらないわけでもないけれど、気になってしまうのだから仕方がないはずだ。
そういった最近の小さな気持ちが、今、とてつもない勢いで膨れ上がったのを私は感じた。
知りたい。
人はそういった感情と興味を覚え、追求し、そして成長していくものだと、私は一人頷きながら仕事中であろう彼の背中をこっそりと追い始めた。
教えてくれないのならばこちらから勝手に知るまでだ。
二度と軍内には入りたくないし、むしろもうトラウマものだが、今日は別に軍内でもないので疑われる事もなく安心だ。
路地裏から大通りを歩き始めたコナツさんの後を必死で追いつつも、隠れることは忘れない。
人ごみを避けるように周囲に目を向けながら歩いているコナツさんを尾行するのは至難の業じゃない。
こうしてバレずに尾行できている私って、以外に尾行の才能があるのかも…なんて自惚れ始める。
しかし彼の歩くペースと、私が歩くペースは全然違って、大変だが彼に合わせるためには少し小走りしなければならない。
走って、止まって隠れて、また走って。
きっと第三者からみたら私は不審者そのものだろう。
彼と並んで歩く時はこんなこと一度もないのに。と思いながら一つの真実にたどり着く。
一度もないのは、コナツさんが私の歩調に合わせてくれていたからだと。
何だか心がほっこりとして、頬が緩むのを我慢できずにいると、路地裏の方へと角を曲がったコナツさんに遅れをとってしまい慌てて追いかける。
しかしすでにそこには彼の姿はなく、「うそ、見失っちゃった…」とポツリと呟いて肩を落とした。
「誰を見失ったの?」
すぐ背後で声が聞こえてビクリと肩を上下して驚きながら振り向くと、そこには先ほどまで私の前を歩いていたはずのコナツさんが立っていた。
「え?!?!な、ど、どうしてここに?!?!」
「それ僕のセリフね。」
苦笑するように笑ったコナツさんだったが、どこか怒ってるような雰囲気で、目があまり笑っていない。
尾行したことを怒っているのだろうかと、思い当たる節があり過ぎて、私は視線を下へと下ろした。
「あのさ、知ってると思うけど僕一応ブラックホークなんだよね。気配でわかるから。」
「気配…、ですか。」
「うん、気配。」
気配とか全然わからないよ。
コナツさんがどうやって私の背後に回ったのかさえわからないのに。
もしかして気配を消したのだろうか。
それなら一般人の私にわかるはずがない。
「今日は家でのんびりするって言ってなかったっけ?」
「その…お、お気に入りのボールペンのインクが切れていたのを思い出して…。」
思い出したのは街に出てきてからだったけど。
「僕、外出はオススメしないって言ったよね?言ってくれたらそれくらい買ってくるのに。」
「それはさすがに申し訳ないので……。あの、でも本当はコナツさんのお仕事してる姿が見れたらいいなって…思っちゃいました…。」
信じてくれるコナツさんに嘘を吐いた事に罪悪感に苛まれた私は、あっさりとバラしてしまった。
怒らせてしまっただろうかと視線を上げると、彼は口元に手の甲を当てて視線を逸らし、ほんのりと顔を赤くしていた。
「別に面白いことなんてないけど…。」
照れているのであろうその仕草がひどく可愛くて、私は落ち込んでいたテンションが一気に上がっていくのを感じた。
それはもうバベルの塔より遥かに高く、照れている彼につい頬が緩んでしまう。
「コナツさんは私のお仕事してる姿見たことあるでしょう?ズルイです!私も見たいんですよ。軍のお仕事というのも気になりましたし、何より私、好きな人の色んな一面、見たいって思うんです…。」
「興味は時に身を滅ぼすよ。」
「…はい。」
「でも、名前が僕の色んな一面を見たいって思ってくれたことは嬉しいよ。」
私に向かって手を伸ばしたコナツさんは、そのまま背中へと手を回してそっと抱きしめてくれた。
人気のない路地裏といえど、いつ人が通るかわからないこの場所で、そして外でこんなことをするのはとても恥ずかしいけれど、彼が怒っていないことにホッとしつつも抱きしめられていることがひどく嬉しかった。
「コナツさん、大好きです。」
彼の肩に顔を埋めると後頭部を撫でられて、こめかみにキスを落とされた次の瞬間、右側の二階建ての家から人が数名飛び降りるように出てきた。
バッチリと目が合い、私はこの状況に顔を赤くする。
まずい、人に見られた!!と私は慌てふためいていると、コナツさんに腕を引っ張られて背後に隠された。
「コナツさん…?どうしたんですか?」
首を傾げると、コナツさんは質問には答えずに腰に携えていた刀を抜いた。
そこでようやく気付く。
家の窓から出てきたお三方は黒いジャケットに黒のニット帽、サングラス装備でいかにも怪しい。
極めつけは右手に持っているナイフだ。
平和ボケしている私の脳みそはこの状況を飲み込めているような飲み込めていないような、混乱しながらもとりあえず黙っていようと口を噤んだ。
まぁ、黙っていようも何も、硬直して動けないのだけれど。
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